第24話
池袋のカラオケボックスに着いたのは十時ごろだった。
「お時間は?」
「ニ時間で!」
ハルカは即答した。あわわ……ここを出るのは十二時すぎだ。普段ならとっくに寝ている。明日も六時に家を出なきゃならないしハードだ。
やめやめ! しょぼい心配だ。今は彼女と上手くいくかどうかだけ考えろ! 終電間際に近づくほど勝利の確立は増加する。基本だろ!
そんな邪念を表に出さず、オレは部屋に入るなり流行りのフォークデュオが歌っているバラードを入力した。癒し系のキャラで彼女に自分を売りこむのだ。卑しい系だと思われてはダメだ。いやらしい系だともっとダメだ。
ハルカは一曲めにhitomiのLOVE2000を歌った。バスガイドってのは歌うのも仕事なんだ。聴いていて気持ちよくなった。彼女はバスのオヤジ客を相手に歌う演歌を披露するなど意外な一面を見せてくれたりして楽しませてくれた。
楽しい時間は竜宮城、あっという間に過ぎる。あと十五分で出なきゃならない。
オレはカラオケのメニューをめくりながらハルカに聞いた。
「やっぱさぁ、昨日泊まったところにもどるのイヤか〜?」
「うん、私、強引に話してくる人は苦手なんだよ」とハルカ。
下心を見透かされると恥ずかしいので、やっぱりカラオケのメニューをめくり続けたまま、あまり彼女に興味がなさそうな感じでオレは言ってみた。
「じゃ、うちくる?」
終電より三本前の電車はガラガラだった。二人とも余裕で座れた。
あと十分でオレの部屋へゴー! やり手ババァよ、お前などに彼女をくれてやるものか! この子はオレが面倒を見る!
「にしてもサウナの中でヘルスのスカウトって……東京ってありえへんとこやなぁ」
「そうゆうところで働いてる女の子ってどう思う?」とハルカは言った。
どう思う? って言われても。
「やっぱモテない客とかもくるわけやろ? この車両にいるどんな男が来ても相手にしなきゃあかんわけやろ? オレが女なら絶対に無理かなぁ」
例えばあそこのバーコード頭の腹の出たオッさんに全身を舐められたり舐めてやったりしなきゃいけないのだ。
「私の友達でね、ヘルスで働いてた子がいて、その子は三ヶ月働いたらやめるって決めていて、その三ヶ月だけ割り切って働いていたんだ。そういうことって割り切って頑張れるものだと思う?」
電車からは人が降りていくばかりで乗ってくる人はいなかった。
オレの部屋に帰ってきたころには明日になっていた。つまり十二時すぎ。
眠い……めちゃくちゃ眠い。
本当は八時半に寝たかったのを引き延ばしてきたんだ、眠くて当然だ。思考もちゃんと働かないし、もちまえの性欲も睡眠欲に叩きのめされ、彼女のイェフカップをどうこうする気もおきない。
「ねぇ、ユウジくん。灰皿ある?」
この部屋は基本的には禁煙だからどうしても吸いたいのならキッチンの換気扇のそばで……とウーロン茶のペットボトルを灰皿代わりに渡す。
もし、彼女がいついたときのことを考え、この部屋の主は誰か? だけはハッキリさせとかなきゃならない。でも、もう少し起きてていい? のハルカの要求には応じてしまう。こういう部分は他人に合わせてしまう性質なのだ。
だが、眠いし一時には絶対に寝る! それでも四時間半しか寝れん。
「ホラー映画でさぁ、よくあるじゃない。冒頭でいきなり怪物に殺されちゃうカップル……ああいうのになりたくないと思わない?」
ごめん……よくわかんない……
「私のつきあってた人はね、三十半ばの若さで社長やってた凄い人だったんだけどね。お前は自分一人じゃ何もできないし、考えられない人間だって言われたの……だから悔しいから別れて出てきたんだけど……」
……はらたつなぁ……そいつ……
「私って間違えてたのかなぁ……そんなことないよね?」
ハルカの話に相槌を打っていたらあっという間に一時になった。
「……そろそろ寝よか」
オレはジーンズを脱ぎ、トランクスとTシャツ姿になった。そして電気を消す、夜中に彼女がトイレに行けるように豆球だけは残しておいた。
今日はいろいろあったな……布団に横になると手足の先から感覚がなくなってきた。このままなにもしないで寝てしまってもいいだろう。ハルカも他に頼れる人がいないことだし、急にいなくなるなんてことはないはずだ、たぶん。
おやすみなさい。
と思ったが、ハルカがオレの肩に鼻をすりよせ、心臓の上に握りこぶしをコツンと置いてきた。それだけでオレの睡眠欲と性欲はシーソーのように立場が逆転した!
だってさ! オレだって淋しかったんだもん、ずっと! ずっと!
オレはハルカの上に覆いかぶさり、思いきり抱きしめた。実際に抱いてみると思ってたよりも細く感じた。
そしてキスをしようとする……が、その瞬間に顔を背けられた。なんで? 当惑して固まるオレに彼女はこう言った。
「さっきね、ヘルスで働いていた友達がいたって話をしたでしょ」
どうして今、そんなことを話すのだろう?
「あれね、実は私のことなんだ。だからキス以外ならなにをしてもいいよ」
オレは本当にキス以外のことをなんでもした。普通の女の子なら恥ずかしがって嫌がるようなこともリクエストしていた。部屋の電気もわざわざつけた。
でも。なかなかイクことができない。どこか後ろめたさがあるのか? いや、単純に酒と眠さと疲れのせいだ、たぶん。力ずくで出してしまおう。彼女には耳や首やらにキスをしておいてと頼み、自らの右手で激しくしごいてみたが、途中で萎えてしまった。
「無理しないでいいよ、もう寝よ、ユウジくん」
男ってのは惨めな生き物だ。確かに寝なきゃな、もう二時だし。ちゃんとトランクスをはいてTシャツを着て、再び天井に顔を向けた。
「あのさ、もし君さえよかったら……仕事とか、住む場所とかが決まるまではオレん家にいてもいいよ、別に」
彼女はオレの肩に鼻を二回だけ擦りつけた。
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