終章 六畳バラッド

第22話

 就職するというポジティブな発想はオレにはなく、以前より興味のあったシナリオの勉強をすることにしてみた。昔から空想……いや、妄想することが好きだった。自転車を運転しながらなにかを妄想し、事故にあいかけることもザラにあった。

 そんな妄想力をなにかに生かしたい! とオレは九月からシナリオの学校に週に一回だけ通うことになった。授業の課題で脚本を作る時、いままでの人生の数々の出会いと別れ……それをどういじれば上手くハッピーエンドに繋がるのかを真剣に考察していた。そのことで過去をやり直せるだなんて思っていた。

 そして気がつけば三ヶ月間、女の肌に触れてなかった。一つは脚本を書くことに夢中で、以前ほどに出会うことに積極的でなくなったこと。もう一つは、バブルが弾けたとでもいうのだろう。以前に比べオレの携帯電話が鳴らなくなったのだ。時代は通話よりもメール。原因は出会い系サイトが急増したからだ。雑誌をめくって恋人を探すよりも、携帯電話を片手に恋人を探すほうが、ハイテクというか今風というかお洒落な感じすらするのだろう。夏頃までは週に十人くらいの女の子から電話がかかっていたのが、週にニ、三人しかかかってこなくなったし、電話の相手も埼玉や神奈川の奥のほうの人だったりしてガッカリすることが増えていた。

 ま、それでも、そんな事は大したことじゃないように思えるくらいに、架空の人生をでっち上げる事に夢中になっていた。なにかその中から『真実』といったものをつかみ取りたかった。

 だが、自意識過剰な人間の幸せというものは、まわりの人間との比較によって生まれている。一人ものにはつらい、あのイベントが近づいてきた。


「去年のクリスマスはねぇ、一人でピザの出前を取りましたよ! それもハーフ&ハーフで!」

「なかなか惨めですねぇ、ミヤモトさん」

「でもね、サンタクロースのカッコをしたピザ屋のバイトがね、松坂大介似の気弱な顔をしてたからちょっと励まされた! アカイさんの去年は?」

「いつものように麻雀……の予定がね、メンバーが集まらなかったんですよね。仕方がないから一人で街をぶらついてみたんですよ……そしたらね、ファッションヘルスの看板が見えたんです」

「入っちゃいました?」

「いや、財布には六千円しかなかったんですよ。だからしかたなく個室ビデオに入ったんですよ」

「けっこう自分を虐める人なんですね、アカイさんって」

「ハハ。でね、ズボンとパンツを踝までおろしてエロビデを見てるときにね、なぜだか知らないけど急に眠くなって、そのまま一時間ほど眠っちゃったんですね……風邪をひいてしまいました!」

「オレの完敗っス! コーンポタージュおごるわ」

「え? 本当にいいんですか? やった! 風邪をひいてよかった!」

 オレとアカイさんはバイト中にクリスマスの不幸自慢をしていた。そう、一人ものには惨めなクリスマス。憎きクリスマスをかくまっている十二月に突入したとこなんだ。

 クリスマスに彼女がいないとやはり辛い。

 24日と25日はただ街を歩くだけでも周りにカップルが多くて辛い。事実、右にカップル、左に別のカップルと挟まれてしまうなんて当たり前だ。オセロのルールならカップルとカップルに挟まれたオレは、裏返ってカップルにならなきゃならないというのに……ダメじゃん! ルール守れてないじゃんオレ! と辛い思いをしてしまう。

「ミヤモトさん、今年は無理なんですか? ふれワードには最近載せてないんですか?」

「うん、載せてるけどアクセスは最近いまいち。たぶん今年のイブは部屋で一人、シナリオでも書いてると思うよ。ハアッ! 作者と性格が同じ主人公の前に素敵な女の子でも登場させたろかしらん」

 恋人のいないものは部屋の中で一人、背中を丸めて過ごさなきゃならないんだ。石の下に隠れてお天道様の光を浴びないダンゴ虫のようにひっそりとね。

 でも、もしかしたらイブ直前に恋人ができるかもしれない! と期待も残っている十二月……そんなころに彼女と出会った。


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