7章 恋人たちの河原
第18話
七章 恋人たちの河原
あと二十分で四条に着く。地下鉄にどこかのせっかちな人間が体当たりでもしない限り、約束の五時にはピッタリと着く。
四条大橋の上で待ち合わせ、先に相手を見つけたほうが晩飯ただね! などとナツミは言っていた。
二000年、八月。オレはアルバイトの休みを一週間ほどもらった。ぞくにいう御盆休みというやつだ。東京にいてもやることがない…いや、厳密には『ふれワードって雑誌を見たんですけど……』という電話がかかってきているのでヒマはしないはずなのだが、見知らぬ女の子たち以上に会いたい人物がいる。会わなきゃならない人物がいるのだ。前の正月には京都に帰らなかった、だから彼女と会うのは約一年ぶりだ。
髪型は変わってないだろうか? 服装は? 雰囲気は? 先にナツミを見つけたほうがいいんだろうか? でも、後ろからヨッ! と声をかけられ、大袈裟に驚いてみたい気もするし……。
たぶん、いつもと同じように彼女はきっちりと十分遅刻するような気がする。
四条に着いた。夏休み中なので十代の若者が多かった。四条大橋の隅のほうでは首から箱を下げた坊主がお経を詠んでいた。橋の縁に腕を置き、鴨川を眺めた。河原にはたくさんの恋人たちがきっちりと等間隔で座っている。去年の夏と全く変わらない眺めだ。オレとナツミは変わらないのだろうか? 互いの目にどう映るんだろう?
携帯電話が鳴った。メールが一件、ナツミからだ。
『ごめん! 十分くらい遅れます! 久しぶりだというのに申し訳ない!』
やっぱり変わらない。
溜め息をつきながらも、オレはなんとなく愉快な気分になった。ゴツゴツとした石の階段をかけおり河原に出た。
恋人たちの背中を眺めながら、オレはその辺りをぶらついた。みんながみんな幸せそうに見える。オレは彼らのことを羨ましがっているけれど、実際はどうなんだ? 四条から三条まで並んでいる数十組の恋人たち……はたしてこの中の何割がセックスをしているのだろう? 七、いや、八割はセックスしているんだろうか? 逆にこのカップルたちの中で一度もセックスをすることもなく別れてしまうのはどのくらいだ? 五%くらいだろうか? 消費税以下なのか?
オレが勝手に作った『鴨川マジック』という言葉がある。ふれワードで知り合った女の子と鴨川の河原に座るとうまくいく(もちろん夜がいい)というジンクスだ。もちろんナツミにも試してみたことはある。
そのときはちょうどオレとナツミの関係が安定していたとき、去年の七月頃だ。そのころは性欲の方向をナツミにむけず、ふれワードで出会った女の子で発散していたせいで、デート中にケンカをすることがなかった時期だ。
その日の夜、居酒屋を出た後、夜風にあたろうと鴨川に出た。好きな女と鴨川に座り、幸せ軍団の仲間に入り、優越感に浸る……それは京都の男の夢だ。
鴨川マジックのせいなのか、いつもより密着し、ナツミにもたれてみても、彼女は困った顔をしない。後頭部を彼女の股の間にえぐりこませるように膝枕、徹底的に甘えてみても文句ひとつ言わない。彼女の手をとり、心臓にのせる、ドキドキしているのを彼女にも確認してもらいたい。星空と彼女の黒い目をジッと見比べると、彼女は目をそらして川のほうを見た。オレは彼女の膝から顔を起こし、キスをしようとした。彼女は顔を背けた。気まずい……無言の二人。オレは唐突に言った。「ねぇ、今夜ラブホテルに泊まろうよ、淋しいねん」それにたいし、もちろん彼女は黙った。が、しばらくして
「女は怖いでぇ! 私、豹変したらどうするぅ? すいません、もう一泊延長お願いしまーす! なんて言うたらどうするのぉ?」
オバさんみたいに笑いながら言った。その笑いの不自然さがあまりに痛々しかったのでオレも笑った。その後、彼女が「ごめん」とうつむいたので、結局その夜は帰った。ただそれだけの話だ。
約一年の空白はどう影響しているのか? セックスはできるのだろうか? 今日はここを関ヶ原にしよう。オレは平らな石を拾い、川に向かって投げた。一回、二回、三回と水面を跳ね、石は沈んだ。
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