第16話
「今度の女の子もまた駄目みたいです、はぁ……」
次の日の昼過ぎ、オレはビルの前の道路に水を撒きながらアカイさんに愚痴をこぼしていた。
「あれ? ミヤモトさん、なんか鳴っていますよ」
ほんとだ、オレの携帯電話が鳴っている。ホースをアカイさんに渡し、携帯電話の液晶を見ると『リカ23パン屋』の文字。
アメとムチ……ムチの後のアメはおいしい。オレは素直に嬉しかった。が、すぐに電話をかけなおすのもしゃくなので、バイトの終わった三時すぎに彼女に電話をかけた。
「さっき電話くれたやろ? どしたん?」
「もしかしたら電話かけて欲しがってるかな? と思ってかけたんだ〜」とリカ。
「あ、そうなんや」
「それとも別に電話していらなかった? 切っちゃおっかな〜?」
「ちょ! もうそういうのやめて! ほんまあかんねん、そーゆーのって!」
「昨日の夜はさぁ、ちょっと機嫌が悪かったんだよね。風呂に入ってるときだったり、眠かったりしてさぁ……なにこいつ、ウザいと思っちゃってさぁ」
彼女と出会って気づいたことが一つある。どうやらオレはマゾだ。でなきゃとっくに電話を切っている。
「今、家でやることがなくって退屈なんだよね」とリカ。
「あれ? 引っ越しの準備は?」
「別にもうやることないんだよね」
これから会おう、と誘ってほしいのだろうか? この後、アカイさんとビリヤードに行く予定だったのだが、今ここで電話を切れば昨日のように拗ねるだろう。
「え〜、退屈なんやぁ! オレも実は土曜日やのにヒマやねんやん! そっかそっか……会いたいなぁ〜、ていうか会おーぜ!」
普段よりキーの高い声でオレは言った。
「いきなりだね〜、どうしようかな〜」
リカは迷い出した。本当は会う気があるくせに、そうやって自分の価値を高めたいのか? オレはなんとか彼女を説得して遊ぶ約束を取りつけた。
中板橋駅のホームでリカとおちあった。最初は大山のカフェに行く予定だったが、彼女の気まぐれで東武練馬のサティに行くことになった。引っ越しするさいに部屋の模様替えをするので、カーテンやらクッションやらを見ておきたいそうだ。
電車の中は少し混んでいて二人分座れるスペースは見つからなかった。同じ車両にはこれ見よがしにいちゃついてるカップルがいた。
「電車の中でいちゃついてるカップルってどうかと思うね。ラブホじゃないんだから」とリカ。
同感! きっと彼らは二人とも実家住まいなので、ところかまわずくっついていたいのだ。
電車を降り、サティにつくとリカは黙ってオレの手を握ってきた。
リカとは相性があまり良くないと思う。オレが彼女を笑わせようと冗談を言っても、たいてい『そんなこと思わない』『別に……』『考えないよ普通』そんな答えしか返ってこない。そのくせオレの仕草やしゃべり方などに対し、彼女は笑うのだ。こっちは笑わせようとも思ってないときにだ、あんまりだ。でもそんな女の子でも、女の子というやつはヒンヤリとして柔らかくて気持ちのいい手をしている。それに触れてしまえば、どんなにひどいことを言われてもたいていのことはチャラになってしまう。女の手は魔法だ。奇跡だ。宗教だ。
サティには家族連れがたくさんいた。オレも家族ができたらこういうところに頻繁に買い物に行くのだろうか?
オレは周囲に神経を集中させていた……が、ダメだ。やはり勃起してきた。リカの手の感触が原因だ。柔らかさと体温からいろんな状況を想像してしまう。オレのペニスは十時の方向を指し示している。十二時にすれば目立たないはず……だが、右手をポケットに入れ、角度を調整するにもその右手は彼女の手によって封じられ、また彼女の手によって勃起してるのだ! 小さな子供が笑っている。オレのペニスを見て笑ってるのじゃないのか? 親に報告するなよ……と過敏にヒヤリとさせられる。
「ちょっとトイレに行ってくるね」
リカがオレの手を離し、トイレに行った。今がチャンス! オレは素早くポケットに右手を入れ、ペニスの位置を調整した。
リカがトイレから出てきて再びぶらついた。オレは両手をポケットに入れていた。
「私と手を繋ぎたくないの?」リカが言った。
「いや、これはなんていうか、その……モッコリが原因で、だから左手やと問題はなくて、とどのつまり……」
リカの誤解を招かぬように慎重に言葉を選んで説明をした。
「なに? 手を握るだけでそうなちゃうんだ、なんで? すごいね」
リカは笑った。オレも笑った。
この日で一番、平和でのどかな瞬間だった。
彼女の買い物が終わり、オレの部屋に向かうため電車に乗った。
電車はガラガラに空いていて、リカはオレの肩に頭をあずけてきた。
「さっき電車でイチャイチャしてるカップルはどうかと思う。なんて言ってたけど、空いてる電車ではそうは思わないんだ」
なんて都合のいいことを。
でもこうやって黙ってくっついてるとただそれだけでリカと通じあえた気がした。
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