第13話

 一人の人間に長く関わると別れるときに辛い。もっと軽いノリで、つきあうとかつきあわないとか、好きとか嫌いだとか関係なしに、なんとなく甘いムードになったら性行為をする。これからはそうしよう。

 今度は恋人ではなく女友達を募集した。恋人を探そうと躍起になってる女の子を騙すのは嫌だったからだ。手紙だと書く側も思いがこもってしまうだろうから、雑誌にはお手軽な携帯電話の番号を直接載せた。四人の女の子と会えば、そのうちの一人とはセックスできる計算だった。

 相変わらずナツミとユウジは親友と恋人とのあいだでフラフラ、ダラダラしていた。

 ナツミがユウジのことを親友だと言いはるので、彼は男友達に話すように「こないだふれワードで知り合った保母さんの部屋に泊まってなぁ!」と、そのつどに報告した。ナツミは怒りもせずに笑って聞いていた。

 あぁ、ちっとも怒らないし、悲しまないし、妬いてもくれない……本当にオレのことはなんとも思ってないのだ。お母さんですらないのだ。そのうちナツミに肩をまわしたり、キスをしようともしなくなった。心と体を完全に別離させることに成功しだしていた。


 そのころ、ユウジは二年間活動していたお笑いコンビをを解散することになった。ツッコミ担当の相方が家業の工務店を継ぐというのだ。人に熱い思いをぶつけるのは苦手だ。やりたいことはやりたい奴が勝手にやればいい。

 友人のつてで相方を探そうとしたがなかなか見つからなかった、そのうちどうでもよくなった。家にいても時間が長くて退屈だったが、不況のせいなのかアルバイトすらも見つからなかった。昼間は失業したての父がいたので、意味もなく本屋やコンビニ、図書館に出かけたりして時間を潰した。そして『人生とはなにか?』『幸せってなんだ?』的な大袈裟なことを考えていた。考えるフリをしてカッコをつけ、答えも出さないで自分に酔っていた。いや、答えの出ないパズルだからこそ飽きずに考えていられたんだ。

「オレ、東京に行ってみよっかな……」ある日、なんとなくナツミの前で言ってみた。

 ここではないどこかに逃避してみたくなった。ユウジの貧困な発想では国内、それも東京しか思いつかなかった。それに、こんなことも考えていた。たとえばこのまま京都に住んでいたら、四年後にもまだオレとセックスしていないナツミが側にいそうで怖い気がした。それは四年後にはとっくに別れて二人とも会わなくなってることより淋しいことだ。

「いや、なんかさ……なにをやるにしても東京のほうがチャンスありそうやん? だからどうせならあっちで舞台をやったほうがいいかな……って思って」

 ナツミがどう反応するのか純粋に知りたかった。だから冗談でも本気でもある発言だった。

「うん、絶対ユウちゃんやったらなにかしでかすって! 東京で頑張り!」

 あまりにも即答だったのでユウジは拍子抜けした。ナツミは彼の手をとって笑顔で答えた。考える間もためらうこともなく彼の肩をバンバンと叩いた。

 

 それから二週間後、九月の最初の日に京都を離れることにした。

 東京には夜行バスで行くことにした。新幹線で素早く行くよりも夜行バスのほうが旅立つ雰囲気がある。当面のお金は母親に土下座をして借りた。

 ナツミが見送りに来てくれた。バス停から五分ほどの児童公園で時間をつぶした。ユウジがパンダ、ナツミはコアラのオブジェに座った。

「なぁ、オレがおらんようになったら淋しい?」

「淋しいって言ったら出発するのをやめるの? そんな簡単なものじゃないでしょ?」

 ユウジはナツミの口からハッキリと『淋しい』と発音するのを聞きたかった。そのかわり彼女は立ち上がって、彼の手を取り立ち上がらせ、正面からぎゅっと抱きしめた。 

「がんばれぇ! がんばれぇ!」

 リズムにあわせ、彼女は両手に力を入れた。

 少し感動して泣いてしまうところだったけど、あぁ、男はこんなときでもしっかりと勃起はするんだ……とユウジは思った。

 もう彼女と同じ時間を流れることはできないんだ。

 ユウジは彼女の腰に両手をまわし、股間を強く強く押しつけた。


 そして今にいたる。ナツミとは今、どういう関係なのか? 離れてしまえば、友達だろうが、恋人だろうが一緒だ。いちいち確認する気にはなれなかったし、たいして意味のないことだとユウジは思っていた。




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