4章 たとえばボクが死んだら

第9話 ノストラダムス手前

 本当に世界は滅びるのだろうか? 恐怖の大王ってだれ? 大王ってのは人じゃなくてただの比喩?

 そう、来月でついに、ノストラダムスの大預言の時、一九九九年、七の月に入ってしまうのだ。


 そんなことにはおかまいもなく、オレはあいも変わらず個人情報誌のふれワードで女友達を募集している。おかまいなくというのはちょっと違うか……オレがこんな生活、恋人ではなく不特定多数の人とのセックスや、社員ではない気ままなバイト生活をしていることにノストラダムスは関係している。


 人類が滅亡……それはちょっとオーバーだと思う。あり得ないと思う。でもあれだけ口を酸っぱくして一九九九年七月、一九九九年七月と何度も言われてることだからなにかが起こるはずだ。全くなにも起こらないなんてノリの悪いことはない!

 ……とは思う。うん、なにかが起こるとオレは期待していた。マラソン大会の前日、明日は雨が降りますと聞いてワクワクする心境に近いのかもしれない。 


 特にやりたいこともない。ならば、もし世界がボロボロになれば頑張ったぶん損ではないか!

 それに今は不況なんだ。だからフリーターのままでいい。オレがしているバイトは雑居ビルの清掃だ。十軒ほどある担当ビルを一人できれいにするのだが、誰も見ていないから気楽なもの。仕事中いつでも電話をとることができ、その日の夕方から会う約束を取りつけることも可能だから、オレにはもってこいのバイトだ。しかし、仕事中は孤独なために一人言は増えてしまったけれど。


 同じ仕事を毎日続けて、給料が上がらないと希望がない。個人情報誌に電話番号を載せていると、もしかしたら今この直後にだって女の子から電話がかかってくる可能性がある。大袈裟に言いかえれば、それだって希望だ。そもそも老後のことなんて想像もつかない。だから世界が滅茶苦茶になる前に、今のうちに俗っぽい刺激を満喫しておこう。思い出をたくさん作って手帳を派手にしよう。でもあれだな、もし隕石かなにかが落ちている最中に、初対面のブサイクと一緒にいたら嫌だな……なんてことも時々は考えてしまう。


 ふれワードでよく電話がかかってくる四大職業がある。それは『ナース』『保母さん』『美容師』『服屋の店員』だ。そのうちのひとつ、服屋の店員……いや、お洒落に『ショップ店員』と呼んでみよう、それもサンシャイン60の店員から電話がかかってきた。

 その女の子、アキはオレと三駅しか離れていない東武練馬に住んでいたので、オレの最寄り駅の中板橋で会う事になった。


 電話で身長145センチと聞いていたので、誰がアキかすぐにわかった。彼女もオレの姿にすぐに気がついた。オレがはにかみながら右手をあげると、アキも指だけ動かす小さな素振りで手を振った。


 美人タイプではないが、愛嬌のあるアヒル顔だった。カールした栗色の髪、小花柄のキャミソールワンピース、ミュールサンダル、ラメ入りのソックスが輝いていた。


 時間は五時すぎ、ギリギリ夜。不美人ならばマクドやケンタなどのファーストフード店で浪費を抑え、次に会う女のために資金を保存しておくところだが、アキは可愛い。確実に性行為ができるように居酒屋でムードを高めよう。


 そしてオレたちは居酒屋の『甘太郎』に入った。


「いらっしゃいませ〜、二名様ですか?」


「うん、そやけど、カウンターある?」


 テーブル席ではなく、あえてカウンター席を選択する。テーブルはお互いの顔がハッキリ見えるという利点もある。だがカウンターなら肩が触れあうくらいの距離を保ちつづけることになる。長時間、互いのテリトリー内に異性の侵入を許すことによって、親密度を手っとり早くアップさせるのだ!


「……えっと、それと、60センチロングウィンナーもお願いします」


 そして珍しいメニューを注文する。別にオレはウィンナー大好き人間ではない。サブリミナル効果として、男のシンボルを連想させるものを長時間、彼女に見せておくことで、性行為の可能性を少しでも上げておくのだ。もっともオレのペニスは60センチの四分の一にもならないが。


「うわ〜い、顔が赤くなったぁ、酔ってきたぁ」


 カクテル一杯ですぐにお酒に酔える、これはオレの弱点でもあり特技でもある。アキの手首を掴み、オレの頬に彼女の手のひらを押しつける。熱ない? オレの顔、熱ない? 女の子の手はヒンヤリとして気持ちいい。冷えたおしぼりよりもずっといい。


「本当だぁ、大丈夫なのぉ?」

 笑いながらもペシペシとオレの頬をたたくアキ。よし、母性本能をくすぐったぞ!


「なぁ、アキって、動物占いはどの動物かわかる?」


「なんだっけ? 結構当たってたんだけど忘れちゃった。ユウジは?」


「オレはねぇ、寂しがり屋のひつじ! 部屋に本があるからあとで調べてあげるよ!」

 さり気なく部屋に呼ぶ理由を作ってみる。


 根が明るい女の子と過ごす時間は早い。気がつけば居酒屋に入って二時間も経っていた。これだけの時間を一緒に過ごして楽しく笑いあったんだ。もう下拵えは出来ているはず。


 このあたりで空間を入れ替えよう。


「んじゃ、そろそろ出よっか?」


 レジにむかう。六三一八円……三円ある? いいよ、オレ、万札くずしたいから。じゃああとで三千円ね。


 外はまだそんなには暗くない。まだ七時過ぎだ。もし待ち合わせの時間が七時だったとしたらもう九時になってるんだ。早く終わるバイトを選んで本当によかった。


「きゃ! こわい!」 


 オレの腕にしがみつき、背中に隠れるアキ。なんだ? ただのコウモリだ。野生動物までもがオレの味方をしてくれてるぞ。


 石神井川の遊歩道を歩く。春は桜の花が満開で綺麗、だけど梅雨明けのこの季節はただ蚊が多いだけだ。そして五分も歩くとオレのマンションにたどり着く。 

 

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