2章 携帯電話とエトセトラ

第4話 JKカラオケと敗者復活戦

 行きはよいよい、帰りは恐い。


 確かに行くときは期待感がすごかった。女子高生と2対2で会うのだ、そりゃあ誰だってワクワクするさ。だから所沢までの長い道のりも気にはならなかった。

 だが、帰りは恐い。というより惨めな気分だった。今はまだ七時半、まだまだ土曜の夜はこれからなのに、そんな時間にオレたちは帰路についているのだ。


     ★


「あの、雑誌見たんですけど、よかったら遊びませんか?」

 電話がかかってきたのは月曜日。プロフィールを聞くと地元の高校に通う高校二年だというので、オレはすぐに興味を持った。

 三十分ほど電話でしゃべり、じゃあ今度会おうというものの、

「一人じゃ人見知りするし、友達も連れてきていい?」

 と言われたのだ。


 こちらも誰かを連れていったほうがいい。あいにくオレは友達が少ないが、一人で行くよりはマシだろうと、バイトの同僚アカイさんを連れていくことになった。

 アカイさんは32才。さすがにひとまわり以上も離れると女子高生もムッとするだろうか? だからアカイさんにはオレの私服を着せて若作りさせることにしたのだ。


 夕方五時に所沢で待ち合わせをした。

 高校生は二人とも格別に可愛くも不細工でもなかった。少し校則が厳しいのか髪の色は黒かったが、短いスカートを履いて、唇や目のまわりも少しラメが入ってキラキラしている。校則を破らない範囲で、派手にしたいと背伸びしているところに好感が持てた。でも本当は私服よりも制服姿で着てほしかった。


 そして、とりあえずカラオケにむかったのだが、これが失敗だった。

 男女交互に座ればいいのに彼女たちは女同士でくっついて座ったのだ。と、なるとオレたちはその向かいに座るしかなく、テーブルが邪魔でしゃべりにくい。誰かが歌っている最中は耳元じゃないと話が聞き取れない。なのでテーブルに身を乗り出して話しかけようとするものの、彼女たちがオレのその姿に気づいて耳を寄せてくれないと話ができないのだ。


 オレが身をのりだしても、彼女たちは自分たちの話(おそらくはクラスの男の子の話)に夢中でオレの姿に気づかない。オレはなにごともなかったかのように自分の席に座りなおした。なんとなくバツが悪くて、自分一人のために『まいっちゃったな笑顔』を作ったりしていた。

 アカイさんに期待をするものの、彼が最後に女とデートしたのは五年以上も前のことだ。オリンピックの間隔以上に彼女がいないのだ。


 アカイさんは最近の流行りもわからないので、曲のメニューをずっとめくっていた。どの曲にしようかと真剣に悩んでいるフリをしていて、その姿が痛々しかった。


 オレも最初のは女子ウケを考えて、普段はあまり聴かない『ゆず』や『ラルク・アン・シェル』家では絶対に聴かない『スマップ』の曲を歌ったりしていたのだが、途中からどうでもよくなってきた。そのうちにオレは現役女子高校生はまず聴かない、ヘビーメタルの曲を入力しだした。もちろん英語の歌詞などきちんと覚えてるわけもなく、デタラメに歌う。歌いたくて入れたというより、カラオケではどんな伴奏になっているのか興味がわいただけだ。


 オレがヘビメタを入れだしたのをきっかけに、アカイさんの魂も解放された。彼は『レッドツェッペリン』の『天国への階段』を入力し、カタカナに変換したような英語で歌っていた。彼が歌い終わり、女の子たちも一応拍手はするが、死にかけの魚がのたうつようなやる気のない拍手だった。


 女の子たちは『ELT』や『浜崎あゆみ』『aiko』などを歌う。男たちは重い音楽を歌う。テーブルを挟んで二つの異文化が激突。 

 あれ? このままじゃだめだろうと思い直したオレはタンバリンを握り、アカイさんにマラカスを握らせ、女の子の曲のリズムに合わせるものの、時すでに遅し。


 そして二時間経過、オレとアカイさんがカラオケの会計を払ってる間、彼女たちはトイレに行っていた。トイレから戻ってきて、これからどうする? という話になるが「今何時?」「七時十分」「もうそんな時間かあー」「あ、この子の家、親が厳しいからそろそろ」

 彼女たちは自転車に乗り、去っていった。

 所沢への遠征試合は失敗したのだ。


     ★


「ミヤモトさんが載せた雑誌って今、持ってるんですか?」

 電車の中でアカイさんが言った。


「うん、これやけど」


 オレはショルダーバッグから個人情報誌ふれワードを出した。

 この、ふれワードという雑誌は大雑把に言うと、友達を作ったり不用品を売買したりするための雑誌である。

 『V6に関するポスターやグッズを譲って下さい』『フットサルチームのメンバー募集!』『一緒に舞台を作りませんか?』『BOSSジャン一万円から』

 などなど、多種多様な募集が載っている。載せているのはみんな一般の人間で企業広告は一切ない、個人的な情報。だからこそ個人情報誌なのだ。


 この雑誌の半分以上を占めているのが出会い系のコーナー、つまりは異性の友達や恋人、結婚相手を募集するコーナーだ。


「ヒマしてる女の子、気軽に電話ください。ノリがあったら一緒に遊びましょう。明るい人歓迎です……ミヤモトさん! これですね?」


「ちょ、やめてよ! なんか恥ずかしいわ」


 自分の載せた原稿を読まれるのはなんだか恥ずかしい。自分で見るのも恥ずかしいくらいだ。万が一、両親が見つけてしまったらどう思うのだろうか。


 「この雑誌を見てると、淋しい人って、結構いるんですねえ」


 アカイさんがしみじみと言った。オレもそう思う。『五年間、彼女がいません……』『一人暮らしは淋しいです……』こんな文章をよく見かけるが、重たいと思う。出会うのは見ず知らずの他人だというのに。

 

「アカイさん、これどう思います?『絶対に裏切らない人、彼女になって下さい』だって! そんなの赤の他人に求められてもねえ」


「恋することに臆病になっちゃった、翼をもがれた天使なんですよ」


「適当な単語をならべんといてよ。じゃあこれは?『優しさだけには自信があります』って、こういうのムカつきません? 偽善者っぽくないですか? 自分で自分を優しいだなんて! お前が優しいやつかどうかなんて、他人が評価することやっちゅうねん! 優しさ以外になにも取り柄が思いつかんのやろうが!」


「ミヤモトさん、落ち着いて! なにか昔あったんですか?」

 と、アカイさんがなだめてくれる。


 他人の原稿を見るのは面白い。自信のないやつ、勘違いしているやつ、自作の詩を載せているナルシスト、ショートカットやブーツを履いてる子を限定するフェチなやつ……人の数だけ、なんらかのドラマを感じる。オレはどんなやつに見られてるんだろうか?


     ★

 

 やっと池袋に着いた。時間を見るために携帯電話を開くと、着信ありの文字があった。電車に乗っている時にかかってきたらしい。それは知らない携帯電話の番号だ。


「すいません、アカイさん、ちょっとタンマ!」


 もしかしたらこの沿線の女性かもしれない。オレは改札を出る前に電話をかけた。

「もしもし、さっき電話をもらったんやけど」


「うん、ちょっと風邪気味で仕事休んでヒマだったから、雑誌見て電話かけたの」

 なるほど、確かに少しハスキーな声だ。


「仕事ってなにをしてるの?」「美容師をやってるよ」「そうなんや、じゃあ結構お洒落なんちゃうん? 風邪はもう大丈夫?」「うん、もう熱は引いたみたい」「そりゃよかった。そや、どこ住んでるの?」どこから電話をかけてきたのか? これがポイントだ。場所次第では敗者復活戦もあり得る。


「江古田だよ」


 ビンゴ!


「マジで? 今ちょうど池袋にいるねん! ここからすぐやん! 今からそっちに行っていい?」

 別に下心があって君の部屋に行くのではない。たまたま。そう、たまたま近い駅にいあわせたから、ついでに看病しに行くだけなんだよ、と強調する感じでオレは言った。


「え、今から? 別にいいけど」


「ほんと? じゃあメロンでも買っていくよ! 駅に着いたら電話する!」

 ここでも看病めいたことを強調する。


 電話を切ってアカイさんを見ると、彼は笑っていた。人の幸運を素直に喜べる人なのだろう。

「じゃあアカイさん、そうゆうことで……」


「ええ、ミヤモトさん、オレの分まで頑張って下さい」

 こうして敗者復活戦に挑むことになった。


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