第5話 安眠とエロチック
★
「うん、コンビニの前に着いたけど、それからどう行ったらええの?」
江古田の美容師ユリは病み上がりなので、オレは直接家まで行くはめになった。
「隣にマンションあるでしょ? 今、窓から手をふってるのが私、見える?」
マンションを見上げると、二階のカーテン越しに女のシルエットが見えた。
階段を上がり、203号室のドア前に立つ。そしてオレは深呼吸をしてから呼び鈴を鳴らした。
「ちょっと待ってて!」
言われてから十分以上も待たされ、オレは悪い想像をしてしまう。
ドア穴からオレの姿を観察していて、タイプじゃないからとドアを開けてくれなかったらどうしよう? ストーカーに張り込みされてます、なんて警察を呼ばれたらどうしよう?
やることもなく、ただ待っているだけの状況、思考はマイナスに働きがちだ。
やっとドアが開いた。そこにはセミロングの金髪女がいた。
部屋の中は暗い。とはいっても豆球が一つだけついていた。ユリは昼間、風邪で寝込んでいたはずなのに、チューブトップで胸元を強調している。瞳にはわざわざ青いカラーコンタクト、デニムのホットパンツはくい込み気味だ。
話を聞くと、さっきまでシャワーを浴びていたらしく、バスタオルを巻いただけの状態で手をふっていたらしい。
部屋は六畳くらいの広さだった。ソファの前にはさっきまで彼女が寝てたであろう布団が敷いてあったが、とりあえずオレは布団ではなくソファに座った。ユリはオレの真横にぴたりと座った。
彼女の素足がくっついている。オレも短パンを履いていればよかった。
「ねぇ、なにか飲む?」
ユリはぬるい麦茶を出してくれた。
「私って自炊もちゃんとしてるし、お茶も自分で沸かしてるんだよ。そういうタイプに見えないでしょ?」
どうして派手な女ほど、自分は家庭的な女だとアピールするのだろうか?
それにしても……部屋の暗さ、女の服装、そして体温、息づかいを感じる至近距離といい……まるでキャバクラ状態だ! 密着したまま世間話が続く。まだ夜の九時前だ、時間にはゆとりがある。
先にアクションを起こしたのはユリだった。
「ねぇ、私ってビデオの予約のやり方がわからないんだよね、教えて」
彼女はひざをつき、腕を伸ばし、ビデオデッキをいじりだした。ちょいちょい。オレの目の前にお尻があるよ! 鼻先10センチの距離。達人同士の間合。
録画のやり方を教え終えると、彼女はソファに戻り、ふたたび足を密着させてきた。そしてオレにもたれかかる。
「私ね、今インド香に凝ってるんだ。焚いていい?」
問いかけながらもユリは、テーブル上にすでにセットされているお香に火をつけた。
「このお香はね、安眠の効果とエロチックの効果があるんだよ」
安眠とエロチックは真逆のベクトルだと思うのだが……まぁ、いいや、のっかろう。どっちを選んでもハッピーになれそうだ。
「どう? 眠くなってきた?」
「うん、眠くなってきた。ちょっとヒザ貸してね」
ユリの太ももがひんやりとしていて気持ちいい。
「もし、よかったらそっちの布団で横になっていいよ」
「じゃあ遠慮なく布団に行かせてもらうわ」
しばらくしてユリがオレの横に添い寝した。鼻息があたるほど顔が近くにあったのでキスをした。
★
どうやら、あのインド香の効果は本当のようだった。睡眠欲とエロチック……いずれの効果が発動してもベッド・インができる! どこに売ってるの? そう彼女に聞こうとしたがやめておいた。おそらくそんなインド香などありゃしない。ドラえもんにだって出せないだろう。
ユリは性行為の最中にやたらと「ねぇ、私ってエロい?」と聞いてきた。淫乱かと聞いているのか、セクシーかと聞いているのか、どっちなんだ? 少し戸惑いながらもオレは「うん、まぁエロいほうとちゃうかな?」あいまいに答えておいた。
そしてピロートークのコーナーが始まった。
ユリは先月で20才、昼間は美容師をしているが、夜はいかがわしい店で働いているそうだ。
「セーラー服を脱がさないで。ってお店で働いてるんだ、まさか高校を卒業してから制服を着るなんて思わなかったよ」
ユリはじつに嬉しそうに話す。
「お客さんがボトルを注文するとね、ボトルが高いところに置いてあってね、スカートの中をお客さんに見られるんだよ」
明るくエロい話をする女性を、オレは女神のように感じてしまう。
「下に体操着履くのはなしやで! 履いてないよね?」
「お店だもん、そんなところにリアリティ求めないよ。私ね、店の人にね、保健委員にならないか? って言われてるんだ。保健委員はね、お客さんに指名されたら保健室に行ってヌイてあげなきゃならないんだ。給料も上がるらしいけどさ、なんか恐いしイヤじゃん? まるでそれって風俗じゃん? ねえ……」
そんな話をしてるうちにすっかり興奮してしまったので、もう一戦交えた。
★
「あー、スッキリしたよぉ」
シャワーから出るとユリはパジャマ姿になっていた。部屋に来てから初めて見る彼女のエロくない姿だ。
本当はもう一発くらい性交したかったのだが、ユリは寝る気たっぷりのようだ。ユリがソファをいじくると、ソファはリクライニングになっていて、マット状に変形した。これで寝床は二つになってしまった。
え? 同じところで寝ないの?
オレは顔を犬のようにクーンとすり寄せ、彼女にせまった。
「寝てるあいだに犯して〜」
ユリは冗談とも本気ともつかない言い方で、闘牛士のようにかわした。
しかたがない。明日の朝一番にセックスするか。ケーキの苺は残しておいた方がいいんだよ、だから我慢してお休み。自分にそう言い聞かせて寝ることにした。
★
夜中、爆音が鳴り響いた。
発信源はオレのすぐそば、ユリのイビキだった。それにしてもうるさいイビキで、おまけにまゆ毛も消滅しかけている、よく見るとユリの寝顔は不細工だった。
ガぁー! ギリギリ! ぐグルぅ! ゲッゲッ! ゴぉー! とガ行を全て網羅したイビキのせいで、オレは何度も何度も目を覚ました。
しかも彼女は恐ろしく寝相が悪く、彼女を見るたびに頭の向きが変わっており、さながら時計の針みたいに回転していたのだ。もしこれが新婚初夜の花婿の状況なら、花婿はめっちゃ落ちこむやろうなぁ……。
これじゃとても『寝てるあいだに犯す』雰囲気ではないよ。
そっと布団を掛けてあげる優しさがオレにはなかった。これだけ寝相が悪けりゃ、どうせ払い除けるだろうし、睡眠を妨害されていることの小さな復讐でもあった。
そして夜が明けた。
★
さて、今は朝の九時か。たしか十時に目覚まし時計が鳴るようにセットしてもらったんだ、それまでになにか時間潰しを……ん? なんだ、この本は? オレはめざとくレディコミを見つけた。
ふぅーん、女もこんなエロマンガを読むんだね。オレは枕を胸の下辺りに置き、枕を女に見立てて腰を動かし局部に刺激を与えた。彼女が目を覚ましてくれればこんなことをしなくていいのに……う、ヤバ! 今、出そうになった! あれ? 気がつくとあと十分で十時だ。没頭しすぎたな。オレは仰向けになり、布団をきっちりと被り、眠ったフリを始めた。なにしろ目覚まし時計は彼女自身の手でとめてもらわないと、ユリにパッチリと目を覚ましてもらわないと意味がない。
タタタ♪ タタタ♪ タタタタタタタタタ♪ グワァーグワァーッ!
オレの枕元で可愛らしい二等身のゴジラ人形が咆哮をあげた。ユリのグギーッ、グギーッというイビキと混ざり、一瞬、絶妙なハーモニーを奏でていた。が、一分もしないうちにユリの咆哮はやみ、彼女は乱暴にゴジラの頭を叩き大人しくさせた。そして、すくっと立ち上がると、黙ってトイレに行った。
そのすきにオレはユリの寝床に入る! ジャー! 水の流れる音。ユリが出てくる! 移動したオレに気づくユリ! ユリの目を見てニカッと笑い手を振るオレ! そんなオレに微笑み返すユリ!
「今度はそっちで寝るの?」
というや否や、ユリはさっきまでオレがいたソファに横になった。一分も経たないうちにユリはイビキをかき始めた。
三十分待つも、まるで起きる気配がない。イビキの音は相変わらずだ。こんな騒々しい白雪姫だったら王子様もキスなんてできないだろう。
とりあえずはヌイておこう。オレはレディコミを見ながら一人で処理をした。ティッシュはトイレに流した。わざわざ起こすのも悪い気がしたのでオレは黙って家を出た。
この日は昼過ぎに池袋でシホと会う予定が入っていたのだ。だから休日だというのに目覚ましをセットしてもらう必要があったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます