2悪目 異能と技巧と社長秘書と

 朝起きると、見知らぬ天井だった。このような事を実際に経験するのは少ないだろう。少ないはずだ。少なくとも俺はない。

 まぁ、俺はすぐ昨日の事を思い出したのでどうってことはないのだが。

 とりあえずベッドから降りて、寝ぼけ眼をこすりながら洗面所へ向かおうとするが、ない。ない。ないない。ないのだ。

 洗面所が部屋にないのだ。しかも、トイレも風呂もない。昨日は色々あったので、解放されてからすぐにベッドに倒れこんでしまったのだ。できれば朝風呂もしたいというのに。

 困ったので隣である首領の部屋をコンコンとノックする。聞こえてきたのは「ど~ぞ~」という間延びした声。明らかにだらけ切っている声に、勝手に怒りを覚えながら、部屋に入っていく。

 洗面所などがない事について、問いただすために彼女を探すと、リラックスしながらファンシーなソファーに座っていた。ただし、バスタオル姿で、がつくが。


「ふぁぁっ!」


 俺はとてつもなく変な声を出しながら、彼女を凝視する。透き通った白い肌に、肩につかない程度の灰色のショートカット。それも今は少し湿っているように見える。また、いたずらっ子の様に微笑んだあくどい顔でありながらも、そこに秘められた魅力は宝石の輝きなんて目じゃないだろう。綺麗に整い過ぎていて、自分の顔に少し自信がなくなる。一応ギリギリ世間一般のイケメン枠のはずなのだが。

 よく見れば可愛い。いや、可愛いという言葉よりも美人の方が似合う。


「なに? 顔をずっと凝視して。もしかしてボクに見惚れちゃったのかい? このバスタオルの中もみたい?」


 彼女の甘い言葉に惑わされそうになるも、よく見ると言った後の顔が真っ赤になっていたので、なんかほっこりとしてしまった。


「な、なんだ! その可愛い生物を愛でるような目は!」


 彼女がなにやら言っている途中でこっちにきた理由を思い出す。


「そんなことよりも俺の部屋に風呂とか洗面所とかがないんですけど」


 彼女は一瞬きょとんとした顔をして言った。


「キミの部屋は昨日、急遽増設されたから設備が万全じゃないんだよね。だからしばらくの間はボクと共同でいいよね」

「え! そんなのだめですよ!」

「キミはただでさえ優遇されているんだから、遠慮っていうものを覚えたらどうだい?」


 正論だけどやれやれという顔をしていたのがなんかうざい。


 結局、朝風呂に風呂を貸してもらうことにした。


「あ! 僕のシャンプーは使うなよ?」

「はいはい」

「一千万もした高級品なんだからな?」


 そんな怖いもの誰が使うか。

 この状況に慣れてきている自分が怖いが、これも悪の世界で生きるには必要な適応力ってやつなんだろう。






「じゃあ訓練を始めようか。まず武藤君の異能を教えてくれるかな? 僕はただ強いとしか聞いてないからさ」


 今は朝の支度が終わり、首領から貰ったスケジュール表に割り振られていた、異能訓練というものをしている。講師は【ダークネス・モデル】四天王が一人、〖技巧〗だ。大層な名前だが、本名は田中 和弘たなか かずひろというらしい。実力的には組織のNo.3だ。四天王の中では二番目に強いらしい。

 しかし、俺の異能はたいして強くないんだけどな。結構、便利なんだろうけど。


「俺の異能は空気とか水とかから武器を生み出す程度の能力ですけど」

「それの限界は試したことはある? いつも自然に使うのが弱くても、限界地点が何処までか分らなかったら何とも言えないからさ」


 確かにそうだ。俺はまだ一回も限界まで力を使ったことがない。理由は単純で使う必要がなかったからだ。俺の前の組織では、俺でも対処できるような相手としか戦っていなかったからだ。この組織の首領にやられかけた時は単に時間がなかった。


「ないと思います」

「そうか。じゃあ今やってみて。もう無理って思ったら僕に言ってね」


 指示に従って限界まで異能を使おうとしてみる。意識を集中すると徐々に透明の小さな空気の刃が生まれてくる。そこに力を込めていき、本で見たことがあるような日本刀の形にしていく。しかし、全然力が残っているのに、日本刀はある程度の力を込めてからは、変化がなくなった。


「あの、力は残ってるんですけど、限界っぽいのがきたみたいです」

「もう? じゃあ、その刀を圧縮してみて?」

「はい」


 言われたとおりに試すと、意外にも簡単に圧縮できた。


「お、できたみたいだね。そしたらもう一回力を込めてみてくれるかい?」


 さっきは力を込めてもうんともすんとも言わなかったが、今はすんなりと力が込められ、圧縮され小さくなった刀が大きくなっていく。よく見てみると結構鋭く硬くなっているようだ。


「で、できました」

「じゃあ、力を使い切るまでそれを繰り返してみて?」


 俺は何度も何度も繰り返す、行うたびに力の消費量が大きくなっているが、俺はまだ疲れを覚えていない。〖技巧〗さんは「まだ、つづくのかい?」と驚いていた。


 繰り返すこと、二十三回。ついに疲れを感じ始める。この空気の刀もかなりの切れ味と硬度を持っていることが分かる。気体であるというのに見てわかるというのはおかしな話だ。まず武器化できる時点でおかしいのだが。

 三十まで繰り返すと力が枯渇した。


「ぎ、〖技巧〗さん、はぁ、もう、無理っぽいです、はぁ」


 息切れを起こしながら話しかける。


「そ、そうかい。もう限界は分かったから、休んでくれていいよ」


 そう言って〖技巧〗さんは首領に報告するため、どっかへ行ってしまった。

 とりあえず俺は刀に集中していた意識を疲労の回復の為に専念する。これは改造手術で手に入れた能力だ。

 ひとまず歩ける程度に回復すると、意識を手放したにもかかわらず残っていた日本刀が目に入る。前ならば分解消滅していったのに。とりあえずすごく固めたから分解しなくなったのかな、と自己完結した。

 今は次のスケジュールである、事務のお手伝いへ向かわねば。……日本刀は持って行っていいのだろうか。






 今は絶賛、事務のお手伝い中だ。どうやら俺には天性の事務能力があったらしく、他の事務方よりも既に三倍以上はこなしている。普通ならどんなに凄くても体が頭についていかないが、俺の改造した肉体なら問題はない。

 仕事は基本的に、佐藤さんという一歳年上の凄腕お姉さんに教えてもらっている。ボンキュッボンの優しい人だ。首領も美乳だがメロンには敵わないだろう。おっと、寒気が。


 なんとなくこのまま一か月とは言わずに居続けてもいいと思った。

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