第4話ヴァイナモイネン将軍の戦略思想

 1920年にレンミンカイネン少佐はR兵器工廠の工廠長に任命され、任官に当たってヴァイナモイネン将軍から訓示を受けるために、首都へーシングの北方200キロ、カリワラの陸軍本營に向かった。

 白髯の将軍は穏やかな顔で椅子を進めて言った。

「ちょうど時分だ。」

 ファンランド人は15時になると、何時いかなる状況であろうとコーヒーとシナモン風味の甘いパンで休憩をとる。この習慣は大公国時代からあり、現在まで変っていない。(コーヒー豆の年間消費量は現在でも世界第1位だ。)

 レンミンカイネン少佐は極度の緊張に脂汗を流しながら、再三勧められてやっと席に着いた。秘書官が2人分の茶菓を用意した。2人は早速パンを千切って口に入れ、濃いコーヒーで胃に流し込んだが、レンミンカイネンは全く賞味する心の余裕がなかった。目の前に座る将軍は、長い戦歴を持つ伝説の人だった。

 将軍は寡黙だった。レンミンカイネンも黙っていた。

 将軍の肩越し、窓の向こうには鉛色の湖の水面が広がり、汀近くにはサウナ小屋が見えた。空には暗雲が垂れ籠め、葦原は吹き荒れる風に薙ぎ倒されて揺れていた。     

 やっと将軍は口を開いた。「この国には、兵器がない。」

 レンミンカイネンには将軍の言わんとする意味がよくわかった。3年前の独立と内戦時には旧ヨシュア帝国軍の駐留部隊を武装解除して接収した少量の火器しか存在せず、独立支持派の市民たちは自宅から持ち出した猟銃で戦った。それから3年経過しても、軍備は遅々として進んでいなかった。

 逆説的だが、1920年当時は世界中に兵器は余っていた。第一次大戦争が終結し、行き場のなくなった兵器が各国の兵器庫に山積みになっていた。しかしそんな旧式兵器を試験的に買い付けても、ファンランドの特殊な地理・気候条件では役に立たなかった。

 戦闘機は零下40度の厳冬にエンジンオイルが凍り(後にエンジンの下で灯油を燃やし続けることでなんとか配備できるようになった)、戦車は雪や春の泥濘に身動きが取れなくなった。結局は歩兵部隊が夏は徒歩で、冬はスキーを履いてゲリラ戦を展開するしかなかったが、それも森林地帯では危険だった。大砲が樹木に当たると木片が飛散し、天然の榴散弾となって兵士を襲った。広大な森林の続く平野部の少ない地形、一年の大半は国土が雪に覆われる気象に適した兵器が、この国には必要だった。レンミンカイネンは技術将校としてこの数年悩み抜いて来た。

 必ず戦争は起こる。その時までに準備をしなければならなかった。

 隣国の社会主義国家ヨシュアは目下、革命後の内戦に明け暮れている。しかし国内平定して国力を回復すれば、必ず覇権主義が再び台頭して来るとレンミンカイネンは確信していた。間違いなく将軍もそれを念頭に置いているはずだった。それは拭いがたいヨシュア民族の戦闘的性格だった。

 2人は20分ほどお互いに沈黙したまま顔を見合わせ、時々コーヒーを飲んだ。

 窓の外ではサウナ小屋のドアが突如勢い良く開き、裸の男女数人が水蒸気を体から吹き上げつつ飛び出して来ると、一斉に湖に飛び込んだ。

 ファンランド人はいかなる企業・団体・国家施設であろうとサウナを設置し、たとえ執務中でもサウナに入った。当然陸軍本営にもこの施設はあった。この習慣は紀元前からあり、現在でも多くの企業・団体・官公庁がサウナ施設を設置し、頻繁に利用している。(ちなみに世界各国のファンランド大使館にも必ずサウナがある。)

 レンミンカイネンは将軍の人格的迫力に圧倒され、一言も発することができずに沈黙を続けていた。

 しかし将軍が伝えたいことはしっかりと受け取っていた。生まれたばかりの国家を守る。戦って負けない体制を作る。立場が違っても2人のやることはそれしかなかった。

 会見時間の終わりが近づいていた。最後にレンミンカイネンは言った。

「この国のための兵器を、開発いたします。」

 目算もなく、約束できることでもなかった。将軍は温顔を崩さず、無言で頷いた。会見は終わった。

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