黎明のウィカ

三池ゆず

ニコ

ニコ(前)

 嘘だろう。

 ぼくは、思わずそう叫びそうになった。

 白い花びらを月に向けて輝く、月光花。

 満月の夜に森の奥で咲いているとされる幻の花が、目の前で一輪輝いていた。

 それは母さんが昔話として聞かせてくれた花だった。確か、悪い魔女が改心して、人に尽くしたから、死後、その死体の埋まっている場所から生えてきた美しい花。そんなような話だった気がする。

 別に探していたわけではない。今日は母の命日だったから、昔連れて行ってくれた泉の近くで星を見ようとしていただけなのだ。そもそも実在するとも思っていなかった。

 思っていなかったけれど、その花はあまりにも美しかった。

 月の光を反射するように光るそれ。泉の水面には、ぼやけた花のシルエットが写り混んでいる。

 もっと近くで見たい。泉に近寄ろうとした時だった。

 足音がした。

 これは獣のものではない。人だ。ばらんばらんとたくさんの足音が聞こえる。

 慌てて近くにあった草むらに体を隠す。

 しばらくすると、大人がたくさん来た。ブロンドの髪色をした若い女性を先頭にずらずらと大人が歩いている。身なりの貧しそうな者。軍服を着たもの。一度足を出すだけでも、地響きしそうな人。統一感のない人の群れだった。

「月光花の元へおいで下さい。勇士たちよ」

 女の人がそう言うと、わらわらと大人たちが円形になる。

 変な雰囲気がしたような気がした。

 どう変なのかは説明できないけれど、とにかく変だと思った。

 こういう時は逃げるに限る。

「勇士たちよ、光を受け入れるのです」

 女の人の声がした。すると、光りが大きくなった気がした。ふと振り返ってみる。すると、集団は光に包まれていた。大きな光が人々の影を映している。

 とにかく逃げようと思った。しかし、気がついたら目の前に光が迫っていた。全力で走っているはずなのに、光はあっという間にぼくの背中まで迫ってきた。

 目がチカチカする。

 もう無理だ。そう感じた瞬間、視界が途切れた。

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