2 ドナウより来たる

 第一区インネレシュタット・ウィーン・シティ船着場。休日で賑わう遊覧船乗り場で起こる混乱。河へせり出した展望レストラン兼ロビーの建物が河岸の支えを破壊され倒壊。市民・観光客=傾ぐ建物の中で転がる/取り残される/瓦礫に埋まる/河へ落ちる。

 現着。舞い降りる鳳と涼月。崩れた建物と市民の阿鼻叫喚がもたらす光景に絶句。

 無線通信=副長から。

黒犬シュヴァルツ、暴れているのは敵性兵器単機のみだ。帯同、待ち伏せ、増援は確認されていない。だが敵はアンノウンだ。慎重に対処しろ》

了解ヤー》通信を終えたとたん――

 がん! 遠くで凄まじい衝撃の音が起こった。きりもみしながら何かが飛んでくる。

 宙を舞うもの=警察車両/地上の涼月たちの頭上を放物線を描き運河に落ちる/盛大な水柱が立ち上る――敵性兵器による攻撃。

 すかさず動こうとする鳳を片手で制す涼月。

「あたしが行く。お前は飛んで、落ちたやつらを助けてやれ」

「――ええ。お気をつけて」鳳=即応。波立つ運河へ。救助を支援。

 車両のあった地点に走り寄せる涼月――単機? どこのイカレ野郎だ。

 到着=倒壊した建物の屋上だった場所――歩道とつながりせり出した足場――けたたましい銃声/特憲コブラが敵を取り囲み機関銃を掃射中/一点に/車を吹っ飛ばした敵へ向けて。掃射がやむ/もうもうとした粉塵/浮かび上がる敵。

 涼月=瞠目「なんっだありゃ……」

報告にあった、人の動きをする機械の怪物=鮫野郎。その馬鹿でかい鮫の頭が抗磁圧の盾を半球状に展開/無傷。

 敵――滑らかに拳をかかげる=ファイテイングポーズ。

 さらなる驚愕。涼月のスタイルに酷似。

 かかげた両腕=震動型雷撃器が雷火をまとう――涼月の特甲と同型のもの。

 両腕を鉄槌のごとく地面に振り下ろす/雷撃器がもたらす爆圧と衝撃で地面が割れる/崩落/すかさず跳び退く涼月/特憲コブラの隊員が落下/落水/無事な足場にしがみつく。

 着地した涼月/そこへ突撃してくる鮫野郎。突撃手たる涼月――完全な出遅れ。スタイル、装備、肩書きまで奪いに来る敵に憤慨。

 迎え撃つ――繰り出される鮫野郎の拳=鋭いワンツー/紙一重でかわす/後退したたらを踏む/後ろへ転がり距離をとる/しゃがんだ状態から前へ跳ね飛ぶ/接迫/お返しの右ストレート/抗磁圧の盾に阻まれる/弾かれ後ろへ跳び退いた。

 通信――解析班からの報告。

《敵の外部ユニットが判明。大出力抗磁圧発生器と水中航行機を合わせた複合ユニット ”へドロン” 。プリンチップ社が関与した兵装です》

 副長=《盾で対応し、退路は水場があれば確保できるというわけか。盾の耐久限度は?》

《現状装備では破れません。中隊が合流しても再編中の部隊で破れるかは……。マスターサーバーは黒犬のレベル三使用を推奨しています》

《ナンセンスだ。だいいち民間人が多すぎる》

 グジグジうるせぇ! 無理だと言われるほど反骨心が湧く――いつもの仲間の不在と、自分を真似たふざけた敵がそうさせた。視野が狭まる/闇雲な突撃体勢になったとき――

 にわかに視界に入る紫の輝き。

 鳳=合流――旋回/滞空――左腕を巨大な重機関銃に換装/掃射ダダダ!=牽制/撃ちながら涼月を見る/涼月が見上げる/右手を伸ばす/ある地点を指さす。

 あそこにおびき寄せろ――という意図と理解。要撃手の本領が発揮される場=安定した道路/避難完了した領域。

 無線無しでの連携=即興劇――上等だ。

 涼月=接近――掃射中でも怯まず特攻/鳳=拳のヒットする瞬間を見極めギリギリまで撃つ/最後の着弾/最速で追随して雷撃の拳を見舞う/防がれる/即座に後方へ/敵の接近――拳の接近/かわす/いなす/敵と対面しながら後退/前進させ誘導/地点が近づく/鳳=細かく掃射し退路をふさぐ。

 そして要撃地点へ到達――涼月+鮫野郎。

 涼月=狙い澄ました右フック=雷撃値最大/盾と拳の衝突点=マーカーを置き土産に/後ろへ跳んで待避――直後、

「ご奉仕いたしますわーーーーーーーーーーっ!」

 目の覚めるような掃射の嵐/涼月が見舞った拳の打撃点に寸分の狂い無く撃ち込まれる銃弾/跳弾でえぐれる地面/粉塵が舞う/敵を覆う/なおも乱れぬ正確な射撃=アゲハチョウの羽が正確に敵の位置を探査している/残弾を一発たりとも残さず/ただ一点のみに銃火が吸い込まれてゆく――

 残弾ゼロ――銃弾の騒々しい行列が終了。

 粉塵が晴れ、弾痕にまみれた場所――あらわれる鮫野郎=損傷ひとつ無い。

 涼月+鳳――慄然りつぜん

 涼月の拳も、鳳の重機関砲の全弾掃射も防ぎ切った盾――つい立ち尽くす・滞空地点で浮かんでいる。

 鮫野郎の速やかな移動――跳躍/着地。その地点=民間人が蝟集いしゅうしている場所。

 敵=自らの背を救助を待つ民間人へ向ける/動けない・救助を待ってとどまっている者たちがおののく。

 絶妙なる位置取りに鳳が硬直/旋回/どの射角にも民間人が入ってしまう=盾にされ掃射できず。

 接近戦なら――再度接近しようとした涼月――突然の頭痛=脳内チップに異常。

「つ……! くそ、なんだってんだ、おい!」

 視界に何かが投影される。敵から発せられた識別コード。

 戦慄した。悪い冗談としか思えぬことが起こった。


 識別コード=涼月・ディートリッヒ・シュルツ


 自分自身の識別コードと同じものがノイズ混じりに表示されていた。

 涼月=酩酊/惑乱。似ても似つかぬはずの姿=鮫野郎――しかしどうしようもなく自覚させられる。動き/姿勢/突貫のフォーム/打撃で。さっきから脳内チップを介して明滅するあたしの名前の識別コードで。

『あたしは、お前だ』と相手が告げている。

 ざけんなこの! 躍りかかる/振り払うように殴打の嵐=やけくそ/さばかれる/いなされる/鮫頭へドロンではじかれる。

 なめんなぁ! 渾身の右ストレート=最速/雷撃値最大で振り抜く/半身ずらしてかわされる=驚異の姿勢制御/勢いを利用したカウンターがヒットする。

 みぞおちに衝撃/振り抜かれる拳/吹っ飛ぶ涼月。河岸の手すりに背を打ち、うずくまってくずおれた。

 敵=まるで涼月を睥睨へいげいするようにたたずむ。

 やおら転身――涼月に背を向けた。何のつもりだ。呻きながら見た。敵の歩く先を――。

 瓦礫に埋もれた女性/必死に瓦礫をどかそうとする男性/女性に必死に何かを叫んでいる子供。

 そちらに一歩一歩、無機質な足音を鳴らして近づく鮫野郎/雷撃器の発動。

 やめろ――。

 心でも現実でも叫ぶ涼月――劣等感ゆえに思ってきたことがよぎる。

 幸せな家族――手に入らないのなら、めちゃくちゃにしてしまえ。

鏡 写しの自分/忘却の海リンボから来たりし怪物ダゴンがその暗い欲望を遂げる/馬鹿げた妄想が現実になる。

 ちがう、ちがう! あたしは!

 動けない一家に向かって、敵の拳が振り下ろされた。

 瞬間――紫の輝きが飛来/鳳が敵の前へ割り込む/機械の両手でかばう/直撃/雷撃器がもたらす衝撃をまともにくらう/腕がひしゃげる/砕け散る/散らしながら吹き飛ばされる/もんどり打って倒れる。

 涼月――視界が真っ赤になるレッドアウト。心の奥の暗い欲望と、かつて見たような光景――初出撃の記憶が混じり合う。

 怒りが総身に満ちて全身をバネに跳ね起きる。

 憤怒の突撃/走り込む/前のめり――鳳に追い打ちをかけようとする敵へ、弾丸のごとくまっしぐらに、頭から飛び込んだ。

「うらぁぁぁーーーー!」

 渾身のヘッドバット=飾り耳オーアの抗磁圧をぶつける/抗磁圧の盾に防がれる。

 抗磁圧同士の鍔迫つばぜりり合い――爆ぜる/目がくらむ/なおも燃え上がる戦意。

 無意識に発動していた両腕の雷撃器=数値最大――臨界/溜め込んだエネルギーをほぼ同時に振るった――果断なワンツー。

 頭部+両腕による抗磁圧+雷撃の三点放射。

 ばちん! 抗磁圧の盾が解除/クロスした左右のストレートが振り抜かれる/手応え――浅い。破られる寸前に後ろへ跳んでいた鮫野郎――着地。

 衝動まかせの捨て身の奇襲――破壊に至れず。悔恨のにらみ。しゅうしゅう鳴く両腕と飾り耳オーア

 敵――防御ユニットが爆ぜ、煙を噴く。オーバーヒートした鮫頭。損傷も構わす速やかなかまえ、、、とともに涼月へ突撃/再転送の間を与えず。

 涼月=襲い来る敵に灼熱した拳を振りかぶる/接近する敵めがけ怒りを噴出させる――醜い怪物と化した自分をこれ以上見ていたくなくて。

「消えろぉーーーーー!」

 拳と拳がかち合う/涼月の特甲=直前の攻撃で満足にエネルギーが溜まらず相手の拳に圧倒される/拳が砕ける/みるみる圧壊/相手の拳がもぐりこむ。

 ――ちくしょう! くそったれ! ちくしょう!

 刹那、相手の腕関節に赤い光点がともる/銃声/涼月の腕ごと砕け跳ぶ敵の腕/さっと水際へ退く敵。

 後方――現着した怒濤ドランク中隊=中隊長ミハエル・宮仕・カリウスの狙撃。

 続けて屈強な男たち+突撃銃=鮫野郎を包囲にかかる。

《無事か? 突撃手。よく耐えてくれた。あとは任せろ》

 ミハエルからの無線通信。増援部隊によるサポート。

だが、指示を聞かずに特甲を再転送。怒りのまま鮫野郎に走り込む。

 敵=反転――包囲される前に河へ飛び込む。

「まちやがれクソ鮫ヤロぉぉぉーーーーーー!」

 着水の寸前、敵の胴部に食らいつく/ホールドする/河へ落ちる。

 敵が背部の航行ユニットを起動――またたく間に進行/潜行。

 涼月と鮫野郎がドナウ運河の中へ、誰も手の届かない場所へ消えた。




 断片的な記憶が再生されては切り替わる――。

 河に鮫野郎と落ちたあと=水中でもがく/鮫野郎にしがみつく/深く潜行/急浮上し鼓膜が悲鳴を上げる/水を呑む/意識が遠のく/空間へ入る/水から解放される――足場/空気/咳き込み/倒れ――。

 はっと目覚める涼月。自分がいるはずの場所――ドナウ運河・地下水路のどこか――最後の記憶から連想。

 だが実際に自分のいる場所=調度品に彩られたモダンな部屋。現在地を脳内チップで探る/ちりっとした痛み/探査にヒットせず。 

 遅れて気づく――一人掛けの革張り椅子に座っている自分に。椅子から立とうとするも身体に力が入らず、立ち上がることが出来ない。

 特甲のままの手足=ひどく重たい。腕さえ満足に上げられない。

 無線通信=つながらない。接続官の存在=感じられない。

 孤立無援――敵のど真ん中で。身動き一つ取れないまま。

 きぃっと金属のドアが開く音――入ってくる初老の男。

「やぁ……よく来てくださいました」

 男=馬鹿丁寧というほどに穏やかなたたずまい。

「ずっとお会いしたかったんですよ。涼月・ディートリッヒ・シュルツさん」

 心からの敬意と尊敬をこめて一礼し、向かいの椅子に座った。

「あなたと遊んでもらえて彼女も喜んでいることでしょう」

 彼女/遊ぶ=鮫野郎との戦闘のことを指す。

 言い換え――なのに本気で言ってそう。

「でも、さぞ驚かれたことでしょう。あなたの識別コードと兵装を彼女が持っていたことに。びっくりさせて本当にごめんなさい。あなたの先頃までの脳内チップのデータを使っていたのですから無理もない」

 涼月――愕然。さらっととんでもないことを言われる。

「ええ、兵器開発局に送られたあなたの特甲に関するデータと脳内チップの処理記録です。そこで私のおともだちからお借りしまして」

しゃらっと言う。何の悪びれもなく。憲兵の特甲児童の情報漏洩を明かす。お隣から庭道具でも借りてきたみたいな調子で。

「おかげで彼女は先ほどのように元気にはしゃぎ回って……」

 感極まり涙を流す男。自分の世界で何ごとか感じ入っている様にドン引きする涼月。

「涼月さん。これもあなたのおかげです。ありがとう……本当に、ありがとう」

深々と頭を下げた。

「な……」自分が良きことをしたように語られることに当惑。

「あんた誰だ? あの鮫野郎とあたしと何の関係があるってんだ!」

「鮫野郎?」男がぴくっと眉根をひそませた。すぐに穏やかさを取り戻す。

「ああ、彼女の愛称ですか。仲が良くて何より。ですが……その呼び方はあまり良くない。女の子なのですからねぇ」

 少し怒ったのかと思ったが、変わらずに温厚をまとっていた。

「失礼、私の名前でしたね。そうですか……やっぱり覚えてはいませんでしたか」

 それは残念ですといったふうに。

「クリストフ・ゲルストです。以前に子供工場キンダーヴェルクに勤めていました。彼女もあなたと同じく、一緒にあそこにいたんですよ」

 彼女――子供工場キンダーヴェルクにいた/涼月と同じ=機械化児童。

「彼女の名はヒルデと言います。ヒルデ・ゲルスト」

 言われても全然ぴんとこない涼月。表情で伝わる。

「覚えていない? そうですか。人格改変化プログラムの影響ですかねぇ。大変だったでしょう。よく耐えてこられました」

 心から慰労しているといわんばかり。

 だが意想外から思わぬワード=人格改変化プログラム――ずっと知りたがってたことの糸口が見えて飛びつく。

「あんた、あれのこと、何か知ってんのか!」

「いいえ、いま重要なのはそこではないんです」

 どこまでも穏やかに。だが有無を言わせず。主導はこちらにあると告げていた。

「良いでしょう。忘れてしまったのなら、お話しましょう。彼女のことを」




 本部ビル――一階いっかいロビー。夜、ぽつねんと立ち尽くす患者服にジャケットを羽織った姿の陽炎――スペアの手足。

 涼月が敵兵器と交戦しドナウ運河に沈んでから六時間が経過していた。落ちた数分後に涼月の脳内チップの反応が切断/位置座標も分からず/生存確認も出来ず/接続官コーラスとのリンクも遮断された。

 現在、接続官コーラスたる吹雪が戦闘後から休むこと無くマスターサーバーに接続し続けている。しかしあらゆる探査にも反応は示されないまま。

 不確かな希望――探査できなかった敵の出現地点を正確に言い当てた夕霧。曰く「夕霧ならあの人とお話しできます、でもさっきみたいに居場所がどこかが分からないんです」抽象的な情報。あの人=敵の鮫野郎。場所――おそらくミリオポリスの大水路――いまだ明かされぬ水路や区画が多数ある迷宮。居場所がデータベース化に無いので電子的手段で見つける事が出来ないという意味らしい。

 夕霧――直接地下水路へ向かうと進言

「歩きながら歌えば見つけられます」――却下。特甲どころか通常の四肢の接続もままならない現状の身体ではとうてい不可能。護衛をつけても自衛のすべの無い状態では不足の事態に対応出来ない。

 陽炎の所感=死亡ロストを示すコードは通知されていないことから生きている可能性は高い――しかしそれは高確率で涼月の脳内チップが敵の手中にある可能性もまた高いということになる。

 孤絶/利用――敵の掌中にある自分。陽炎は身をすくませた。

 思い出される感触=手のひらに握らされた爆弾のスイッチ/下卑た男どもが身体をまさぐるさま/敵になすがままに己を利用された経験=〈空港占拠事件〉。

 屈辱と心細さ。助けて、と叫ぶ彼女。乱れる静穏。

 もし、敵の手の中にあるのなら涼月も。

 船着場を襲撃した敵は涼月の識別コードを発し、意図的に涼月と同じスタイルで戦闘していた。涼月を捕らえてまた何ごとかに利用しようというのが想像できる――確信。

 今は待つことしか出来ない。このスペアの手足がのろわしく思えた。じっと何も出来ない自分――私は/彼女は/陽炎は、そんな現状を拒絶し、歩き出した。

 副長、なんなら大隊長に現隊復帰を申告すべくエレベーターホールに向かおうとしたところへ――

「どこへ行く気かしら? 狙撃手さん」

 横手の通路から声をかけられる。

 機動捜査課のモリィ・円・カリウス捜査官。陽炎の元教官にしてカウンセリングの担当――副長の人事。

 いけ好かない女が実にいけ好かないことを言ってくる。感情をおさえて返答。

「現隊復帰の申請を。フィジカルチェックは全てパスしています。義肢のメンテナンスも完了しているはずです。復帰し速やかに事件に加わります」

「私のカウンセリングはまだパスしていないわね」

「本来必要の無い措置です」

「いいえ。あなたに何より大事なことよ。あなたの一部はまだ、あの空港で孤立している、、、、、、、、、、、から」

 無感情の仮面が崩れる。思い出される孤絶の光景。そんなわけ無いと振り払う。

「小隊長のことも冷静でいられないほど心配している。でもそれは仲間を思ってだけのことじゃない」

 心の様を言い当てに来るモリィ。目をそらしつぶってきた自分の弱さを直視させてくる。

「あなたは重ねている。今の小隊長の孤立を自分のこととして。あなたはこの事件を使ってあなた自身を救おうとしているのよ」

 責める口調でたたみかけるモリィ。反論したかった。そんなことは決してないのだと。けれど不安と臆病さが自分の心を素直にさせていた。動揺でぐらぐらと足下が安定しなくなる。

 感覚――空港/管制塔での敵の狙撃手との対峙。ミハエルの仲間だった女との。ミハエルが託したもの/チャンスを外した記憶/恐慌に襲われ逃げるようにレベル三に身を委ねた自分。ミハエルにさらした、か弱い女の子然とした弱さ。

 失態を返上し事件が終わってなおさいなみ続ける、弱さに屈した記憶。

 わだかまり続けている。今日までずっと。

「……どうすれば克服できるというんですか? どうやったって消せないんです。これじゃあ、離れてしまう、あの人が。対等でいれないと……強くあらないと」

 か細い声を絞り出す。これ以上言葉が継げない。

 突然、モリィに抱きしめられた。

「あなたらしいわね。あなたはいつも、大人顔負けに強くあろうとしている。心惹かれた相手にまでもね」

 知ったようなことを言うな。反発心が現れても、心の一部はモリィの言葉を聞きたがっていた。

「でもちゃんと、弱さを見せられる相手は頼りなさい。めいいっぱい頼ってから、いつもの顔で対等でいたい彼と向き合えばいい。頼った分だけきっとあなたは頼られる力を正しく学べると思うわ」

「……あなただけは、ぜったいにごめんです」

 やっといつもの強がりが出た。遠くにあった自分の一部が戻ってきたように思えた。心が静穏さを取り戻し、闇雲な焦りが前向きな感情に変わっていった。

「というか、いつまでこうしている気ですか? 離してくださ――」

 異変――抱きしめられてから初めてモリィの顔を見る。

 ぽろぽろ流れている涙/ずずっとすする鼻水/か弱き女学生みたいに泣いていた。

「いえ、ね……っ、治療とはいえ、あなたにひどいことを、ごめんなさい。こんなあたしらしくないこと……ほんとうは」

 抗弁。いやいや充分あなたらしかったですよとは言えず、頭をぽんぽんしてやる。誰の治療なんだかと呆れている。

 ひとしきり泣いたあとモリィが身を離して、ハンカチで涙をぬぐった。弱みはこれでおあいこにしておこうと思う陽炎。

 起こる思案――身代わりに消えた彼女もこの人のこんなところも知っていたのかな。教官時代のモリィ――彼女とともに消えてしまった記憶。けれど無意識下に覚えていたもの――〈ケルベルス〉の誓い。ふと心で斉唱。

ん? なにかが引っかかる。誓いを注意深く探る。気付く。見つけられなかった答えが思わぬかたちで具体化してくる。

そして、斉唱。教えたくれたかつての教官へ。いつもの屹然さで。

「〈ケルベルス〉遊撃小隊は、文字どおり三人で一頭の獣である。互いが頭となり目となり手足となって、突撃をフォロー、狙撃をカバー、遊撃的にサポート。優先すべき行動のためには、互いの盾となることも避けてはならない」

 目を丸くするモリィ。陽炎の眼に宿る確信を秘めた輝きに魅せられる。

「彼女があなたに教わった言葉です。私がさっきまで見失っていた誓いです。私は、私たちの互いの力を持って、私たちの小隊の仲間を見つけてみせます」

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