刑事部屋に戻った芹沢のデスクに、片付けたはずの贈り物がまた新たに増えていた。

「……もう、勘弁してくれ」

 芹沢は本気で頭を抱えた。

「さすがに仕事に支障をきたし出したな」

 鍋島は腕組みをし、いささか仏頂面で机の包みを眺めた。

「何とかせんと」

ここの駐車場でフリマでもするか」

「……おまえ、それこそ殺されるぞ」

 鍋島は首を捻りながら溜め息をついた。「ここの連中にも、もらった相手にも」

「じゃどうすりゃいいんだよ」

「……そうやな。とりあえず今回は諦めて、何日かかけてでも全部持って帰るしかないな」

「……全然解決になってねえ」と彼も溜め息をついた。

「で、おまえには彼女がいるってことを、バレンタインまでには周りに知らせるんや。そしたら次はぐっと減るやろ」

「何でそんなこと言わなきゃなんねえんだよ」

「いや、相手の名前まで言う必要はないから」

「当たり前だろ。それこそここじゃ自殺行為だ」

 芹沢は話にならないとばかりに鼻白んだ。「言っとくけど、プライべートは絶対に明かさねえからな」

「ほなどうするんや」

「もういい。全部持って帰る」

「質入れでもするんか」

「そんな面倒臭ぇことしねえよ」

 そう言うと芹沢は包みの一つを手に取った。「言っちゃ悪りぃけど、こん中のブランド品のうちいくつかはきっと偽物──」

「ひどいこと言うなおまえは」鍋島は眉根を寄せた。「絶対に女が原因で死ぬ」

「……ちょっと思い付いたかも」

 芹沢は包みを見つめたままぽつりと言った。

「横着なだけやのうて、悪知恵まで働くとは」

「違うって。使えそうなんだよ」

「使う? 何に」

「この中で、何でもいいから中国製のものを探すんだ」

 そう言うと芹沢は持っていた包みの包装紙を剥がし始めた。

「中国製?」

「ああ。一つくらいあるだろ。ネクタイとか」

「中国製……なるほど」

 鍋島は納得したように力強く頷くと、デスクの包みを一つ手に取った。

「アンティーク雑貨や家具でなくてもいいんだ。真贋も問わねえ。要するにMADE in CHINA だったら」

「せやけど、同じような手口やったら、昨日一条とあの兄ちゃんが横浜で実験済みやぞ」

「あいつらと違って、こっちは身分を明かして行くわけじゃねえ。もう一歩踏み込める」

「そのためには林淑恵の居所を掴まんと」

「それはあのあんちゃんがやってくれそうだ」

「よそもんが一人で大丈夫か」

「心配ないみたいだぜ。デジタルワールドに仲間がいっぱい居るそうだから」

「そういや言うてたな」

 話しながら、二人は次々とラッピングを剥ぎ、中から現れる品々の製品表示を探し続けた。

「……あ」芹沢がぽつりと言った。

「どうした」

「一昨日、それまでの分をウチに持って帰ったんだ」

「とりあえず今ここにある分が先やろ」

「もちろん。でもあいつが全部チェックしてたから、覚えてるかも」

「警部がか?」

「ああ。もうなんかまるで、鑑識係みたいな目でよ」

 芹沢はデスクの携帯電話を取ってディスプレイを開いた。「メールで訊いてみる」

「……おまえも結構大変やな」

「だろ? どんどん同情してくれよ」

「そう言われると憐れみ半減やけどな」

 芹沢はふん、と鼻を鳴らした。「……これでよし」

「──お、ビンゴかも」

 鍋島が細長い紙箱から一本のネクタイを取り出して言った。

「これってイタリアのブランドやろ?」

 芹沢は鍋島の手元に視線を向けた。「ああ」

「せやのになんかヘンな、漢字みたいなのがあるぞ」

「どれ」

 芹沢は鍋島から受け取ったネクタイのタグを見た。一見しただけでは分からなかったが、裏側の隅っこに、確かに小さな漢字のようなマークの刺繍が入っていた。

「本物じゃねえな」

「お得意のコピーか。この、それをプレゼントに?」

「さあ。どういう売り方をしてたのか分からねえけど」

 そう言うと芹沢は手にしていた皮製の長財布を箱に戻した。

「何にせよ、それを使おうぜ」

 そして彼はその財布を脇に積み上げてあった他の品々と共に、まるで廃棄物の処理でもするかのようにどさっと足下の段ボール箱に落とし込んだ。

 鍋島は頷くと、段ボール箱を覗いて合掌し、静かに呟いた。「……成仏してや」

 するとそこに、また新たな包みを持った香代が現れた。

「あ、香代ちゃ────!?!?!?」

 芹沢が言い終わる前に、彼の頬に香代のビンタが飛んでいた。

「え……? え??」

「………………」

 香代は黙ったまま、怖い顔で芹沢を睨んだ。

 芹沢は目を丸くして、ぶたれた頬を手で覆った。「なに?」

「……ホントに最低」

 香代は嫌悪感を露わにして言った。「お二人が何のためにこんなことをやってたのか知りませんけど、あんまりです。いくら数が多いからって、まるでがらくた扱いじゃないですか」

「違うんだ、これは──」

「何が違うんですか?」

 香代の口調は挑発的だった。「一つ一つ、贈り主なりの想いがあるんです。巡査部長はどう考えてらっしゃるか知りませんけど、みんなそれぞれにあなたへの大切な気持ちを……一途な想いを、その贈り物に込めてるんですよ」

「いや、分かってるけど──」

「分かった気になってるだけでしょ?」

 香代はキッと芹沢を見上げた。「しょーがねえなあ、俺ってモテるから、ぐらいにしか思ってないですよね。だってあなたが催促したわけじゃないし、頼みもしてないのに勝手に買って、勝手に届けてきたんですもの」

「……ほんと、そんな風に思ってねえって」

「あたしに言い訳は無用です」

 何だよ、文句言ってきてるのは贈り主じゃなくてそっちだろ、と思いながらも芹沢は黙った。職場の女の子に嫌われてまで自己主張をしても、一つも得はない。いや、もうじゅうぶん嫌われてるか。

「……もらう資格無いわ」

 そして香代は新たに持ってきた包みを芹沢のデスクに置き、その厳しい視線を今度は鍋島に向けた。

「鍋島さんも、デリカシーが無さ過ぎです」

「…………」 

 鍋島も何も言わなかった。彼にも損得勘定は出来ていた。

「とにかく、私には理解出来ません」

 香代はその声に少し落ち着きを戻して言った。「さっき、深見茜の話を聞いていたときのお二人って、まさに業務用の顔をなさってたんですね。今さらきれいごとを言うようですけど、それが残念です」

「きみがそう思うなら、仕方ないよ」

 芹沢は無表情で言った。

「……生意気言ってすいませんでした」

 そう言い残し、静かに立ち去って行く香代の後ろ姿を見ながら、芹沢はぼそっと呟いた。「……なあ」

 俯いていた鍋島は視線を上げ、黙って芹沢を見た。

「中大路って男が見つかったら、俺に一発ぶん殴らせろ」

 芹沢はゆっくりと鍋島に振り返った。「これじゃあんまりだ。割に合わねえ」

「そこは何とか堪えてくれ」鍋島は小さく苦笑した。

「……ったく、貧乏くじもいいとこだぜ」

 そう吐き捨てると芹沢は香代が置いて行った新たな包みを手に取り、申し訳程度に眺めてから段ボール箱に投げ入れた。

 すると今度はその行為をとがめるように、彼の携帯電話が鳴った。

 芹沢は画面を開いた。「返事だ」

「何て?」

「『中国製は無し』だって」

「それだけか?」鍋島は眉を上げた。

「それだけ」

「意外やな。警部やったら、いつもの正義感で抗議してくるかと思た。さっきの彼女みたいに」

「現状優先ってことだろ。そこの冷静さはブレないね」

「案件処理のためにはごちゃごちゃ文句は言わへんってことか」

「ああ。それとまぁ、しょせんはザコ扱いしてんのさ。直接アポを取って渡すわけじゃなく、こっそり職場に届けに来るような連中のことは、自分が気に掛けるまでもないと」

「……なるほど。ごもっとも」

 鍋島は思わず肩をすくめた。

 そのとき、またも携帯電話が鳴った。

「──はい」

《二宮です》

「あ、ごくろうさん。何か分かった?」

《林淑恵を確認しました》

「マジか?」芹沢は素直に驚いた。「実家に行ったんだよな?」

《ええ。あのあと、レンタカーを借りて神戸に向かったんです。南京町に来てちょっとウロウロしてたら、彼女が実家に戻ってきました》

「人定できたってことか?」

《はい。顔写真は今朝入手したので》

「また独自のルート?」

《ええ、まあ》と二宮は小さく笑った。

「……頼りになるな」芹沢もふっと苦笑した。「それで?」

《実家の輸入食品店を張ってます。いずれ出てくるでしょうし》

「未体験ゾーンってとこに行くからか」

《昨夜のうちに体験してなければね》

「分かった。こっちもそろそろ合流できると思う。解放されたら電話入れる」

《助かります。何せ土地勘が無いもんで。変化があったらまた連絡します》

「了解」

 電話を切った芹沢は、そばで通話を見守っていた鍋島に振り返った。

「何だろ。やたらそつがないリリーフエースだ」

「みたいやな」

 鍋島は何となく複雑な表情で頷いた。

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