道が無いなら




「うわ〜夜みたいだね!」


 わかってはいたが、森の中はほとんど光が入ってこなく空気もひんやりしていてまるで夜のようだった。


 まあこっちの世界はずっとあの空なので、昼も夜もないようなものなのだが。


 ふと隣を見ると、杏梨と吹雪の前には火の玉のようなものがフワフワと浮かんでいる。真莉が驚いていると、杏梨が一瞬首をかしげてからああ!というように手を打った。


「真莉ちゃんは魔法が使えないんだったね!代わりにあたしが、真莉ちゃんの分も出しておくね〜」


 杏梨が握った手のひらをポンっと開くと、中から飛び出してきた火の玉が目の前の道を照らすように真莉の前に浮かんだ。


「にしても、ずいぶん静かね……」


「珍しいね〜動物も虫もどこかに隠れちゃったのかな?」


 静かな森を、火の玉の光を頼りにゆっくりと進んでいく。しばらくは道のようなものがあったが、それも徐々に無くなってきて整備されてない足場が多くなってきた。


 二人は普通に歩いてるのかもしれないが、真莉は正直ついていくのがやっとだ。何度か転びかけながらも、必死に杏梨たちのあとを追いかけている。


「あたしもここまで奥には来たことないな〜だんだん方角もわからなくなってきたね」


「帰りはホウキで森の上まで飛んじゃいましょう。そうすれば迷うこともないわ」


「そうだね〜って真莉ちゃん、大丈夫?

すごい息が切れてるけど……」


「だ、だいじょーぶ……」


「ごめんなさい、少し進むのが早かったかしら?道も整備されてないものね……」


「ん〜……そうだ!」


 杏梨はパチンと指を鳴らすと、突然近くにあった木に手をかけ、するすると上まで登り始めた。あっという間に見えなくなり、頭上から微かに声だけが聞こえてくる。


 なにやら木に向かって熱心に話しかけているようだった。


「き、木まで会話ができるんですか……?」


「さあ……そんな魔法、私は聞いたことないけれど……」


 しばらくすると、杏梨の登った木だけが風も吹いていないのにさわさわと揺れ始めた。それに応えるように、周りの木も同じように揺れ始める。


 吹雪と真莉が呆気に取られているうちに、森全体の木が、まるで会話をしているようにザワザワと騒めき始めた。


 木が揺れるたびに、葉っぱの隙間から光がチカチカと漏れている。


 なんとも不思議な光景だった。


 騒めきは少しずつ収まっていき、やがて光も入らなくなると緩やかに先ほどまでの静寂を取り戻した。


 杏梨はひょいっと木から飛び降りると、何事もなかったのように真莉たちに駆け寄る。そしていまだ呆然としている二人に言った。


「協力してくれるって!」


「え……?」


 グッと親指を立てて見せると、しゃがみ込んで地面をタンタン、と二回叩いた。なにかの合図をするように。すると──。


「わっ……!?」


「ちょ、ちょっと!どうなってるの!?」


 地震のように地面が揺れ出したかと思いきや、剥き出しになっていた木の根っこたちが

モゴモゴとひとりでに動き出した。


 あっという間に三人の前には、根っこなど一つもなくなった広い道が出来上がる。杏梨はそこに手のひらを向けると、びゅうっと風を巻き上げて落ちていた葉っぱや枝を一瞬で綺麗にしてしまった。


「道を作ってもいいですか?って聞いてみたらね、少しの間なら、って応えてくれたの!これでどんどん歩けるね!真莉ちゃん!」


「う、うん……?」


「あたしたちが通ったら、木たちは自分で元の位置に戻るから大丈夫だよ〜。あっそれとね、真莉ちゃんのこと心配してたよ」


「え?」


「いつ自分らの根っこで彼女が転ぶのか心配でしょうがなかったって!ハラハラしながら見守ってくれてたらしいよ〜」


 真莉はあんぐりと口を開けて杏梨を見る。杏梨はひと仕事終えたというようにうーんと伸びをすると、当たり前のように呟いた。


「木はいつもあたしたちのこと見ててくれるからね〜」


「……」


 真莉は吹雪と顔を見合わせた。そして自然と強く頷き合う。杏梨はきっと、私たちとは見ている世界が違うのだ。だがらもう、何も突っ込まないでおこう。


 鼻歌交じりに広くなった道を歩き出した杏梨の後ろ姿を見ながら、真莉たちはそう心に誓ったのだった。



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