夕焼けを待ちながら




「……あれ?杏梨ちゃんは?」


「杏梨なら先に旧校舎の窓を直してくるって向こうに行ったわ。まったく、すぐに直せるならとっとと直せばよかったのに……」


「先に?で、でも夕方にならないと向こうの世界には行けないんじゃ……」


「ん?ああ、普通はね」


 吹雪はまだ日が落ちる前の、藍色に揺れる川を眺めながら真莉に向かって小さく肩をすくめて見せた。


 学校が終わってから近くの河原で落ち合うことになっていた真莉たちは、夕焼けを待ちながら並んで空を見上げる。


 正直、吹雪と二人きりで話すのは初めてだった真莉は、少々緊張していた。


「前回この川から向こうの世界に入った時、川がピンクに見えなかった?」


「は、はい。杏梨ちゃんがちょんって水面を触ったら、みるみるピンクになって……」


「杏梨はね、いつでも向こうの空を映すことができるのよ。そしてそれを誰にでも見せることができる。本来、あなたみたいに魔力のない人が向こうへ行くのは難しいの」


「そうなん、ですか……?」


「ええ。今回は杏梨がいないから私があなたを向こうへ連れて行くけど、少し時間がかかるかもしれないから許してね」


「わ、わかりました……!」


 さっきから思わず敬語になってしまっている真莉の返事にクスッと笑うと、吹雪は立ち上がってうーんと伸びをした。


 少しずつ暗くなってきた空に手を伸ばしながら、隣で大人しく膝を抱えている真莉にそっと言葉を続ける。


「私ね、ずっと杏梨が羨ましかったの」


「……え?」


 強気な彼女の意外な言葉に、真莉は思わず吹雪の顔を見上げた。


 その横顔はどこか物憂げで、一瞬、普段の彼女からは想像もできないほど弱々しい表情に見えた。


「だってあの子ったら……私が努力して身につけたことや、努力しても出来なかったことを軽々やってのけるんだもの!正直、出会った頃はずいぶん落ち込んだわ」


 吹雪はいつものように腕を組むと、珍しく拗ねたように唇を尖らせた。それでもすぐにフッと口元を緩め、まっすぐ前を見つめる。


「でも、関係ないのよね。私は私、あの子はあの子。比べるべきは、他人じゃなくて過去の自分だわ」


 陰りのない、自信に溢れた強い瞳。


 その目は余計なものを映さず、ただただ前を見つめていて──真莉は強い憧れを抱いた。


「……吹雪ちゃんは、すごいね」


「え?」


「わたし、いつも誰かと比べては自分が嫌になってばっかりで……そんな風に考えたことなかった。だから、すごいよ!」


 まさか褒められるとは思ってなかった吹雪は、きょとんとして真莉の顔を見つめる。そしてプッと吹き出すと、これ以上ないほど優しく笑った。


「真莉ちゃん、あなたって面白い子ね」


「えっなにか、変なこと言ったかな……?」


「ふふ、そうじゃないわ。改めて、これからよろしくね。杏梨に気に入られたなら、これからも巻き込まれる覚悟はしていた方がいいわよ」


「えっ……」


「ほら、もう空が真っ赤。

そろそろ行きましょうか」


 パンッと手を叩いて、隣でショックを受けている真莉にチラッと目をやると、クスクスとどこか楽しそうに笑う。


 そんな吹雪の様子に、真莉もなんだか少し嬉しくなって、つられるように笑った。




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