杏梨のひらめき




 あれから、小川さんに案内されて学校の中にある鏡からもとの世界に帰ってきた真莉。家に帰って自室のベッドに身を投げ出すと、ふぅと溜め息をついた。


(なんだか今日は疲れたな……)


 そのまま、夕飯も食べずに眠ってしまったらしい。気づくと日が登っていて、いつもと同じ朝が来た。


 急いでシャワーを浴びて朝食を取る。母親がお弁当を作りながら真莉に言った。


「モタモタしてると遅刻するわよーっ」


 ……全力で急いでいる様子を、「モタモタしてる」と表現されるのはいつものことだ。真莉は元気よく家を出た。


「いってきます!」


「はーい気をつけてね」


 確かに時間はギリギリだったので、早足で学校へと向かう。間に合うように急いだつもりが、結局五分遅れで教室に到着した。


「お、遅れましたっ……!」


「おーい城見、遅刻だぞー」


「すいません……」


 無駄に注目を浴びながら、なんとか自分の席へと座ることができた。机に突っ伏しながら思わず心の中で呟く。


(やっぱり魔法が欲しいっ……)


 そんな、一日の始まり。



 それから数時間後、再び真莉はある窮地に追い込まれていた。


 今は体育の時間。そして今日は真莉が最も苦手意識を持つ、跳び箱の授業だった。正直今まで、まともに跳べたことがない。


(どうやり過ごそうかな……)


  始まって早々そんなことを考えていた真莉の元に、杏梨がたたたっと駆けてきた。


「まーりちゃん!昨日はごめんね?なんだか巻き込む形になっちゃって……」


「あ、えっと、杏梨ちゃん……」


「吹雪ちゃんも言ってたけど、昨日のことは

みんなには内緒ね?」


 こそこそっと耳打ちして、悪戯なウインクを見せて笑った。その笑顔の眩しさに、真莉は思わずたじろいでしまう。


「ところで、さっきからなんだか暗い顔してるけど……もしかして跳び箱苦手?」


「苦手っていうか……」


「何段まで跳べるの?あたしも一緒にその段練習するよ!」


 ニコニコとみんなが並んでる列に向かって腕を引っ張る杏梨に、真莉は下を向きながらごにょごにょと呟いた。


「と、跳べたことないの……」


「え?」


「跳べたことない……一段も」


「い、一段も!?ほら、一番低いやつは四段とかあるけど……」


 ふるふると首を振る真莉。


 跳べたことがないというか、ほとんど跳んだことがないのだ。頑張って列に並んでも、直前で怖くなって足が固まってしまう。


 思い切って跳んでみても、お尻を強打したり太ももの内側を打ちつけたりと、痛い記憶ばかりが跳び箱に残ってしまった。


 一度でも綺麗に跳べた経験があれば、恐怖も和らぐのかもしれないが──。


「……わかった!まかせて真莉ちゃん!」


「え?」


「弱気になる必要なんてないよ!だって真莉ちゃんにはもう──魔法が使える「友達」がいるんだから!」


 杏梨はふふふっと笑うと、記録用のプリントを突然フワフワと頭上で踊らせて見せた。


 そして焦る真莉に向かってしーっと指を立てると、まるでイタズラを考えている子供のように楽しげに笑った。





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