憧れのイメージ




 真莉の中で、驚きよりも恐怖の方が完全に勝ったようだ。


 とっさに杏梨の背中にしがみつくと、その後ろに隠れるように身を潜めて、まるで幽霊でも見たかのように震えている。


 視線が合いそうになると、サッと逸らした。目は合わせたくないらしい。


「わあ〜すごい!ほんとに真莉ちゃんそっくりだね〜」


「えへへ……」


「えへへ、じゃないでしょ!まったく、変身魔法は基本的に禁止されてること、もちろん知ってるわよね?」


 吹雪の咎めるような声に、真莉の姿をしたそっくりさんはしゅんと肩を落とした。杏梨の後ろで会話を聞いていた真莉は、首を傾げて呟く。


「変身……魔法?」


「ん?変身魔法はね、自分の姿を変えられるんだよ〜見てて!」


 杏梨がパンッパンッと自分の服を叩くと、ピンク色のユラユラしたエネルギーが彼女の体を包んだ。そのまま軽やかにクルリと一周すると──。


「吹雪ちゃんだよ!似てるでしょ〜」


 顔から、着ている服まで。吹雪そっくりに変身した杏梨が得意げに笑っていた。


 同じ場所に、同じ人間が二人ずつ。


 真莉は目眩のような感覚に襲われて、頭を抱えてふらふらとその場に座り込む。


「余計に混乱させてどうするのよ……」


「あれ!?真莉ちゃん!?

せっかく落ち着いてたのに……!」


「あの……大丈夫ですか?」


「とにかく!二人とも今すぐ自分の姿に戻りなさい!話はそれからよ」


 吹雪の一喝で、ようやくこの場所に四人の人間がそろった。真莉のそっくりさんの正体は、小柄で大人しそうな女の子。


 改めて真莉に向き直ると、バッと勢いよく頭を下げた。


「ごめんなさい!勝手に城見さんの容姿を真似たりして……」


「え、ええと。私は、全然……」


「あなた、一組の小川さんよね?

どうしてこんなことしたの?」


 杏梨が真莉のためにコソッと耳打ちした。


「自分の姿を極端に変えるのは、混乱を巻き起こす可能性があるから禁止されてるんだ。特に、実在する人物に成り済ますことは絶対ダメって言われてるんだよ」


「──その上、城見 真莉は本来こちらの世界にはいない人間よ?ちょっと今は訳あって、こっちにいるけど……誰かに見られでもしたら、どうするの?」


「そうですよね……本当にごめんなさい!

わたし、ずっと城見さんに憧れてて……容姿だけでも真似したくて……」


「そ、そんなに真莉ちゃんに憧れてたの?」


 杏梨が思わず、意外そうな表情で呟いた。


 小川さんはコクコク頷いて、キラキラした眼差しで真莉を見つめる。


「だってこんなに美人で、勉強もできて運動もできるだなんて……まさに才色兼備ですよね!私、本当に憧れなんです!」


「……ん?」


 杏梨と吹雪は思わず顔を見合わせた。真莉はその後ろで顔を覆っている。


 どうやら、真莉のイメージは他クラスではそういう感じらしい。美人だというだけで、ここまで理想で塗り固められるとは……真莉が苦労するはずである。


「私は生徒会の者として、だいたいの生徒の素性は把握してるけど……わざわざ訂正することでもないわよね」


「そ、そうだよ!真莉ちゃんはきっとやればできる子だもんね!うん!」


「……?」


 小川さんは不思議そうに首を傾げている。真莉はまた、自己嫌悪の世界に入り込んでしまった。


「……でも、姿を変える時は立ち入り禁止の旧校舎の中にいたので、まさか見られていたなんて……」


「そういえば杏梨、どうして旧校舎になんていたの?聞こうと思って忘れてたわ」


「え?え〜と……それは、その……」


「……まさか、さっき小川さんを探しに行った時、派手に窓ガラスが割れてるエリアがあったけどあれって……」


「……いやっ違うの!ちょっと人のいない所でいろいろ魔法を試そうと思って、そしたら暴走したっていうか……」


「〜〜ッアンタって奴はほんとに!もういいわ、このまま先生のところに行きましょう。一度しっかり叱られなさい!」


「え、え〜〜!!ちょっと待ってよ!」


 吹雪は杏梨の腕をがっしり掴んでズルズルと引きずりながら、ぽかーんとその場に突っ立っている真莉に向かって叫んだ。


「城見 真莉!帰りはそこの小川さんに送ってもらいなさい。それから今日のことは一切、他言無用だからね!」


「は、はい……」


 真莉は何度も頷きながら、ようやく自分の世界に帰れそうなことに、正直ほっとして胸を撫で下ろした。




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