そっくりさん




「……真莉ちゃん、大丈夫?」


「……」


「まさか高所恐怖症だなんて思わなくてさ、ごめんねっ?」


「……」


 口に手を当てしゃがみ込んだまま動かない真莉を、心配そうに見つめる杏梨。


 しかし真莉は答えないのではない、答えられないのだ。少しでも口を開けば胃の奥から何かが出てきてしまいそうで、必死にそれを抑え込んでいるのだ。


 まさに己との戦いの真っ最中。そんな真莉を気の毒そうに見つめながら、吹雪が溜め息混じりに口を開いた。


「アンタがあんなに飛ばすからよ……」


「だ、だって。飛んでるとつい楽しくなっちゃって、振り落とさないようには気をつけていたんだけど……」


「ただでさえ無茶苦茶なアンタの飛び方に、素人が耐えられるはずないでしょ……」


 もう一度大きな溜め息をつくと、気を取り直したように杏梨に向き直って言った。


「それで、学校のどこで見かけたの?」


「旧校舎の方だよ!もしかしたら、人目を避けてあそこにいたのかも」


「旧校舎……わかったわ。じゃあ私が探してくるから、二人はここで休んでなさい」


「はーい」


 屋上から再び飛び去っていく吹雪の姿を、ヒラヒラ手を振って見送ると。杏梨は真莉の隣にそっと腰掛けた。


「お水とか、いる?」


「ううん……大丈夫」


「そっか」


 しばらくの間、二人は黙って屋上の入り口で座り込んでいた。ようやく少し回復してきた真莉は、隣で足をブラブラさせている杏梨に戸惑いながらも声を掛ける。


「ねぇ……」


「ん?」


「ここって、いったいどこなの?」


「ああ、そっか!まだ何にも説明してなかったね。ここはねー真莉ちゃんが知ってる世界とはちょっと違った世界なの。あのピンク色の空、見えるでしょう?」


「う、うん……」


「あのユラユラしてる光はね、ぜんぶ魔法のエネルギーなんだ!だから素質のある人たちは、あの空に導かれてここに来るんだよ」


「導かれて……?」


「そう!来て」


 杏梨に腕を引っ張られて、真莉は屋上の縁から身を乗り出しておそるおそる真下に広がる町並みを眺める。


「あそこに、あたしたちが入った川があるの見える?」


「うん……え!?」


 真莉は目を疑った。見下ろした川に映っている空は、真莉が見慣れた、元の世界の夜空の色そのものだった。


 当たり前のように、藍色なまま静かにそこに揺蕩っている。


「水面や鏡、あとは硝子とかかな?光を反射するものに空を映すとね、向こうの世界の空が映るんだ。だから来た時、川に映った空はピンク色だったでしょ?」


「た、たしかに……」


「魔力が少しでもある人には、何かに映して空を見るとピンク色に見えるの。それがこの世界への入り口なんだ!」


 杏梨は立ち上がると、ホウキを上空に飛ばせながらくるくると操って楽しげに笑った。

真莉はそれを呆然と見ている。


「あ、でもねーこっちの世界とあっちの世界が繋がるのは夕暮れ時だけだよ!空がピンクに見えるのも、夕焼けの空を映した時だけ」


「そ、そうなの……?」


「でも帰るのはいつでも帰れるから、心配しないでね!」


 振り返って笑った杏梨の背後から、吹雪のホウキが滑り込むようにギリギリの高さで、屋上の中に飛び込んできた。


 ズサササッ──!とすごい音がする。


「え!?吹雪、大丈夫?」


「……人を乗せて飛ぶのって初めてだったから、ちょっと苦戦したわ……」


 フラフラと立ち上がった吹雪の後ろから、ある人物がひょこっと顔を出した。


「──え!?」


 その人物の姿に、一番驚いたのは真莉だ。ただでさえキャパオーバーな頭を抱えて、目を白黒させながら呟いた。


「わ……わたし?」


 突然目の前に現れた、自分にそっくりな姿をした少女に。真莉はただ顔を青くしてその場に立ち尽くすしかなかった。





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