第1話帰還
規則正しく階段をのぼる足音が、誰が帰ってきたのかを告げてくれる。出かける人間と、帰ってくる人間の両方を、部屋にいながらわかること。それが安アパートの角部屋の特権だ。
帰ってきた。
また、帰ってきた。
出かけるときに、一応形式的な別れの挨拶は済んでいる。だが、アイツは又帰ってきた。
多分、今日もそうだろうとは思っていた。それはそうと、一体どんな顔で帰ってくるのだろう。
一度目は、とにかく驚いた顔だった。
二度目は、確信に近かった。
三度目の今日は?
そして、俺はどう迎えればいい?
一度目は、俺も驚いた。どうしてそうなったのか話も聞いた。訳が分からん奴らだと思った。何を考えているのかわからん弟だとも思った。
結局、みな自分がかわいいだけだと思った。
だが、二度目は半ば予想していた。だから、玄関で待っていた。
そして、予想通り弟は帰ってきた。『また、死にぞこなった』と雰囲気だけで笑っていた。表情を変えずに笑うアイツを、少し不気味に思っていた。
そして、今日が三度目。今日の俺は、一体どんな風に出迎えるべきだろう。
足音は着実に近づいている。
そう、時間はこちらの都合を考えない。いつも待ってほしい時に、待ってくれない。
言葉と同じだ。何一つ、思うようにならない。
玄関の前に人が立ち、鍵を開ける音が聞こえてくる。
ゆっくりと開けられるそのドアは、たてつけの悪さから、きしんだ悲鳴を上げている。
「ただいま、兄さん。今日もダメだったよ。また、ここに居ていいかな?」
それを全く気にもせず、玄関の鍵を開け、靴を脱がずに俺の返事を待つ弟。
一体今どんな顔をしているのか?
無性に振り返って見たかったが、この俺もどんな顔をしていいのかわからない。
嬉しいのか?
残念なのか?
一体俺はどっちだ? 俺はコイツに死んでほしいと思っているのか? あの日俺を見つめていた、母親のように……。
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