第一種接近遭遇

「……で? お前の実家とやらに帰省するのはもう諦めるとして。移動手段は?」

「んー? あ、だいじょぶ、迎えが来るー」

「迎え?」

「ん、跳んで来るって言ってた」

「……は?」


 返って来た回答は、何やら斜め上だった。



  *  *  *



 さすがは非常識の温床、普通の回答が期待できない……と、レーヴが早々に諦めたのかどうかはさておき、意味が判らないのは確かである。


「跳んで……?」

「跳んで」


 当たり前のことのように、こっくりと頷かれた。


「……物理的に?」

「や、空間跳んで来る」


 ますます意味が判らない。それを普通の顔で語るな、非常識。


 頭痛を堪えつつ、ついでにルーフェの眉間に手刀を決めつつ更なる説明を求めたところ、どうやら迎えに来るのが魔法使いで、空間移動を得意としているというところまで聞き出すことが出来た。

 成程、とレーヴは思う。確かに空間は跳ぶ、と言うだろう。物理的な距離などないに等しく、移動手段としては最上に位置するのではないだろうか。

 そして同時に思った。ああ本当にこいつの一般常識って地滑り起こしてる、と。

世間一般において魔法使いと呼ばれる輩は極めて少なく、そのほとんどが国のお抱えになっているのが現状である。故にその最上位の移動手段はほぼ王族か、それに連なる高位の人間にしか使えない。普通は。繰り返して言うが、普通は。


 何故そんな希少手段を、さも当然のように帰省の足に使おうというのか。その神経がレーヴには判らない。

 若干頭痛を堪えつつ、レーヴは目の前の子供の頬を指先で摘んだ。


「いひゃい、にゃにしゅる……」

「……ひとつ、言っておく」


 そんなに力も込めていないのでそう痛くもないだろうが、反射のように抗議の声を上げたルーフェに、レーヴは淡々とした声音で告げた。


「一般人は空間移動なんてものを体験することはおろか目にすることもまずない」


 下手をすれば魔法使いそのものに出会うこともないし、空間移動という単語を耳にすることさえもないだろう。

 きっぱりと言い切れば、目の前で夕焼け色の瞳がぱちぱちと瞬いた。子供が己の告げたことを間違いなく理解したことを確認して、レーヴはふんと鼻を鳴らしながら指を放す。


「うっそぉ……」

「こんなことで嘘を言ってどうする」

「えええ……、だって皆してオレん家しょっちゅうひょいひょいと跳んで来てたぜ? しかも知り合いほとんど魔法使える……」

「それはどう考えてもお前の家がおかしい」


 基準をそこに置くな、とびしりと額を弾けば、いてー!? と悲鳴が上がった。結構な音がしていたので、どうやら今度は掛け値なしに痛かったようだ。

 だってエーリもクロウも普通に移動すんのめんどーとか言って跳んでくんだぜー? ……とかなんとか、ぶちぶちとルーフェが呟いているが、そこはどう考えても普通の基準がずれているだけなので正して貰いたい。というか、それでいくと日常的に魔法使ってないかお前の養い親……と、そこまで考えたところで、その世間との基準が大幅にずれている家にこれから向かわねばならない、という事実をウッカリと思い出してしまい、レーヴは普通に打ちひしがれた。現実がつらい。

 何かの冗談だと思いたいが、その家で育って出来上がったのがルーフェである。現実がひどい。そして今からその場所に己が赴くという事実がもっとひどい。


 ポゥ……と淡い光が目の前で灯り、それは瞬く間に人の形を象った。

 あ、来た来たー、と暢気な声を上げるルーフェの目の前で、淡い光が徐々にその光源を失ってゆく。シルエットは、おそらくは少女のもの。かろうじてその判別だけは付いた。

 二人しかいなかったはずの室内に、もうひとつ人影が増える。驚いてもいいはずの現象を前に、けれどレーヴは今更驚く気にもなれなかった。


 ああ……本当に『跳んで』来るんだな……と、若干遠い目になったレーヴを、淡い桜色の瞳が射抜く。その穏やかな色彩とは裏腹に、冷ややか過ぎる温度を伝えてくる眼差しの持ち主に向けて、レーヴははじめまして、と棒読みにも程がある挨拶を投げた。








 迎えの少女は、ノーチェ、という名前らしい。

 愛想の欠片もない調子で口にされたそれが、相手の名前だと理解するまでに一拍の間があった。一応の礼儀としてレーヴも名乗り返せば、知ってる、と素っ気ない声が返る。ルーフェが、おー……と意外そうな声を上げた。


「まさかのノーチェが迎えとか……」

「あんたの保護者は、本業が忙しいとかでここ数日屋敷の方に籠りっきりよ」

「えええー……まじかー。それ下手すると手伝わされるやつじゃん」

「ご愁傷様、頑張って」

「まったく心のこもってねー声援あんがとー。……で? ノーチェは何で買収されたの?」

「年代物のワイン二本」

「……うん、オレ、ノーチェのそーゆー即物的なとこ嫌いじゃねーよ……」


 どういう会話なのだか。

 オレのお値段ワイン二本かぁ……と呟くルーフェに、訊きたいことは山程あるような気がしたが口を挟みたくない。そんな己の心情に素直に従って、レーヴは沈黙を守った。とりあえず、はからずしもノーチェの個性が駄々漏れな会話ではある。あと、多分ワイン二本はお前の値段じゃなくて移動手段の料金だろう。それを考えればむしろ破格だと言ってもいい。


「それで? 準備はできてるの?」

「んー、オッケー、だいじょぶ。……あ、ノーチェはレーヴに会うの初めてだよな?」

「当たり前でしょ。……まぁ、あんまり初対面って気はしないけどね」

「……は?」


 何だか今、奇妙なことを聞いた気がする。

 レーヴは改めてノーチェの方へとまじまじとした視線を投げた。間違いなく初対面の相手である。ノーチェ自身もそう肯定していた。……が、そういえば、自分の名乗りに対して返されたのは『知ってる』という言葉だった。加えて、先程の『初対面って気はしない』という言葉。どういうことだ……と訝しげな表情になったレーヴに、ノーチェは軽く肩を竦めてみせると、あっさりとその答えを口にした。


「ルーフェが手紙であんたのことばっかり書いてたのよ。で、更にそれを保護者たちが吹聴して回ってるの」


 あたしはそれを聞いたクチ、とさして面白くもなさそうに告げるノーチェに、レーヴは眉間の皺を深める。それは、つまり……、


「…………ほんっとうに、碌なことをしないなお前は」

「ひてててててててっ!」

「そんなの今に始まったことでもないでしょ」


 ノーチェのこれでもかという程に容赦のないひと言は、残念なことに真実でしかなかった。



   *  *  *



 成程、確かに空間移動というのは便利なものだな、と独特の浮遊感をどうにかやり過ごしながらレーヴはそんなことを思った。紛れもない現実逃避というやつである。


「……ああ、そういえばあんた、無事?」

「……どうにか」

「そ。慣れてないと魔力酔いとか何とかで体調崩すのもいるのよね」

「先に言って欲しかったんだが……」

「文句はあの子に言いなさい」


 無駄でしょうけど、と付け加えられたひと言に納得しか返せないのがしみじみとつらい。


 確かにこれは乗り物酔いの症状に近いな……と、僅かにぐらぐらとする視界に一度瞳を閉じる。ひどいのになると着いた瞬間に倒れたり吐いたりするから、あんたのはまだマシね、というノーチェの台詞は励ましなのか何なのか。

 この場合、術者当人だけではなく他の人間を二人も連れて、それでも危なげなく空間移動なんてものを成功させるノーチェも十分に非常識の部類に入るだろう。もうどこからどう正していけばいいものかも判らないが、そもそも常識を教え込むことなんて自分の仕事ではない。頑張りたくはない。

 幸い、ノーチェ曰くの魔力酔いの症状はそうひどくはなく、数回深呼吸を繰り返すうちにだいぶ楽になった。


「おー、何かすっげー久々に帰って来た気分―……って、おおお……?」


 いつもよりも若干テンションの高いルーフェの声が、何故だか途中から微妙なものに変化した。何となく嫌な予感を覚えつつ視線を上げたレーヴは、


「……は?」


 その先に見えた光景に、思わず間の抜けた声を上げた。

 見上げた先に、豪邸がある。それはまだいいとしよう。割と予想の範囲内ではあったし、何よりレーヴの実家とて結構な邸宅だ。


 そう、問題なのは屋敷の規模などではなく ――、


「お、ルーフェじゃん。おっかえりー!」


 そんな台詞と共に頭上から降って来た人物が何よりも問題なのだという話であって。


 スタンッ、というそれはそれは綺麗な着地を決めた青年を見たレーヴは、そのまま黙って視線を上へと動かした。全開になっている、三階の外開きの窓。二階どころか三階。

 ……デジャヴ。

 驚いてもいいはずの事態を前に、これとまったく同じ光景を見たことがある、だなんて、そんな感想を抱きたくはなかった。驚くどころか思わず真顔になった。


「クロウ、ただいまー!」


 そんなレーヴとは対照的に、ぱっと笑顔になったルーフェが相手に飛び付き、青年はそれを難なく受け止めた。勢いを殺すようにぐるんと一回転した青年に、ルーフェはうははと笑い声を上げる。そして。


「あ、でもクロウ。レーヴもいんのに、いきなりあそこから飛び降りてくんのはさすがにどうかとおもーよ、オレ」

「…………おぉ」


 ルーフェから飛び出したまさかの駄目出しに、心底びっくりした、という声と表情でまじまじと腕の中の子供を見やる青年に続いて、ノーチェの「うっそ……」という呟きが響く。こちらも純粋な驚きに満ち溢れていて、傍で聞いていたレーヴは何なんだと首を傾げた。


「うわ、すっげ。ルーフェがナナイみたいなこと言ってら」

「すごいわね。一応の効果はあったってこと?」


 言いながら、両者の視線が徐々にレーヴへと集まってくる。


 居心地が大変に悪いのだが、これは、つまり。

 ナナイ、という聞き覚えのある名前を持ち出されたことから察するに、これはつまり。


「えーっと、確か……レーヴ、だっけ? ルーフェに常識教え込んでくれてる同室者だよな? もうお前にルーフェのことお任せしちまってもいい?」

「常識教え込んだ覚えはないですし、お任せされたくもありません」


 初めまして、のひと言よりも先に飛び出したそれに、レーヴは条件反射でピシャリと返した。お任せされたくない。

 仮にも初対面の相手への態度としては褒められたものではなかったが、えー、レーヴひでー! とうるさくなったルーフェとは裏腹に青年は実に面白そうな様子で笑っただけだった。


「ま、そりゃそうだよな。こいつすっごい手ェ掛かるし」

「えええー、ひどくね? てか、それクロウが言う? オレより手ぇ掛かんのクロウの方じゃん」

「ばーか、オレなんてまだ可愛いもんだろ。エーリほどじゃねぇよ」

「……同意しかないわね」


 しみじみとしたノーチェの台詞が、実にしみじみと不安を煽る。

クロウ、という青年の名前も、それから今しがた聞いたエーリという名前も、そのどちらもがルーフェの養い親の名前ではなかったか……なんて事実は、出来れば気が付かないままでいたかった。

 見た目はせいぜい二十代そこそこ。鳶色の髪と榛の瞳の、どこかいたずらっ子のような印象を与える青年は、にっこりというよりもにんまりとした笑みをレーヴへと投げた。苦も無く抱え上げていたルーフェを、すとんと地面へと降ろしながらにこやかに告げる。


「うちへようこそ、レーヴ。歓迎するぜー?」


 ちょっと今仕事が修羅場ってるけど、それ終わったらめいっぱい遊ぼうな?

 それは確かに歓迎の言葉と表情で、そこに嘘偽りらしきものは感じ取れなかったけれども。

 レーヴは僅かにひくりと頬を引き攣らせる。己が随分とまずい場所に飛び込んでしまったことを、本能でもって感じ取った。











 それじゃ確かにその子たちは送り届けたから。約束のものはちゃんと寄越しなさいよ?


 あくまでも淡々と、事務的に。

 そう言い置いたノーチェが、用は済んだとばかりにさっさと身を翻して姿を消したのはつい先刻のことだった。


 空間移動、本当に便利だな、とノーチェが消えた辺りの場所を見やってレーヴは思う。主にこういう逃げ出したい状況の時に積極的に使っていきたい能力だ。逃げられないと判っているだけに余計にそう思う。ついでに、姿を消す直前にノーチェが僅かにこちらを憐れむような視線を向けてきたので、それが地味にダメージとなった。同情されるぐらいにひどい状況なのか。……ひどいな、確かに。うん。


「やー、思ったよりも普通……てか、まともそうな子でびっくりしたわ。ルーフェの弾丸みたいな行動力と奇妙に斜め上を走る思考に付き合えるのって、それと同類か、何もかもを許容しちまうぐらいに心が広いか、もしくは世の中すべてに興味がないか、そのぐらいかと思ってたんだが」

「え、なにそれひどくね? てか、それほんとクロウが言っちゃう?」

「ばーか。俺だから言えるんだろうが。お前の上位互換みたいなエーリの相手してる俺だからこそ断言できるんだぜ?」

「……」


 もう、何と言ったものかも判らない。

 とりあえず、レーヴは素直に沈黙した。あーそっかー、なんて納得の声を上げている同室者は、心底殴りたいと思う。


 この場合、まともそう、と評されたところで何ひとつ喜べはしない。クロウが語った内容がひどすぎる。上位互換、とは……と頭を抱えたくなるし、それでいくとクロウはおそらく同類と呼ばれるあれそれなのだろう、と半ば確信できてしまう辺りが絶望的である。何がって、レーヴの精神的平穏の意味合いで。


「ところでエーリは? いねぇの?」

「いるぞ。上で客の相手してる」

「ふーん……」

「多分、後でその客泣いて帰るだろうけどな」

「あ、そなの? 最近そーゆーの少なくなったと思ってたけど、まだいたんだな。エーリに喧嘩売る勇者」

「勇気ある馬鹿者、略して勇者、な。徹夜明けのエーリが相手だからなー。結果は推して知れ、てなもんだ」

「うーわー……。それ、泣いて帰るだけで済むやつ?」

「さぁな。俺としちゃどうでもいい。むしろ、エーリのストレス発散の相手してくれるだけ有難い」

「……うん、知ってた。クロウそゆとこあるよな」


 これが日常会話だというのだから恐れ入る。


 元々レーヴの中でルーフェの養い親という肩書を持った人たちは、どちらかと言わずとも関わり合いになりたくない、という分類の人間だった。今正に目の前にいるクロウと、会話の端々から人となりが察せられるエーリは、正直なところその認識をまるで裏切らない。想像よりもよりひどい。泣きたいわけでもなかったが、泣いたら帰ってもいいだろうか。


 ここまでくれば、さすがに嘆くのを通り越して投げやりな気分になって来たレーヴである。どちらにせよ今更寮へ帰れるとも思わなかったし、ここはさっさと諦めるのが賢明なのだろう。レーヴは己の中でばっさりと意識を切り替えた。

 はぁ……と小さく息を吐いたレーヴに気付いて、ルーフェがこてんと首を傾げる。


「? レーヴ?」


 どした? と声を上げるルーフェに視線をやることもなく、レーヴは己の片手で目元を覆ったまま、ちょいちょいと指先だけで呼び寄せた。素直にてててっとルーフェが駆け寄って来るのを気配だけで感じ取りながら、再びため息をひとつ。今度は深々と肺の空気を全部吐き出して。


 ―― ベシッ!


「ったー!?」


 全力で振りかぶった左手を、ルーフェの後頭部へと振り下ろした。


「……よし」

「よくない! 何でオレ今殴られたー!?」

「殴りたい、と思って、それをそのまま実行した結果だな。おかげでちょっとすっきりした」

「オレがすっきりしねーよ!?」

「それで? とりあえず荷物はどうすればいいんだ?」

「あー……多分、客室準備してあるだろうから、そこ…………じゃなくて!」

「そうか。本来なら先にお前の保護者に挨拶するのが筋なんだろうが……話を聞くにそれは後回しにした方が良さそうだな」

「え、あ、うん。今のエーリにはあんまオレも近付きたくねー……って! それも違くて!」

「喚くな。大声出さなくても聴こえてる。客室はどっちだ? お前の家なんだから、案内してくれないとこの屋敷の規模じゃさすがに迷う」

「だからちげー! そうじゃねー!」

「何がだ? お前の実家だろう」

「そうだけどっ!」

「じゃあ何の問題もないだろう。行くぞ」

「あああああもおおおおぉっ! オレにどうこう言う割に、レーヴもけっこー他人の話聞いてねーよなああああぁっ!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぐルーフェをものともせずに、レーヴは歩みを進める。完全に手慣れた様子でルーフェをあしらっている光景を、クロウは呆気に取られたような表情でしばし見送った。


 数年前に拾った、養い子。狭い世界でしか生きたことのなかった子供を、外の世界へと送り出した。

 アカデミーは、本当の意味では『外』とは呼べないかもしれないが、それでも子供の世界がこの家だけで完結していた頃に比べれば、随分と世界は広がったのだろう。


 それが良いことだったのか、悪いことだったのか。

 答えは、目の前にある。


 クロウは瞳を細めて、小さな笑みを零した。


「まったく……微笑ましいったらありゃしねぇな」




   *  *  *



「うわああああああああああぁぁん!」


 屋敷の中に足を踏み入れた瞬間に、大音響で泣きながら走り去ってゆく人影 ―― しかもそれが年端もいかぬ子供でも何でもなく中年男性だった場合、一体どういう反応を返すのが正解なのだろうか。レーヴにはまったく判らなかったので、そのまま唖然と件の人物を見送った。レーヴの隣でルーフェはあーあ、といった表情になっている。完全に慣れきった態度だ。


「……あれは?」

「えー? さっき言ってたやつだろ。多分泣いて帰る、って言ってたお客さんじゃね?」

「……まさか本気で泣いて帰るとは思わなかった」


 比喩表現じゃなかったのか……と零せば、完全物理、と返された。しかも、付け加えられた台詞が「そう珍しい光景じゃねーよ?」である。ルーフェやクロウの態度からそれが嘘でも誇張でもないのは窺い知れたが、残念なことにそれは救いにはならない。

 これは本当に思った以上にひどい……と、レーヴが男が消えていった方を眺めていた、その時。


「あっははは! 自分から喧嘩売りに来た割には、案外根性なかったなぁ」


 頭上から、実に楽しげな声が降って来た。そう大きな声ではなかったが、それは不思議と周囲によく響いた。


 反射のように声のした方向を目で追えば、飛び込んで来たのは眩い光と、鮮やかな赤。思わず息を飲む。

 エントランスは三階まで吹き抜けとなっていて、その天井には豪奢なシャンデリアが吊り下がっている。眩いのは、その光だ。

 赤は、階段脇の手すりにもたれ掛かるようにして笑う、その人の髪色で。


 サラリ、と男にしては随分と長い髪が肩口から零れている。目も覚めるような、鮮やかな赤。その色彩に、レーヴは瞬いた。


 これが誰なのか、既に答えは知っていた。


「エーリ」


 答え合わせのように、ルーフェがその名を呼ぶ。


「お? ルーフェじゃん。おっかえりー」


 ルーフェの声に反応してひらひらと手を振った青年は、次の瞬間「よっ……と」という軽い掛け声と共に、予備動作などまったくない状態で手すりをひょいと飛び越えた。スタンッ、と軽い音と共にひらりと眼前で翻った赤色に、ぱちり、とレーヴは再び瞬いた。……デジャヴ。


「ふぅん……?」


 三階の高さからこともなげに着地してみせた青年は、面白いものを見付けた、といった表情でレーヴを見た。翡翠みたいな、煌く緑の瞳。


「そっちの君は初めまして、だね。エーリだよ」

「……はじめ、まして。レーヴです」

「あ、やっぱ君がそうか。噂はかねがね。会えて嬉しいよ」

「はぁ……」


 噂ってなんだ、と問い詰めたい単語もあったが、とりあえず、あれだ。


 養い親、とルーフェは言うが、いっそ血縁関係があると言われた方が素直に納得できてしまうぐらいに、彼らの行動パターンが似通いすぎている。もう今更驚く気にもなれないが、何故常識外の高さからぽんぽんと飛んでしまうのか。


 この家の階段に意味はあるのかと、誰にともなく訊いてみたくなったレーヴだった。

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