そんな理由で
「レーヴ、みーっけ!」
声と共に、声の主が降って来た。
おそらくは、そんな経験をすることなどそうそうないだろう。
すたんっ、とそれはもう綺麗な着地フォームで目の前に降り立った子供を見て、レーヴはそのまま視線を上方へと向けた。
ひらひらと、白いカーテンがはためいているのが見える、三階の窓。
……二階どころか三階なのか。
ため息が漏れた。もはや呆れるしかない。
他の人間であれば、笑うしかないところかもしれない、と考えて ―――― 考えたところで「いや、違うか」と脳内却下をした。
何故なら、自分たちの周囲の人間が軒並み硬直していたからである。硬直、プラス絶句。
成程、普通は声もない、という状況に陥るらしいと判断を下して、レーヴは目の前の子供に歩み寄った。
そして ――――、
パコッ!
「てっ!」
「窓から、飛び降りるな」
常識欠如に、教育的指導。
* * *
「だって飛び降りた方がはえーんだもん」
「たかだか数分の時間ロスと非常識的行動を量りに掛けるな」
そして量りに掛けた挙句、非常識的行動を取るな。
目の前で膨れた表情をしてこちらを見返す夕焼け色の瞳の子供、その思考を間違いなく辿れてしまう自分が嫌だと思いながらレーヴはもう一度ペシリと焦げ茶の頭を叩く。
「てっ! っつーか、これも駄目ってかー?」
「一階ぐらいならともかく、特にお前ぐらいの年代の子供が窓から飛び降りる、という行為自体やらない。普通は怪我をするし、周りも驚く」
「三階って駄目?」
「二階でも却下だ。―― 見ろ、周りの反応」
言われて、素直にルーフェは周囲を見回した。
そして、未だ硬直姿勢のままの面々を見て、頷きをひとつ。
「うん、理解」
「それは何よりだ」
べしり、と腹が立つのでもう一度その焦げ茶の頭を教本で叩いておいた。
そもそも、と思う。
そもそも何でこんな状況に陥っているのだろう、と。
この子供に一般常識的なものが見事に欠如しているのだというのは、この短い期間の中でも知れた。だからこそ、アカデミーくんだりまでわざわざ常識を学びに来たのだというふざけた主張にも納得ができる。
が、しかし。
何ゆえその常識を自分がこの子供に教え込まなければならないのか。理解に苦しむというよりは、理不尽なものを覚えるので理解したくない。いっそ教養の授業ででも常識を教え込んでやってくれ、と思う。
「というか、三階から飛び降りてピンピンしてるお前の身体能力がまずあり得ないんだが」
「え、あともう一階分ぐらい高くてもいけるぜ?」
「増やすな」
「えー? オレの養い親たちもよゆーでするぜ? そんくらい」
「……そこか、非常識の元は」
知ってはいたが、再認識。
そういえば、養い親がアレなせいでアカデミーで常識を学べと放り込まれたんだったか、とレーヴは思い出す。今更だが随分とふざけた理由だ。
養い親、とルーフェは言う。
血は繋がっていないのだと、あっけらかんと笑って。
今のご時勢、それは別に珍しいことでもない。今でこそ、この国は平和だが、よその国までもがそれに倣っているわけでもない。戦は起こり、弱い者達は取り残される。戦争孤児と、そんな風に呼ばれる子供たちの数もかなりに上る。
だから、養い親、という単語自体に引っ掛かっているわけではないのだ。
問題なのは……、
「つーか、オレのやってることって、ぜーんぶあの人たちから教えて貰ったことだぜー?」
……こんな風に紡がれる非常識の大元が、養い親と呼ばれている現実なのであって。
つまり、アレだ。
四階ぐらいまでなら飛び降りても平気とかいう無茶苦茶な身体能力とか。
常識の代わりとでもいうように詰め込まれた無駄に幅広い知識だとか。
元々の本人の資質があったとしても、その資質を間違った方向へ全力で伸ばしたのがその養い親、と?
「……どういう人間だ、それは」
とりあえず、全力で関わり合いになるのを遠慮したい、そう思える人種ではある。
……既に若干手遅れだと思えるのが涙を誘う。
「えーっと……何かこー、裏ボス的な」
「……は?」
「エーリの前で半泣きの人が土下座してたり」
「待て」
「クロウがちょーイイ笑顔で人脅してたり」
「だからちょっと待て」
「そーゆー場面はけっこーよく見る」
見るな。
反射で心のうちでのみ突っ込む。声にはならない。
「で、二人ともやたらといろんなこと知ってて、この上なくつえーの」
もー、何度ぼっこぼこにされたかわかんねーぜ? と、ルーフェはついでのように朗らかに付け加えてくれた。
もうどこにどう突っ込んだものかも判らない。ついでにその養い親がどんな人間なんだかますます判らなくなった。
ちょこん、とルーフェが首を傾げる。
「多分なー、実物見ねーと、どんなっつってもわかりづれーとおもーよ?」
「……みたいだな」
はからずしも、今正にそれを実感している。そしてその実物は見たくない。とても。
一瞬でルーフェの養い親に対する興味を自分の中で切り捨てて、レーヴは踵を返した。
「あ! 待てよー、せっかく見付けて追いついたのにー!」
すぐ後ろを、ルーフェがちょこちょことついて来る。
それを肩越しに振り返って、レーヴは問い掛けた。
「そういえば、お前、僕に何の用だったんだ?」
わざわざ三階から飛び降りてくるほどだ、急ぎの何かだったのだろうかと、今更ながらに問えば。
「あ、そうそう! もう今日寮に帰るだろー?」
「ああ、そのつもりだが」
「んじゃ、一緒に帰ろーぜ。んで、メシ食おう!」
「……それだけか?」
「ちげーって。今日の夕メシさ、デザート付くじゃん、週一の。でさ、レーヴ、甘いもん嫌いじゃん?」
「……それで?」
「デザート、オレにちょーだい?」
「………………」
とりあえず、無言のまま教本で脳天を叩いておいた。
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