2



私が私として初めて目を開けたのは、国境のさかいにある小さなお城だった。


「………リリス?」



その声に、引き寄せられるように。

私はそこに存在した。



覗き込んでくる薄茶色の瞳の中で。

葡萄色の目をした女の子が瞬いた。



「リリス?」



もう一度、声がした。




その時、私は唐突に理解した。

もう、あの人に会うことはないのだと。

僕のお姫様と呼ぶ声も、あの紅の瞳に私が映ることも。

全て、私の手の中から零れ落ちてしまったのだと。



ほたほたと涙が頬を伝う。

「泣かないで、リリス」


戸惑いがちに、誰かが私を抱きしめた。

泣かないで。

その声の方こそ、悲しそうだった。


「……止めかたを、」


無意識に、唇が言葉を紡ぐ。


「……止めかたを、しらないのです…」

「うん。でも、泣かないで」



涙で滲んだ視界で、その人は確かに唇を歪めた。



「泣いたら、悲しかったこと。全部忘れちゃうよ」


悲しみで、いっぱいだった。



「僕はね、この心臓の痛みすら。ずっと持っていたいんだ」



君は?



細い指先が、そっと涙を拭った。



「愛しているのです……」


あの人の全てを、まるごと。

そう、この傷付いた心さえも。


ほろりと、また涙が落ちた。

それは、悲しみのためではなかった。


愛しているの、苦しいほどに。

どうしようも、ないほどに。



「うん。分かるよ。……心を半分あげてしまうくらい、愛してたんだね」



私はまた、葡萄色の瞳を瞬かせた。


「貴方の、名前は?」



「僕?僕は、アンリ。アンリ・ミュゼル。この城の領主の息子で、君の兄だよ」

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