亮太朗の漫画講座

 学校からの帰り、私は私服に着替えてふと自室に篭もっている兄の亮太朗(父親との相部屋)にこう尋ねた。


「そう言えば小説とかイラストとか書いてるらしいけど――将来は漫画家とかになるの? それとも小説家?」


「いや、趣味でやる予定。少なくとも現実逃避の言い訳にはしたくない」


「ふーん。私の友達にも漫画家目指している子とかいるんだけどさ――」


「厳しい言い方だけど漫画家は過酷な業界だぞ。もしも人生を漫画に逃避していたり、中途半端な心構えでやるようなら止めておくように伝えろ」


「まるで見てきたかのような物言いね」


「アニメーターの過酷な労働現場が有名みたいにそう言う話はよく聞くんでね」


「そ、そう。話戻すけど一回見て貰えないかな?」


「どうして俺なんだ?」


「兄貴って絵とかメチャクチャ上手くなってるしさ――漫画とかも上手に描けるんじゃないかと思って――」


「よく誤解する人間は多いが絵が上手いからって漫画を描けるワケじゃないぞ。どちらかって言うと歴史専攻している東大生とか社会経験積んだサラリーマンとかそれまで漫画に縁もゆかりも無かった奴が面白い漫画描けたりするんだ。画力も必要だがぶっちゃけソレは二の次だ」


「え? ええ?」


 何を言ってるのか分からなかった。

 歴史専攻している東大生?

 社会経験積んだサラリーマン?

 それがどうして面白い漫画を描けるのだろうか?


 その質問を投げ掛ける前に兄は話を続けた。


「ぶっちゃけ絵が上手いだけの漫画家志望は全国に沢山いる。そこから更に漫画を描ける人間になると更に絞られる。そして面白い漫画を描けるかで更に絞られ、そして過酷な連載に挑むとなると今度は単純に面白い漫画を描く以外のスキルが求められ、さらに振るい落とされるんだ――」


「へ、へえ・・・・・・言われて見ると凄い過酷な業界なのね」


 ちょっと兄が恐いんですけど。

 とても一年前まで下手な絵を描いてた奴とは思えない。


「ああ。過酷だよ。だから間違っても「頑張ればプロの漫画家になれる」なんて言えない。現実も相応に見なくてはな」


 一年前は現実から目を背けてた奴の台詞とは思えないがとても強い実感が籠もっていた。

 

 何故かそう感じた。 


 何故だろう。


「それでもプロの漫画家を目指したいなら尚更勉強とか学校生活を頑張った方がいい。それと流行とか一般常識とか色々と敏感にならないといけない。イラストも好きな絵を描いてるばかりじゃなくて、色んな物を描けるようになる必要がある」


「く、詳しいんだね――」


「少し考えれば分かる事だよ」


 自慢げに言うのではなく、ただ淡々と現実を突き付けるように兄は言った。

 

「その、さっき――東大生とかサラリーマンの方が面白い漫画を描けるってのはどう言う事なの?」

 

 話題を変えるようにそう尋ねると「ああ? その話か」と返して話をしてくれた。

 まるで漫画の授業を聞いてるみたいだ。


「例えばヒーロー好きな作品を好きな漫画家志望が、ヒーロー漫画を描こうとする。どうなると思う?」


「それは――面白いヒーロー漫画になるんじゃない?」


「それは仮面●イダーやスー●ー戦隊、ウル●ラマン、もしくはアメコミのス●イダーマンやバッ●マンよりも面白い作品かい?」


「ちょっと待て、分からないわよそんな事。そもそも比較対象がおかしいじゃない」


「だがどうしても比較されるんだよ。セーラー●ーンとドラゴン●ールが比較される時代もあったんだ。他のジャンルでもそうだ。間違いなく比較される。宿命と言って良い。バスケ漫画とか描いたら間違いなくスラ●ダンクと比較するだろう? つまりそう言う事だ」


 確かにスラ●ダンクとの比較は分かり易い。

  

「それでもどうしてもそのジャンルの作品を描きたいのなら視点とか切り口を変えてみるんだ」


「視点?」


「一番手っ取り早いのは主人公を変えるんだ。バスケ漫画に例えるなら主人公を選手ではなく監督とかマネージャーとかにするんだ」


「それで漫画成り立つの?」


「そこが漫画家の腕の見せ所になるのさ。とにかく読者と言うのは目新しい要素に弱い。そして面白い話を成り立たせるためにはどうしても幅広い知識が必要なんだ。バスケ漫画の場合はバスケの知識とかは勿論大会とか練習方法、医学の知識とかも必要になってくるだろうね。もっともこう言うのは程々にしないと作品が描けなくなるから程々で止めとくのが肝心だ」


「うーん、よく分かんないけどバスケでマネージャーとか顧問とかを主役にしたらどう言う風な話にするの?」


「まずバスケの顧問が主役の場合、そのバスケの顧問は有名なバスケ選手だったと言う設定にしておく」


「思ったより具体的に面白そうな設定が出たわね」


「これでも漫画家志望だったからね。これぐらいは考えつく。そして赴任したバスケ部は廃部寸前かそう言う設定にしてそれを建て直す為に顧問が奔走すると言う話しにする」


「新鮮に聞こえるけどなんか聞いた事があるような――」


「今の時代、何もかも完全なオリジナルの作品を作るのは不可能だ。これはもう仕方ない」


「そう――それで次はどうするの?」


「この後の展開は正直難しい。正解は無いが、部活動を再開は出来たが練習試合でとてつもない挫折とかを味わったりし、生徒一丸となって猛合宿するのが黄金パターンだけど今回はこれは使えない」


「え? 普通に面白そうなんだけど」


「主役が生徒じゃなくて監督だからさ。この展開やると、余程漫画家の実力がなければ劣化スラ●ダンク呼ばわりされる。同じジャンルである以上、どうしても作品の展開とか似かよるのは仕方ないけどそう言う批判をある程度避ける努力をするのも創作者に必要な資質なんだ」


「確かに言われて見ればそんな気がするわね」


 漫画作るのも色々と大変なんだなぁと思った。


「だからバスケを通じて生徒や学園の問題を解決していく学園ドラマ風な物語にするんだ。そうすれば少なくとも劣化スラムダンク呼ばわりされるのは避けられるし面白い新鮮な物語が誕生出来る筈・・・・・・」


「筈ってなによ」


「最後はやはり構成力とか画力とか腕次第なところがあるからね。後は運だ。これはどうしようもない。中身で勝負とか言っても表紙だけ見てパラパラめくられて「この漫画スグに終わりそうだな」とか思われてそのまま放置される週刊誌の漫画なんて沢山あるからね」


「た、確かに経験あるわね・・・・・・どうしてああ言う漫画掲載するのかしら?」


 今思うと本当に謎だわ。

 

「編集部サイドも馬鹿じゃ無い。何が当たるか分からないからね。それにそう言う面白く無い漫画を連載している漫画家だって漫画作りのプロの意見を取り入れてヒットする望みを賭けて連載しているんだ」


「だからって普通掲載する前に面白いかどうかぐらいは分かるでしょう?」


「作り手側になってしまうと、感覚が読者と乖離してしまうからね。職業病って奴だ。だから色々と試しているのさ。それにどうしても漫画のラインナップが同じのが続くと飽きられてしまう。読者は常に新しい物を求めてしまうサガだしね。だから編集部は博打を打ってまでスグに終わるダメな連載漫画を始めたりしてしまうのさ」


「なんか分かったような分からないような・・・・・・ともかく漫画の世界はとても厳しい世界だってのは分かったわ」


「うん。漫画だけで食っていけるのは本当に一握りだからね。この話をして悩むぐらいなら真面目に勉強しておいた方がいいよ」


「そうまで伝える度胸はないわ・・・・・・」


 兄と違って私は友達を大切に思ってる。

 そんな厳しい事は言える度胸はない。

 どうすればいいのか悩んでしまう。


 そう悩んでいるとふとあることに気付く。


「そう言えば東大生とかサラリーマンの方が面白い漫画を描けるって言う説明してないじゃない」


「そうだったね。つい熱くなったごめんね――学生の頃から夢中になって漫画とか絵を描いていると人達と比べてと歴史専攻している東大生とかサラリーマンはにかく知識の幅とか視野とか発想、人生経験の質とかが違うんだ。だから漫画家になるために偏った人生を歩んで来た人間より面白い作品が産まれるケースが多々あるんだ。それに人生観も漫画に逃げてるような人間と違うからその辺も強味だ」


「それ本当なの? そう言う知識どこで拾ってくるんだ?」


「漫画の実話話みたいな本とかでさ。後は経験則さ」


 そう言う本あるんだ・・・・・・てか経験則ってなによ。

 言っちゃ悪いけど私と年齢一つしか違わない上に一年前まで絵、メチャクチャ下手だったじゃない。

 

「まあ、ともかく長々話込んだけど漫画見て貰っていい?」


「ああ。取り合えず友達の縁が切れない範囲で優しく評価すればいいんだな」


「う、うん」


 ちょっと不安だけど承諾してくれたようだ。


 漫画は後日持って来るようにいって一人考え込んだ。


 やはり兄は別人のように変わったが、変わってない部分――オタクな部分は残っていた。


 嬉しいような悲しいようなちょっと複雑な気分だ。

 

 お母さんはこの話を立ち聞きしていたのか兄の堅実な物の見方に感心していた様子だった。

 

 兄は今通信教育を受けているがちゃんと勉強と趣味を両立目指して頑張っている。

 将来も真面目に考えているのは親としても嬉しいのだろう。


 母の日とかにはちゃんと送り物とかするし、両親の誕生日の時に自作の小説を送ったらしいけど一体どんな内容だったのだろうか。

 

 以前のダメ兄貴を知っている身としては両親に姉ともども「ちゃんと亮太朗見習いなさいよ?」と言われた時はちょっとショックだった。

  

 ・・・・・・私も頑張ろう。

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