赤い薬で復元半減か、青い薬で喪失倍加か

ちびまるフォイ

髪の毛に使ったらどうなるのか……

「それじゃ、行ってくるね……」


「いやそれ普通だから」

「え」


「私は家で家事やってるでしょ。土日も休まずに。

 なのに、あんたは私に感謝したことある? ないでしょ。

 平日仕事だけしているだけなのに、行ってくるなんて偉そうに言わないで」


「ご、ごめん……」


「なんで謝るわけ? さっさと終わらせたいと思ってるからでしょ。

 私に対しての感謝も言う前に自分の保身?

 はっ。これだから万年サラリーマンは嫌なのよ。なんで結婚したんだろ」


「感謝してるよ。君がいなければ家は汚くなってるし、食事だって……。

 だから、もういいかな。仕事に遅れちゃうんだよ」


「言葉だけで伝わると思ってる? ありえない。

 そういう感謝は毎日してこそ言葉に重みがあるのよ。

 思い出したように行ったところで意味ないわ」


「ごめん……」

「また謝った!!」


妻の機嫌が悪かったこともあり、完全遅刻の時間帯に家を出た。

電車を待つ間も、妻に言われた嫌味とこれから言われる会社での罵倒。


両方に思いをはさせては凹んだ。


「はぁ……なにが楽しくて生きてるんだろ……」


電車が来る直前に一歩踏み出したのは無意識だった。

けれど、体はとっさに防衛反応が働いたのかすぐにきびすを返した。


猛スピードで滑り込んでくる電車に強い衝撃を覚えたときには、

片腕のヒジから先が吹っ飛んでいた。


※ ※ ※


「先生、俺の腕はどうなるんでしょう」


「……非常に良くないですね。電車でちぎり飛ばされたので、

 義手を装着しようにも切断面がズタズタすぎて無理です」


「そうですか」

「手がないわけでもないです」


医者は2種類の、赤と青の薬を出した。


「赤い薬は、あなたの腕を復元する代わりに、もう片方の腕の機能を半減させます。

 青い薬は、あなたの腕を死なせる代わりに、もう片方の腕の機能を倍加させます」


「俺にどちらか選べというんですか」

「ま、たいてい赤い方を選びますけどね。あなたはどうしますか?」


「……あ」


「青い方の薬で」


医者は驚いていたが、それが意思ならと青い薬を処方した。

薬を使うと失った片腕は完全に機能を失い、ぼとりと落ちた。


そのかわりに、片腕の可動域がぐんと広くなり、握力から文字の美しさまで

すべての機能が2倍に向上した。


「おい、おっさん、金貸してくれよ。金。

 恵まれない未成年に愛の募金をおねがしゃ~~す」


「ふふふ……お前、俺が片腕しかないと思って、勝てると思ってるだろ」


油断している不良に片腕のアッパーがあごを捉えた。

不良は上に2メートルほど吹っ飛んで倒れると、四つん這いになって逃げていった。


「ハハハ!! こちとら2倍の腕力なんだよ! ばーか!!」


片腕だけなら少しでも優しくされるかもと思って青い薬を選んだが、

今ではむしろこちらを選んだほうが良かったと確信している。


"戻したくなったときにでも使ってください"


と、医者からは赤い薬ももらったが、正直使う気にならない。


「この青い薬……他の部位に使ったらどうなるんだろう」


片目を大きく開けると、目薬のように青い薬を固めに入れた。

瞬時に片目が機能を失い、残された片方の目の視力が上がった。


「すごい! こんな世界みたことない!!」


世界は色鮮やかになり、まるでフルハイビジョン。

片目を失ったことで死角は増えたが、見える景色は断然良くなった。


その驚異的な視力の先で捉えたのは、ひとつの看板だった。


「脳外科……!」


それを見て悪魔的な考えが頭をよぎり、もうそれしか考えられなくなった。


「本当にいいんですね? 脳にこの青い薬を入れろと」


「はい。ただし半分にだけ入れてください。半分だけ残すように」


「変わった患者さんだなぁ……」


脳外科医は患者に言われるがままに青い薬を使った。

みるみる変色していく脳を見て青ざめた。


「ちょ、ちょっと!? なんですか!? 何してるんですか!?」


「これでいいんですよ! 半分壊すだけです!」


手術後、自分の変化を確かめるために、海外の有名大学のテストを取り寄せた。

問題をみるなりすぐに自分の頭の中に解き方の設計図が浮かんでいく。


「おお、おおお! 解ける! 解けるぞ!!」


大学を中退したような自分が海外の有名大学の問題を解けるなんて思わなかった。

IQテストをやってみるとすでに一般人を超えていた。効果てきめん。


そのかわり、片方の脳が失われたので感情的な部分はぐっとなくなった。

でもたいした問題ではない。


「ただいま」

「おかえりなさい」


家に帰ると嫌に親切な妻が待っていた。


「ちょっと話があるの」

「話?」


「実は昨日、ポストにあなたへの手紙が届いていてね。

 海外の研究チームにあなたをスカウトしたいって話だったのよ」


「ああ……そういえば採点をするために、解答用紙送ったんだっけ」


「あなたすごいじゃない。研究チームなんて優秀中の優秀よ。

 きっと給料も今の2倍、いいえ3倍以上になるはずよ」


「それで、どうしてその話を?」


「あんなに冴えないサラリーマンだったあなたがこんな劇的に変わるなんて変でしょ?

 だから、あなたがいない間に部屋を漁ったらこんなのが見つかったの」


妻はテーブルに青と赤の薬を並べた。


「調べたら、この青い薬は片方を失い、残った片方を2倍にする。

 最近あなたが目や脳を失ったのもこの薬の影響なんでしょう?

 それで最近のあなたは劇的にすごくなったんでしょ?」


「何が言いたいんだ……?」


「これ、あなたの半身そのものに使ったら、

 残った半分のあなたはどれだけ素晴らしい人間になるのかしら」


「待て! 全身に青い薬を使う気か!? そんなこと……」


「大丈夫。あなたが一生車椅子でも寝たきりでも、

 あなたが金のなる木であるかぎり、私はあなたを献身的に支え続けるわ!!」


「や、やめろぉぉーー!!」



 ・

 ・

 ・



数週間後、かつての会社で中の良かった後輩が家に遊びに来た。


「いらっしゃい。くつろいでいってね」


妻は後輩に愛想よく接した。


「先輩、海外の研究チームの一人として働くなんてすごいっすよ。

 最近家を改築して倉庫を作ったのも、そのお金なんすよね?」


「ふふ、まあね。必要だったから」


「見せてもらっていいすか? その倉庫」

「ダメダメ。倉庫で散らかっているから、見せられるものはないよ」


後輩は周りをキョロキョロと見回し、部屋に妻がいないことを確認する。


「で、先輩。奥さんのあの良妻賢母ぶりはなんすか? びっくりしましたよ」


「どうしたんだよ急に」


「以前に先輩から聞かされていた話じゃヒステリック鬼嫁だったのに、

 いざ来てみればめちゃめちゃいい奥さんじゃないすか。

 僕が来ているから猫かぶってるんすか?」


「ふふ、妻はいつもあんな感じだよ。変わったんだ」


「実は……最近、僕の奥さんもかつての先輩の話みたいになってて……。

 どうやって奥さんとこんないい関係になれたんですか?」


「これさ」


赤い薬を後輩に見せた。


「なんですか、これ」


「これは使った部分を復元し、もともとの機能を半分にさせる。

 この薬を使って妻の機能を半分にしたんだ。

 口うるささも半分になったから、夫婦関係が良くなったんだよ」


「へぇーー! 先輩すごいっすね! これもらっていいすか!」


「ああ、もう俺には必要ないからね」


後輩は嬉しそうに赤い薬をカバンに入れた。

そして、立ち去る瞬間にふと気になってしまった。


「先輩、ちょっといいすか」

「なんだい?」


「この薬使うと、復元……つまりコピーを作るんすよね」

「そうだな」




「奥さんに使ったのなら……もう片方の奥さんはどこにいるんですか……?」




「お前も倉庫が必要になるよ」

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