第37話 月の綺麗な夜だから
漆黒の空を、二頭のドラゴンがゆったりと舞う。アレンの目には、その背にまたがる乗り手の姿までは見えなかったが、その飛び方には覚えがあった。
祭りの晩にトラヴィスの住民を熱狂させた、優美で息の合った飛行。あれは第七師団の団長とその副官以外の何人にも真似できまい。
アレンとシグルトが見上げる先、二頭のドラゴンの背からぱっと青白い光が舞った。
光の正体はすぐにわかった。祭りの晩でドラゴンの身にはたかれていた夜光蛾の鱗粉だ。はかない光の粒は、いま無数の星となり、ちらちらとまたたきながら地上に降りそそぐ。
「……死んだひとの送り方ってさ、けっこういろいろなんだってな」
つぶやくように、アレンは語りだした。かつて国境の街で、次兄とともに耳にした話を。
「遺体を土に埋めるだけじゃなくてさ、船に乗せて海に流したり、洞窟の中に寝かせたり、あと鳥に食わせたりするところなんかもあるんだって」
それは蛮族の風習じゃないかと口走ったアレンを、フランシスはやんわりたしなめたものだ。おまえの目に見えるものだけが、この世界のすべてじゃないさ、と。
「それで、これはフラン
大切な人だから、大事に見送りたい。きちんと別れを告げたい。いままでありがとう。どうか安らかに、と。
暗い山野に光が舞う。さやかに美しく、物悲しいようで、どこか温かい。さながら声なき鎮魂歌のごとき光は、きっと砦で待つ人々の目にもとどいていることだろう。死者への手向けの花にも似た、白い炎とともに。
光をまき終えて去っていくドラゴンに手をふりながら、アレンは「だからさ」とシグルトを見た。
「あんたのやってくれたこと、間違ってないと思うぜ」
この男にしかできないやり方で死者を送ってくれたことに、アレンはただ感謝を伝えた。
「ありがとな」
悪くない。ふと、アレンは思った。
いずれ自分が終わりを迎えるとしても、もがいて、あがいて、それでも力及ばず地に倒れ伏すときが来るとしても、こんなふうに送ってもらえるなら、そう悪くはない、と。
「……ガキが、えらそうに」
シグルトはアレンから目をそらし、いまいましげにつぶやいた。
「
「それもそうなんだよなあ」
アレンは苦い笑みをもらして左腕に目をおとし、あることに気づいてまばたきをした。
「……なあ、おっさん、なんか変だぜ」
「てめえの頭がか」
「あんたほどじゃねえよ。そうじゃなくて、ほら」
アレンはシグルトに左腕をつきだした。
「これさ、あの夜も着てたんだけど、穴があいてないんだ」
祭りの晩に、亡者に噛みつかれたはずの服の袖。だが、そこには小さな破れ目ひとつ見あたらなかった。
「あれって直接歯を立てられなくてもこうなっちまうもんなのか?」
返事はなかった。
「おっさん?」
「……この」
シグルトはやおら立ち上がるとアレンの背中を蹴飛ばした。
「馬鹿ガキが! なんでそれを早く言わねえんだよ!」
「ふざけんなクソジジイ!」
アレンはすばやく身を起こし、シグルトの鳩尾に拳をたたきこんだ。にわかに勃発した殴り合いに、それまで「月が綺麗ですね、お嬢さん」「え、月出てます?」的なやりとりをしていたジークとデイジーが、心配そうにそれぞれの主を見る。
「……話はあとだ」
腹をかばい、うめくように魔術師が停戦を申し入れた。
「さっさと行くぞ」
「はあ? 行くってどこに」
シグルトはデイジーの背によじのぼり、短く告げた。
「アングレーシアだ」
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