失踪

「昨日? ああ、ちゃんと終わって、何事もなく帰っていったよ」


 大きな荷物が山積みになっている倉庫の前で、おじさんが答える。


「そうですか……。ありがとうございました」


 お礼を言って、マークたちはその場を離れた。

 昨日の午後、フェリシアは倉庫内の片付け仕事を担当していた。普通は男がする力仕事なのだが、フェリシアにとって、荷物の大きさや重さは関係ない。肉体労働の現場にフェリシアが派遣されることは珍しくなかった。


「ここから会社までだと、歩いて一時間近くは掛かるな」

「でも、フェリシアさんなら歩くと思います。乗合馬車は苦手だって言ってましたから」


 マークの声にリリアが答える。

 フェリシアに限らず、社員たちはなるべく乗合馬車を利用しないようにしていた。用もないのに乗ってくる客が多くて、ほかの客に迷惑を掛けてしまうからだ。


「歩いて戻るなら、道は二通り」


 見上げるシンシアに頷いて、マークが言った。


「よし、二手に分かれよう。リリアとシンシアは北寄りの道を頼む。情報があってもなくても、一度は会社に戻ってくれ」

「分かりました」


 頷いて、二人は足早に歩き出した。マークもまた、別の道へと向かう。


「フェリシア……」


 いつもは冷静なマークが、今回ばかりは焦りの表情を浮かべていた。


 昨夜、フェリシアは事務所に戻らなかった。

 普通の女性なら、事件や事故に巻き込まれた可能性を考えるのだが、フェリシアに限ってそれはない。

 衛兵に届け出ることも考えたが、大ごとにしない方がいいということで、社員たちの意見は一致した。


「とにかく待ってみよう」


 マークの言葉に全員が頷く。

 だが、結局朝まで待ってもフェリシアは戻ってこなかった。

 軽い朝食を済ませた後、みんなは手分けをしてフェリシアを探し始める。

 マークとリリアとシンシアは昨日の仕事場へ。ミナセとヒューリは思い当たる場所へ。ミアは、宿屋の部屋を見に行った。


 フェリシアはどこにいても目立つ。その足取りを辿るのは難しくないだろうとみんなは考えていた。

 その予想は、半分は当たり、半分は外れた。


「フェリシアさんは、仕事場から宿屋に向かったようです」


 会社に戻ったリリアとシンシアが、マークに報告する。


「宿屋の部屋は空っぽでした。女将さんには、しばらく遠出するって言ったみたいです」


 ミアが続く。


「宿屋の近くから、南に向かう姿を見たという人が何人かいました」

「フェリシアは、南の河原に向かったんだと思います。暗くなってから、あの辺りに近付く人はほとんどいません。フェリシアの情報も、河原の近くで途絶えてしまいました」


 ミナセとヒューリが聞き込みの結果を伝えた。


「南の河原か」


 腕を組んで、マークが考える。


「よし、河原に行ってみよう。リリアとヒューリはここで待機だ。ほかのみんなは、俺と一緒に来てくれ」

「はい!」


 休む間もなく、みんなはまた動き出した。


「もしフェリシアが戻ったら、すぐに知らせてくれ」

「了解です」

「お気を付けて」


 答えるヒューリと、祈るように両手を組むリリアを残して、みんなは河原へと向かった。



 アルミナの町の東西と北には防壁があるが、南にはない。町の南を西から東へと流れる大河が、アルミナの防壁になっていた。

 その川の土手に立って、みんなが辺りを見渡す。


「やっぱりいませんね」


 ミアが肩を落とした。

 釣りをする人や散歩をする人がちらほら見えるが、フェリシアの姿はない。おそらく、ここで聞き込みをしても成果はないだろう。

 ならば。


「シンシア、探してくれ」

「分かった」


 マークに言われて、シンシアが目を閉じる。強く強くその姿をイメージをする。

 そして、シンシアが大きな声を上げた。


「お願い!」


 すでにシンシアは、声に出さなくても”お願い”ができるようになっている。それでもシンシアは、声に出して言った。その声には、シンシアの想いが詰まっていた。

 シンシアが、精霊の声に耳を澄ます。

 ほかのみんなが、固唾を呑んでそれを見守る。


 やがて、シンシアが目を開けた。

 その目が、右でも左でもなく、空を見上げた。


「フライを使ったのか」


 ミナセに頷いて、シンシアが言った。


「行ってくる」


 シンシアの体が浮かんだ。お願いなしでフライを発動し、そのまま上昇を始める。


「頼んだぞ」


 空中の追跡は、シンシアに任せるしかない。

 みんなの想いを背負って、シンシアは空へと向かっていった。

 ところが。


「迷っているのか?」


 上を見上げたままミナセがつぶやいた。

 かなりの高さまで上昇したシンシアは、最初南に向かった。ところが、途中で止まって集中したかと思うと、今度は東に動き始めた。かと思えば、今度は西に戻り、続いて北に向きを変える。

 上空を行ったり来たりしていたシンシアは、結局最初の位置、みんなの頭上に戻ってきて、そこから動かなくなってしまった。


「ミア。精霊を欺くことって、できると思うか?」


 上を向いたままマークが聞く。


「普通は無理だと思います。でも、フェリシアさんならできるかもしれません」


 やはり上を向いたままで、ミアが答える。


「たとえば、ある範囲の中で、同じ人があっちこっちにめちゃくちゃに移動した場合、それぞれの精霊が教えてくれる方向は、バラバラになっちゃうんだと思います。その人が最後にどっちに行ったかなんて、精霊は気にしていないと思いますので」


 精霊には、意思と呼べるものがない。それは、あのザナンも言っていた。そして、シンシアやフェリシアの研究でもそう結論付けられていた。

 そうだとするなら、精霊が特定の人物の動きを追い掛けたり、ましてやそれを細かく記憶することなどしないだろう。


「フェリシアさんくらいフライを自在に操れれば、相当な範囲で動き回れるはずです。最後の最後に向かった方向を知るのは難しいような気がします」


 ミアにいつもの呑気な様子はない。

 真剣に説明をするその顔は、悲しげだった。


 上空で、シンシアがまた動き出した。しかし、その飛び方はとても頼りない。迷っているのは明らかだった。

 シンシアは粘っていた。だが、魔力にも気力にも限界はある。三十分近く空にいたシンシアが、とうとう地上に降りてきた。


「ごめんなさい」


 ぺたんと地面に座り込んで、シンシアが言う。


「フェリシアが、空にいたのは間違いない。でも、どっちに行ったのか、全然分からなかった」


 その目から涙が溢れ出す。


「私、役に立てなかった。ごめんなさい……」


 謝り続けるシンシアを、ミナセが抱き締める。


「大丈夫。シンシアはよくやってくれた」


 ミナセに言われても、シンシアの涙は止まらない。

 抱き合う二人をじっと見ていたミアが、南を向く。そして、大きな声で叫んだ。


「フェリシアさーん! 帰ってきてくださいよー!」


 想いを載せたその声は、キラキラ輝く水面に虚しく吸い込まれていった。

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