幕間-空の向こう-

空の向こう

「これが、お兄様のご遺灰です」


 フェリシアから小さな袋を受け取ると、ダナンは深く頭を下げた。


「本当に、ありがとうございました」


 頭を下げ続けるダナンを、クレアが心配そうに見上げる。

 それに気付いて、ようやくダナンが顔を上げた。


「大丈夫だよ」


 ダナンがクレアに笑ってみせる。そしてフェリシアを見た。


「兄を土に還してやりたいと思います。よろしければ、手伝っていただけないでしょうか」

「分かりました」


 頷くフェリシアに、ダナンが嬉しそうに微笑んだ。


 家の裏手に穴を掘って、ザナンの遺灰を納めていく。

 三分の一をダナンが。

 三分の一をクレアが。

 残りの遺灰は、フェリシアが納めた。


 土を被せ、墓標のかわりに小さな石を載せて、みんなは手を合わせる。


「ありがとうございました。兄も喜んでいると思います」


 フェリシアにまた深く頭を下げて、ダナンが言った。


「いえ……。では、私はこれで」


 小さく微笑んで、フェリシアも頭を下げる。

 そしてフェリシアは、クレアに手を振りながら、マークたちとの合流地点、エルドアの北西に向かって飛び立っていった。


 小さくなっていくその姿を見つめて、ダナンがつぶやく。


「あの人たちをここに寄越したのは、君なのか?」


 話し掛けられたと思って、クレアがダナンを見上げた。

 しかし、ダナンはクレアを見ていない。


「きっとそうなんだろね。もし君が生きていたら、兄さんを止めることもせず、こんな場所でコソコソ生きている僕を叱り付けていただろうから」


 自嘲気味にダナンが笑う。


「だけど、本当に驚いたよ。あまりにも似ていたから、君も不死の体を手に入れたのかと思ったくらいだ」


 そこまで話して、ダナンは隣を見た。クレアが、ダナンの袖をそっと引っ張っている。


「あ、ごめん。何でもないんだ」


 クレアの頭を撫でて、ダナンが笑う。


「僕は、このあと村に行く。木こりのおじいさんのケガの様子が気になるからね」

「私も一緒に行く!」


 笑うクレアの頭をもう一度撫で、小さなその手をとって、ダナンは村へと歩き出した。

 今日はいい天気だ。見上げれば、きれいな青空が広がっている。


 君は、きっと大変な思いをしたんだろうね


 懐かしい笑顔をダナンは思い出す。


 だけど、君の血を引くあの人は、とても幸せそうだったよ


 澄み渡る空。その向こうで、誰かが笑ったような気がした。

 目を見開き、そして、ダナンも微笑む。


 僕には幸せになる資格なんてないけれど、クレアを守るって決めたから、もうしばらくはこっちにいることにするよ


 美しいその人に話し掛ける。


 だけど、いつかその時が来たら、僕も必ずそっちに行く

 そうしたら、兄さんと三人でまた話がしたいな


 ダナンが空へと手を伸ばす。


 そんなこと言ったら、君は怒るかな

 それとも、笑って許してくれるかな


 空に向かってダナンが言った。


「君も、僕たちに会いたいって、思ってくれているのかな」


 何十年も口にしなかったその人の名を、小さな声で、ダナンが呼んだ。


「ねぇ、フェリシア」


 ふと、ダナンの頬を撫でるように、不思議な風が吹き抜けていく。


 あなたのことも、ザナンのことも、私は大好きよ


 ダナンが笑った。

 クレアの手を握りながら、泣きそうな顔で、ダナンは笑っていた。



 空の向こう 了

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