意識の同調
マークの指示で、みんなは廃屋の中に移動した。四方から丸見えの屋外よりも、建物の中にいる方が魔物に見付かる可能性は断然低い。
薄暗い家の中で、フェリシアが言った。
「ミアの役割は、魔力の供給よ。魔力が吸い取られるような感覚になると思うけれど、それを恐れず、私にすべてを委ねてほしいの」
「分かりました」
ミアが頷く。
「難しいのは、シンシアの役割ね」
シンシアが、堅い表情でフェリシアを見る。
「精霊使いが、他人の魔法の発動を助けることはできない。私の知識ではそうだった。でも、あの兄弟と”彼女”は、それを可能にする方法を見付けていた」
フェリシアが、改めてノートを開く。
「精霊使いが、発動する人間と意識を合わせる。つまり、魔力の同調と同じように、意識を同調させることでそれが可能になる。ノートにはそう書いてあるわ」
とあるページを指で示しながら、フェリシアは説明を続けた。
「そこで、ミナセの登場よ」
フェリシアが、ミナセを見る。
「ミナセは、他人の意識を捉えることができるでしょう?」
「まあ、そうだな」
究極の奥義、明鏡止水。相手の意識を捉え、それを支配する技。
たしかにミナセは、相手の意識を捉えることができた。
「でね、それに近いことを、シンシアと私の間でする必要があるのよ」
「簡単に言ってくれるな」
苦笑いでミナセが言う。
「簡単じゃないと、私も思ってるわ。ミナセがもの凄く努力していたのは、私も見ているしね」
フェリシアが微笑む。
「でも、それができないと魔法は発動できない。発動できなければ、私たちが死ぬだけじゃなくて、魔物がこの国に溢れることになる。たくさんの人が死ぬことになるわ」
ミナセの顔が引き締まった。
「意識を捉えるとか支配するとか、そういう高度なことはいらない。シンシアと私との境界が曖昧になるとか、シンシアが私になっちゃったと勘違いする、みたいな感じで構わないと思うの」
何とも不明瞭な要望だ。
じっとフェリシアを見ていたミナセは、しかし、強く頷いた。
「分かった、やってみよう」
それを聞いて、シンシアが驚く。
「私に、できるの?」
心配そうなシンシアの肩を、ミナセが掴む。
「父から奥義を教わった時に、私がやっていた修行がある。それを応用すればできる」
ミナセははっきりと言い切った。
「分かった」
シンシアも、力強く頷いた。
それを見て、再びフェリシアが話し出す。
「この魔法は、もの凄く大きな現象を引き起こすわ。それに私たちが巻き込まれないようにする必要があるの」
その顔は真剣だ。
「だから、現象を正確にイメージすることがとても重要。私はそれに集中するから、シンシアの手助けはできない。シンシアを導くのは、ミナセに任せるわ」
「了解だ」
ミナセが頷く。
「じゃあ、早速始めるわよ」
フェリシアの右手が、ミアの左手を握った。
「シンシアは、フェリシアと向かい合うように立ってくれ」
ミナセに言われて、シンシアが場所を移動する。
フェリシアの正面にシンシアが立った。その後ろにミナセが立ち、両手をシンシアの肩に置く。
「シンシアは、私の声に集中するんだ。そして、私の言う通りにしてほしい」
「分かった」
シンシアが頷く。
四人が集中を始める。
四人を見つめながら、マークが、じっと何かを考えていた。
風に乗って聞こえてきた。
人でも動物でもない声。
生まれたばかりの、魔物たちの声。
最初は南から。やがては西からも。それが北へと広がって、最後は東へ。
異様な声が、崩れた壁の隙間から否応なしに入り込んでくる。
「さすがに、ちょっと落ち着かないですね」
「まあな」
不安そうなリリアに頷いて、ヒューリが四人を見た。
フェリシアとミアは、すでに魔力の同調を終えて次の段階に入っていた。ミアはフェリシアにすべてを委ね、フェリシアは、目を閉じてイメージを描くことに専念している。
フェリシアの目の前では、シンシアとミナセが別の準備に入っていた。
「フェリシアの顔をじっと見るんだ」
シンシアの肩に手を置いて、ミナセがささやくように指示をする。
小さく頷き、シンシアがフェリシアを見上げる。
「力を入れないように。私に体を預けていいから、楽にして」
シンシアがゆっくりと息を吐き、そして力を抜いていく。
「視覚以外の感覚がすべてなくなってしまうくらい、フェリシアに集中するんだ」
ミナセに導かれながら、シンシアは、意識の同調という難しい作業に挑戦していた。
四人の様子を見ていたヒューリが、ふとマークを見る。
「社長?」
マークは、目を閉じていた。
眉間にしわを寄せるとか、拳を握るとか、そういうことはない。あくまで自然に、どこまでに静かにマークは立っている。
それなのに、なぜだかヒューリはマークから目が離せなくなってしまった。
何かがマークに起きていた。
何かがマークの体を満たしていくのを感じた。
「何だ?」
それは魔力ではない。
それは、おそらく霊力でもない。なぜなら、ヒューリに感じることができているのだから。
ミアの魔力が高まっていく。
フェリシアの顔が険しくなっていく。
ミナセがシンシアを導いていく。
シンシアの意識が溶けていく。
四人のすぐそばで、マークの気配が徐々に強くなっていった。
突然。
「来ます!」
リリアが鋭く叫んだ。
我に返ったヒューリが、四人に聞いた。
「準備は?」
「まだだ」
「まだよ」
ミナセとフェリシアが即座に答える。
それを聞いて、ヒューリが動いた。
「私が行く。四人の準備ができたら、リリアは合図をしてくれ」
「はい!」
固い表情のリリアの肩を、笑いながらヒューリが叩く。そして、ヒューリが双剣を抜いた。同時に、その体が魔力で満たされていく。
身体強化魔法を無詠唱で発動させて、ヒューリは廃屋を飛び出した。
ザナンが、魔物に”人間を探せ”と命じているのなら、すべての魔物が一斉にやってくることはないだろう。実際、視界の中にいる魔物の数はまだ少ない。
それでも、いずれ魔物はやってくる。時間が経てば経つほどその数は増えていくはずだ。
社員のうち四人が動けないこの状況で、魔物に囲まれたら打つ手はない。
近付く群を素早く片付けて、素早く身を隠す。できる限りそれを繰り返すしかなかった。
「うおぉぉっ!」
ヒューリが魔物に向かっていく。
魔物がヒューリに気付いた。ダイアウルフが三体に、ウルフが十数体。
「速攻で全滅!」
ヒューリが加速する。
双剣が煌めく。
キャウン!
短い悲鳴と共に、ウルフの群が全滅した。
即座にヒューリが岩影に身を潜める。
「さて、次は……」
鍛え抜かれた感覚を研ぎ澄まして、ヒューリは魔物の気配を探っていた。
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