第六階梯

「最高難易度と言われる第五階梯の、その上。第六階梯魔法のことだと思います」

「第六階梯?」


 聞き返すマークに続いて、ヒューリの声がした。


「そんな魔法、存在するのか?」


 ミアに支えられながら、ヒューリが立ち上がる。


「魔法の教科書には載っていないわ。ごく一部の研究者がその可能性を示しているくらいの、まともな仮説すら存在しない魔法よ」


 気持ちが落ち着いたのか、いつもの声でフェリシアが答えた。


「発動手順も呪文も、起きる現象さえもはっきりしないっていう、とっても曖昧な魔法なのだけれど」


 話しながら、フェリシアがマジックポーチに手を入れる。そこから、あのノートを取り出した。


「このノートには、それが書いてあったの。発動手順も呪文も、発動後に予想される現象もね」

「そうなんですか!?」


 ミアが驚きの声を上げた。

 フェリシアの隣で毎晩そのノートを見ていたはずなのだが、まるで気付いていなかった。


「そうなの。でもね、その魔法の発動には、膨大な魔力が必要だった。それは、間違いなく人間には不可能な量だった。だから、あの兄弟は一つの可能性を模索した」

「可能性?」

「そうよ」


 ミナセの声に、フェリシアが答える。


「ダナンさんが言っていた女性、ノートには”彼女”って書いてあるけれど、その人とあの兄弟の魔力を同調させて、一つの魔力のように扱う。さらに、それを精霊使いが補助することで魔力の使用効率を高める。それに成功すれば、発動は可能だろうって書いてあるわ」


 説明しながら、フェリシアがノートをめくっていく。

 その手が、あるページで止まった。


「だけど、あと一歩というところで”彼女”はいなくなってしまった。だから、この研究も打ち切りになった。それでも、兄弟はこの魔法が発動可能だと信じていたのでしょうね。ほかの研究課題と比べても、この魔法に関する記述は特別丁寧に書かれていたわ」


 切なさの滲むそのページを、フェリシアが指でなぞった。


「その魔法、フェリシアなら発動できるのか?」


 マークが聞いた。


「不可能ではないと思います」


 少し考えてから、フェリシアが答えた。


「膨大な魔力を得るために必要な魔力の同調。兄弟と”彼女”はそれを完全に実現することができなかったようですが、私とミアなら問題ありません」


 二人で空を飛ぶために、フェリシアが編み出した魔力の同調。

 社員であれば誰とでも同調できるが、特にミアとの同調は完璧と言っていいレベルだ。


「同調してのフライでは、私の魔力だけを使っていましたが、ミアが私に魔力を委ねてくれるなら、二人分の魔力を私のものとして使うことはできるはずです」


 フェリシアがミアを見る。

 ミアが、力強く頷いた。


「問題は、精霊使いによる魔力補助です」


 フェリシアが、今度はシンシアを見た。

 

「精霊使いであれば、魔力を効率よく使えます。だから、理想はシンシアが魔法を発動することなのですが、シンシアでは、現象の具体的なイメージを描くことは難しいと思います」


 はっきりと言われて、シンシアがうつむく。


「加えて、他人の魔力と同調し、その魔力を自分のものとして魔法を発動するにはかなりの訓練が必要です。いくら精霊使いであっても、それは簡単にはできません」


 他人の魔力と同調する。さらに、その魔力を使って魔法を発動する。そんなことができる人間は、恐ろしく限られる。

 フェリシアだからこそなせる技。シンシアでは無理ということではなく、ミアであってもそれはできなかった。


「つまり、魔法を発動するのは私になります。それをシンシアが補助する。ダナンさんのノートにも、発動は”彼女”に任せるのが現実的だと書いてありました」


 魔法に関するセンスや才能。それを”彼女”も持っていたということなのだろう。


「シンシアが、私を助けてくれるよう精霊にお願いをする。それができれば、限界を超えた魔法が発動できると思います」


 話し終えたフェリシアが、静かにマークを見た。

 聞き終えたマークが、強く言った。


「残念ながら、迷っている時間はない。三人とも、頼む」


 フェリシアが頷いた。

 ミアが頷いた。

 シンシアは躊躇い、それでも小さく頷いた。


「シンシア、ミア。私のところに来て。今から手順を説明するわ。それと、ミナセもお願い」

「私も?」


 ミナセが首を傾げる。


「そうよ」


 意味は分からなかったが、それでもミナセは素直に従った。

 その時、ふとマークがミナセに声を掛ける。


「ミナセ。悪いが、刀を貸してくれないか?」

「……はい」


 唐突に言われ、またも首を傾げるが、やはりミナセは素直に刀を差し出した。

 腰から鞘ごと刀を抜いて、両手でそれをマークに渡す。

 受け取ったマークが、静かに刀を抜いた。


「これは持っていてくれ」


 鞘をミナセに預けて、マークが歩き出す。


「社長?」


 不思議がるミナセと、驚くみんなをマークは見なかった。みんなに背を向けて、マークが真っ直ぐ歩いていく。

 その先にあるのは、壊れ掛けた家。その家に、あの夫婦がまた戻ってきていた。

 自分たちの家と、祖父の家の間のわずかな距離。十年間、子供を探して行き来を続けている哀れな夫婦。

 その夫婦に、マークが近寄っていく。


「社長!」


 ミナセの声に、マークは答えない。

 かわりにマークは、太刀を真横に構えた。そしてマークは、それを、静かに振り抜いた。


 二人が同時に崩れ落ちる。

 二人の体がボロボロと崩れていく。

 二人の体が、細かい粒となって、風と共に空高く舞い上がっていった。


「どうか、安らかに眠ってください」


 空を見上げながら、マークが小さくつぶやいた。

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