アンデッド

 年齢はまったく分からない。しかし、おそらくそれは女だ。肩まで伸びたバサバサの髪が見えた。

 その後ろから、もう一人現れた。がっしりとした骨格から、男なのだろうと想像できる。


「アンデッドには、三つの種類があります」


 マークに説明するように、フェリシアが話し出した。


「一つ目は、霊力の強い場所で死んだ人間や動物が、その身に魔石を宿し、魔力によって動き出す場合。ダンジョンなどで見掛ける、自然が作り出したアンデッドがこれに当たります」


 実際に確認されているアンデッドの多くがこのケースだ。


「二つ目は、自らの意志でアンデッドになる場合。いわゆるリッチと呼ばれる存在です」


 高い知能と魔力を備えるアンデッド、リッチ。

 ダナンの兄がまさにこれだ。


「そして最後は、死体を魔法で操っている場合。ネクロマンサーたちが使う、禁忌魔法が該当します。死体に魔石を埋め込むと、肉体の維持と操作がしやすくなると聞いたことがありますが……」


 死体を操る魔法は、じつはある程度体系化されていた。人の道を外れた魔術師、ネクロマンサーと呼ばれる者たちが、長年その研究を続けている。

 禁忌ではあったが、その魔法に手を染める者は、残念ながら後を絶たなかった。


「アンデッドは、生きている者を忌み嫌います。生者に対する恨みや妬みとも言われていますが、あのアンデッドたちも、これ以上近付けば襲って来る可能性があります」


 そう言って、フェリシアは前を見た。

 二人のアンデッドが、ゆらゆらと歩いている。その進む先には、朽ちかけた家があった。二人がそこに向かっているのか、それともただ前に進んでいるだけなのか、その動きからは分からない。

 七人は、そこから動くこともできずに、ただその歩く姿を見ていた。


 アンデッド。すなわち、もとは人間。

 生きていた時のあの二人は、この集落に住んでいたのではないだろうか。

 もしかしたら、あの二人は夫婦だったのではないだろうか。


「アンデッドを救う方法はあるのか?」


 ふとマークが聞いた。


「ありません」


 きっぱりとフェリシアが答えた。


「アンデッドは死体です。リッチのような例外を除いて、そこには心も意志もありません。救うと言うのなら、その身を滅ぼすことこそ救いになるのだと思います」


 明快な答えだった。

 死者を蘇らせることはできない。それは当然。

 それでも。


「何とかならないんでしょうか」


 ミアが泣きそうな声で言った。

 それに答える者は、いなかった。


 みんなの目の前で、アンデッドたちは歩いていく。やがて、前を行くアンデッドが家に辿り着いた。そこで、アンデッドが立ち止まる。そして、何かを探すように周りを見回した。

 後ろのアンデッドがそこに追い付く。そのアンデッドも、同じように何かを探し始めた。


「いったい何を……」


 ヒューリがつぶやくが、続く者はいない。

 しばらくすると、アンデッドたちはまた動き始めた。二人は、玄関と思われるところから、家の中へと入っていった。


「あそこがあの二人の家だったんでしょうか?」


 リリアが小さな声で言った。


「そうかもな」


 ミナセが、感情を押し殺した声で答えた。

 その声に混じるのは、悲しみと怒り。


 ミナセの拳は震えていた。

 おそらく彼らは、自分の意志でアンデッドになったのではない。間違いなく、誰かによってアンデッドにさせられたのだ。

 

 理不尽に絶たれる命。

 突然奪われる幸福な日常。


 ミナセはそれを、何があろうとも、絶対に許すことができなかった。


「どうして……」


 震える声でミナセがつぶやいた、その時。

 ふいにマークが空を見た。それに気付いたヒューリが、同じく空を見る。そして叫んだ。


「敵だ!」


 慌ててミナセが太刀を抜く。ほかのみんなも武器を構え、あるいは魔力を引き上げる。

 みんなが見上げる上空、そこに人がいた。七人を見下ろすその人物は、やがてゆっくりと降下を始める。


「魔力反応がないわ」


 フェリシアが悔しそうに言った。

 その人物の姿は、すでにはっきり見えている。とっくにフェリシアの索敵範囲内に入っているはずだ。


 性別は分からない。薄汚れたローブがその体を隠していた。

 表情も分からない。その顔は、不気味な仮面で覆われていた。


「いきなりボスの登場かよ」


 掠れた声でヒューリが言う。

 さすがのヒューリも顔が強張っていた。


 仮面が降下を続ける。そして、七人から五メートルほど離れた地面に降り立った。

 仮面は無言。じっとこちらを見つめている。

 その仮面に、マークが聞いた。


「あなたが、ダナンさんのお兄さんですか?」


 仮面が驚いたようにマークを見る。そして、しわがれた声で言った。


「奴め、やはりあの村にいたのか。わしには顔を見せなかったくせに、こいつらには会っていたとは、何とも冷たいのぉ」


 肩をすくめてため息をつく。


「おまけに、いろいろ余計な事を喋ったようだな。こいつらがここに来るとは想像もしていなかったぞ」


 独り言のようにブツブツとつぶやく。

 マークは無言。仮面の男を黙って見ている。

 やがて、仮面がようやく答えた。


「わしはザナン。お前の言う通り、ダナンの兄だよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る