第十九章 決戦

ノート

「サンダーバースト!」


 無数の稲妻が走る。それが、一斉に大地を直撃した。


 ズドドドドドーーーーン!


 轟音が響き渡る。

 稲妻が地面を抉る。

 平らだった地面が、歩くことも困難なほどに破壊されていた。


「跡形もないな」


 ヒューリが呆れたようにつぶやく。

 その横で、マークが聞いた。


「シンシア、霊力の流れは変わったか?」


 集中するように目を閉じ、やがてシンシアが答える。


「変わらない」

「そうか」


 冷静にマークが頷いた。

 霊力の流れは、地形を変えれば変えられる。だが、どう変えればよいのかが分からない。ダナンはそれを知っていたが、マークたちには教えてくれなかった。


「仕方がない。魔法陣を消しただけで今は良しとしよう」


 マークの言葉にミナセが頷いた。



 キルグの軍勢を追い払った七人は、エルドア兵たちの熱烈な歓迎を受けながらトロス砦に入った。

 出迎えた司令官と影の父子が、七人に心からの謝意を述べる。それを聞くマークの顔に、だが笑みはなかった。


「戦いはまだ終わっていません」


 情報源、すなわちダナンのことは伏せたままで、マークは魔物の発生原因について説明した。


「エルドアには、大規模な魔物の生成場所が三カ所あります。それを破壊し、仮面の男を排除しない限り、安寧の日はやってきません」


 エルドアの諜報部隊も掴み切れなかった情報だ。

 指揮官も、影の父子も目を丸くする。


「普通の兵士が仮面の男に近付くのは危険です。男のことは、我々に任せていただけないでしょうか」


 躊躇いながらも、指揮官たちは頷いた。

 七人は、砦でしっかり休息を取った後、南東にある魔物の生成場所へと向かった。



 歩き始めてすぐ、ミアがマークに聞く。


「皆さんに聞いたんですけど、社長って、もの凄く力持ちだったんですね!」


 みんなが聞きあぐねていたことを、ミアがズバリ聞いた。

 感心したりハラハラしたりしながら、それでもみんなはマークの答えに注目する。

 すると。


「まあね。みんなに負けないように、こっそり鍛えてたのさ」

「なるほど!」


 なるほどじゃないだろ!


 みんなが心の中で突っ込むが、ミアは納得したようだ。


「もう一つ、皆さんに聞いたんですけど」


 再びミアが言う。


「社長って、怖い人だったんですね!」


 聞き方が違う!


 またもや声なき突っ込みを入れながら、みんながマークの答えに注目する。

 すると。


「ああ、あれか。あれは、ハッタリだ」

「なるほど!」


 ……


 ミアの反応には呆れるばかりだ。

 しかし、残念ながらそれで二人の会話は終わってしまった。


「皆さんが敵をやっつけるところ、私も見たかったなぁ」


 呑気なミアにため息をつき、先頭を歩くマークをチラリと見ながら、みんなは最初の目的地へと向かっていった。



 エルドア南東の外れ、人の住まない荒野の片隅。そこで七人は、不自然なほど真っ平らな地面に描かれた巨大な魔法陣を見付けた。


 フェリシアが魔力全開で周囲を探る。

 ミナセとヒューリが集中力を最大にして気配を探る。

 残りのみんなが四方八方に目を凝らす。

 五感と魔法と感覚のすべてを使って、七人は仮面の男を探した。


「反応ありません」

「何も感じません」

「何も見えません」

「分かった」


 男がいないことを慎重に確認してから、マークはフェリシアに魔法陣の破壊を命じたのだった。


 一行は、そのまま次の目的地へと向かう。そこはエルドアの南西。ダナンによると、そこに非常に大きな霊力の集まる場所があるとのことだった。

 マークを先頭に七人は歩く。その一番後ろで、ミアが小さく言った。


「あの魔法陣、書き写しておかなくてよかったんですか?」


 並んで歩くフェリシアが、前を向いたまま答える。


「そうね。正直に言えば、記録に残していつか研究してみたいと思ったわ」

「じゃあどうして……」


 ミアがフェリシアの顔をのぞき込む。それを見つめ返して、フェリシアが言った。


「霊力が集まって魔石ができる。魔石のまわりに魔力が集まって、魔物ができる。つまり、魔物の生成には霊力と魔力が必要。そうよね?」

「はい、そうです」


 ミアが頷く。


「じゃあ、魔物の生成を、人の力で急速かつ大量に行った場合、何が起きると思う?」

「えっと……分かりません」

「霊力や魔力を無理矢理大量に使ってしまったら、自然界のバランスが崩れてしまうかもしれない。何が起きるのか、誰にも予測がつかないわ」

「でも、それをちゃんと把握すれば、役に立つこともあるんじゃないですか?」


 ミアの問いに、フェリシアの表情が険しくなった。


「それを知って、人間はどうすると思う? 魔物を大量に作って、人間は一体何をするのかしら」

「あっ」


 ハッとしたようにミアが声を上げた。


「自然界の仕組みを解明して、それを人のために利用する。それは、ある程度は必要なことだわ。でも、それが度を越すと良くないことが起きる。人は、自然に対して謙虚でなければならないと思うの」


 ミアが大きく頷く。


「魔物生成の研究は、禁忌よ。だから、興味はあるけれど触れない。触れてはいけない。だから、あの魔法陣は壊して正解だったのよ」


 フェリシアが微笑んだ。


「そうですね。うん、納得です!」


 ミアが笑った。

 二人の会話を聞いていたみんなも微笑む。


「少しペースを上げるぞ」

「はい!」


 先頭のマークの声に、大きな声で全員が答えた。



 エルドアの南部は、もともと豊かな穀倉地帯だ。しかし、教団の教えが広がってからは、放棄された農地や建物が目に付くようになっている。町にも村にも活気はなく、道行く人に笑顔はない。ほとんど人を見掛けない集落さえあった。

 そんな中、どこに行っても教団の道場にだけは人が群がっていた。 


「今日もお言葉は聞けないのですか?」

「教祖様が行方不明というのは本当ですか?」


 信者たちが、教団関係者に詰め寄る。


「俺は何も知らん。そして、今日も説法はない。何度来ても答えは同じだ」


 冷たく男が言い放つ。


「お言葉を聞けないと、夜が眠れないのです。不安で何も手につかないのです」

「お弟子様ならどなたでも構いません。どうか説法を」

「しつこいぞ、帰れ!」


 男が怒鳴るが、信者たちは諦めることなく男に食い下がっていた。

 その騒ぎを横目に見ながら一行は歩く。


「ここも同じですね」

「ああ」


 つぶやくリリアに、ミナセが頷いた。

 南東の荒れ地から、エルドア南部を横切るように西に向かう一行は、似たような光景をすでに何度も見てきている。

 キルグ撤退と同時に、教祖が行方をくらました。事情を知る高弟や関係者も慌てて身を隠した。残ったのは、何も知らない弟子や教団職員たち。彼らは必死に教団を支えて続けていたが、当然それにも限界はある。

 教団は、今や崩壊寸前だった。

 

 視線を前に戻してヒューリが言う。


「信者たちの顔、病人みたいだな」

「みたいじゃなくて、あれは病人です」


 ミアが悲しそうに言った。


 これまでに得た情報と、実際に目で見た現状から、マークは一つの仮説を立てていた。


「説法を聞くだけで涙が出るほどの幸福感に包まれるなんて、普通はない。おそらく、魔法や薬で感情を高ぶらせているんだろう」


 以前エム商会を襲ってきた暗殺集団インサニアも、魔法と薬でならず者たちを操っていた。そのインサニアは、キルグと通じていた。キルグが人心操作の術を持っているなら、それを教団が利用していたとしても不思議ではない。


「無理矢理感情を高ぶらせる。そんなことを続けていれば、心も体もおかしくなる。信者たちの様子は、禁断症状を起こしている麻薬患者を連想させる」


 青白い顔に落ち窪んだ目。震える手と虚ろな瞳。

 その姿は、誰が見ても正常ではなかった。


「時間が立てば症状が落ち着くのかもしれないが、そうだとしても、しばらくは苦しむんだろうな」


 マークの話を、ミアが泣きそうな顔で聞いていた。



 一行は西へと進む。進むにつれて、徐々に風景が変わっていった。畑や集落が減って、木々の間を歩くことが多くなる。そして、道の傾斜が少しずつきつくなってきた。


「この先の山を越えたところが、例の場所ですよね?」

「そうだな」


 ミナセが確認し、マークが頷く。

 このまま進むと、道は山道となる。山を越えれば、そこには広い盆地があるはずだ。ダナンによると、その盆地にエルドア最大の霊力が集まる場所があるという。


「山に入るのは明日にしよう。少し早いが、今日はここで野営だ」


 日暮れにはまだ時間があったが、一行は林の中で夜を明かすことにした。


 食事を終えて片付けも終わると、焚き火を囲んでそれぞれが思い思いの時間を過ごす。

 パチパチと音が響く中、フェリシアが言った。


「ミア、いつものお願い」

「えー、またですか」


 頬を膨らませながら、それでもミアは、フェリシアの隣に座った。


「やっぱり、旅にミアは必需品よね」

「何ですか、それ」


 笑うフェリシアに、ミアがまた頬を膨らませた。

 そして。


「じゃあ、いきますよ」


 ピカッ!


 二人の周囲が真昼のように明るくなる。


「ありがと。これで文字がよく見えるわ」

「もぉ。フェリシアさんがトーチライトを使ったっていいじゃないですか」


 文句を言うミアの頭を、フェリシアが優しく撫でた。


「トーチライトって、明かりが揺れるでしょう? だから文字が読みにくいのよ。それに、私は読書に集中したいの。だから、ミアのマジックライトが必要なのよ」

「私はランプじゃありません!」


 毎夜繰り返されるやり取りを、みんなが笑いながら見ている。


「お礼に、これを貸してあげるわ」


 フェリシアが、マジックポーチから一冊のノートを取り出してミアに渡した。


「じゃあよろしくね」


 不満いっぱいのミアの横で、フェリシアが集中を始めた。


 ダナンから渡された数冊のノート。そこには、様々な研究結果が記されていた。

 しかし、その中に魔物の生成に関する記述はなかった。それは別のノートに書いてあるのだろう。そのノートは、ダナンの手元にあるに違いない。そして、それが世に出ることはおそらくないだろう。

 今フェリシアが読んでいるのは、魔法に関する研究ノートだ。ノートを渡されて以来、フェリシアは毎晩それを読んでいた。


「人が発動できる魔法の限界は……」


 ぶつぶつとフェリシアがつぶやく。


「精霊使いの魔法発動手順に……」


 無意識に言葉がこぼれる。


「魔力同調は、限界突破の一つの可能性を……」


 フェリシアが何について読んでいるのか、聞こえてくる断片的な言葉だけでは分からない。

 それでも、おそらくその内容は、一般に知られている魔法の知識とは別次元のものだ。

 ミアが隣から覗き込むが、フェリシアの読むペースは非常に速い。加えて、前へ後ろへとフェリシアがページをめくるので、とても読めたものではない。

 いろいろな意味で不満顔のミアを放置して、今夜もフェリシアは貪るようにノートを読み続けていた。


 ミアが、仕方なく渡されたノートを開く。


「えーっと、神器と秘宝の違いは、その生成過程において……」


 どうやら、ミアのノートには魔法以外の研究結果が書いてあるようだ。


「精霊とは……」


 フェリシアと並んで、ミアもぶつぶつと始める。


「……すなわち、神はこの世界に実在する」


 記述を読み上げたミアが、顔を上げて言った。


「神様がいるなんて、そんなの当たり前じゃない!」


 教会育ちのミアが、ノートをパタンと閉じながら、またまた頬を膨らませていた。

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