アルミナ封鎖
ロダン公爵率いるイルカナ軍が、四方を囲む魔物と睨み合いを続けていた頃。
「何人たりとも、町に出入りすることは許さん!」
閉鎖された門の前で、武装をした衛兵が怒鳴った。
「ちょっと、何よ急に」
「理由を説明しろ!」
町の人や旅人、商人たちが騒ぎ立てるが、衛兵はそれに答えない。閉じた門の前にずらりと並び、黙ったまま群衆を睨む。
アルミナの町が、突然封鎖された。町から出ることも、町に入ることもできなくなった。
「俺は急いでるんだ。通らせてもらう!」
若い男が、衛兵の壁に向かって突き進む。その男に、衛兵たちが一斉に槍を突きつけた。
「死にたくなければ、門には近付くな」
衛兵の低い声に、慈悲の心は感じられない。
「な、何だってんだよ」
恐怖に顔を引き攣らせながら、男が後ずさった。
ざわめく人々の後ろを、別の衛兵の一団が駆けていく。その一団が向かう先、アルミナの町の北西部に、幾筋もの白煙が上っていた。
「あれは、王宮の辺りじゃないか?」
「いったい何が起きてるんだ?」
先程まで怒っていた人たちの顔は、今は不安でいっぱいだ。
「町の住人は家に戻れ! 旅人や商人は、宿や食堂でじっとしているんだ!」
衛兵に言われて、のろのろと人々が動き出した。平和だったアルミナの町が、突如として不穏な空気に包まれていった。
「我が軍は、王宮外門の一つを突破。現在、内門を守る近衛兵と交戦中です」
「うむ」
「アウル公爵邸は、戦うことなく門を開きました。公爵以下、一族を屋敷内にて拘束してあります」
「そうか」
王宮の外門は、守ることを考慮していないただの飾りだ。内門から先が本格的な攻略対象となる。
アウル公爵邸には、もともと兵力と呼べるものが存在しない。たとえ抵抗されたとしても、簡単に落とすことはできただろう。
問題は。
「ロダン邸はどうなっている?」
低い声が問うた。
頭を下げながら、部下が答えた。
「申し訳ございません。いまだ攻略の目途が立っておりません」
ギシギシ……
椅子が軋んだ。
部下の喉が、ごくりと鳴った。
やがて。
「ロダン邸は、無理に攻めずともよい」
「は、はい」
「町の住民を家に閉じこめ終えたら、衛兵の一部を王宮に回せ。王宮の攻略が最優先だ」
「はっ!」
敬礼をして、部下が部屋を出て行った。
大きな体が椅子から立ち上がり、机の上の地図を見る。
アルミナの町から南に数キロの場所。今そこで、ロダン公爵率いる三万の兵が魔物と戦っている。
それに合わせるように、国内の主要な町の周辺では、悪党たちが騒ぎを起こしているはずだ。魔物との戦いに召集されなかった兵たちも、鎮圧のために右往左往していることだろう。
国中で騒乱が起きている。誰もアルミナの町になど構っていられない。唯一心配の種だったエム商会も、思惑通り、ロダン公爵の依頼でエルドアへと向かっていった。
「この国は変わらなければならぬ。もう二度と、無駄な犠牲を出してはならぬのだ」
強くそう言って、男は地図を睨み付けた。
「何でここが戦場になるんだよ!」
「知るか!」
王宮を守る近衛兵が、混乱の中で怒鳴り合っている。
「東の外門も突破されました!」
「すべての外門を放棄、全軍内門を死守せよ!」
燃え上がる門を背に指揮官が叫び、兵士が青い顔で走っていった。
それは突然だった。
「王宮の四方すべての門が攻撃を受けています!」
「何だと!?」
文官たちが目を見開く。武官たちが慌て出す。
王宮が騒然となる中で、恐ろしいほど冷静な声がした。
「敵の旗印は?」
報告に来た兵士が、一瞬躊躇った後、答えた。
「カミュ公爵のものであります!」
「そうか」
高官たちが静まり返った。
カミュ公爵の反乱。考えもしなかった事態。
それを、イルカナ国王が静かに受け止めている。
普段の王を知る者が、その姿を見て目を見開いた。
陽気に話し、呑気に笑う。
国の政は、ほとんど三人の公爵に任せ切り。会議の場では、そうじゃそうじゃと大きく頷くだけ。
イルカナ国王と言えば、そういう人物だった。
穏やかと言えば聞こえはいいが、態度にも言葉にも鋭さは感じない。人懐こくて接しやすいが、威厳に欠ける印象は拭えない。
その王が、騒ぐこともなく、しかし腰を抜かしている様子もなく、玉座から高官たちを見ている。
「陛下?」
恐る恐る、侍従が声を掛けた。
侍従を一瞥して、王が声を上げた。
「相手がカミュ公爵となれば、公爵に近い貴族と、町の衛兵はすべて敵と考えるのが妥当だろう」
青い顔で皆が頷く。
「あのカミュ公爵のことだ。周到に準備をしての反乱に違いない。ゆえに、思わぬ幸運を期待してはならぬ」
高官たちは言葉もない。
「城内の近衛のみで守るしかない。だが、守り切れば勝機はある!」
力強い言葉に、皆が驚いた。
「何としても王宮を守るのだ。皆の者、気合いを入れよ!」
「はっ!」
初めて聞く、気迫のこもった王の声。
初めて見る、覇気をまとった王の姿。
高官たちが動き出した。
窓から見える白煙を、唇を噛みながら王が睨んでいた。
外門をすべて放棄した近衛兵たちは、王宮を囲む内側の壁と、四つの内門の防衛に必死になっていた。
イルカナの王宮は、城ではない。それでも、内側の壁は強固な石造りで、守備塔もいくつか設置されていた。
しかし、壁の高さが決定的に足りなかった。
「梯子を狙え! 敵を上らせるな!」
指揮官が叫び、兵士が魔法で梯子を狙う。
「東門から応援要請です!」
「こっちも手が足りん! 何とかしろと伝えろ!」
悲痛な声と怒号が交錯する。
突発的に起きた、しかもカミュ公爵という国の重鎮が起こした反乱。そんな事態を誰が予想していただろうか。
精鋭揃いの近衛兵たちも、戸惑いと混乱で力を出し切れていない。どこかの壁か門が突破されるのは時間の問題のように思えた。
だが、攻める側も、じつは戸惑いと混乱の中にあった。
「国王陛下が、ご乱心?」
「そうだ」
上官の話に、衛兵たちは目を見開き、あるいは首を傾げる。
「エルドアとの国境に現れるようになった魔物は、王が主導して作らせた人工の魔物だったのだ。その魔物生成の実験に、ロダン公爵が深く関わっていた」
「そんな……」
驚くような話に、衛兵たちは言葉もない。
「魔物の生成は、ついに実験段階を終えた。多様な魔物を大量に作り出すことに成功した王は、その力を試すことにした。それが、南に押し寄せてきている魔物たちだ」
「しかし、その魔物たちとロダン公爵が戦っているのでは?」
遠慮がちに聞く部下を、上官が睨む。
「ロダン公爵は、王の共犯者だ。魔物たちがどれほど強いのか、自分の部下を犠牲にして確かめているにすぎない」
「!」
部下が絶句する。
「でも、なぜ王はそんなことを……」
別の部下が聞いた。
「魔物を、商品として売るためだ」
「魔物を売る!?」
驚きの声が響いた。
「そうだ」
静かに頷いて、上官が続けた。
「魔物を思い通りに生成し、それを思い通りに動かすことができれば、それは強力な兵器となる。だが、そんな兵器を使うことを、イルカナの国民は受け入れないだろう」
部下が大きく頷く。
「だが、キルグやウロルなどの軍事国家はそうではない。裏社会に生きる悪党共にも需要はある。作った魔物は、それを欲しがる国や者に売ればよい。王はそう考えた」
「そんな馬鹿なことが……」
別の場所から声がする。
上官が、やはり冷静に答えた。
「私も最初は信じられなかった。だが、事実だ。王がキルグと秘密裏にやり取りしていた書簡もこの目で見た。魔物一体当たりの値段表まで存在していた。王は、この大陸に魔物がはびこることの危険性など考えてはいない。王が考えているのは、金を儲けることだけなのだ」
大声で主張するだけだったなら、部下も大いに疑ったことだろう。
しかし、上官の声は憂いに満ちていた。その目もその顔も、真剣そのものだった。
「今頃は、魔物の商品価値を確かめるために、各国の使者や裏社会の者たちが、南の戦場で戦いの様子を見ているはずだ」
室内が静まり返る。
「この件を、カミュ公爵が掴んだのは数年前だ。その時から、カミュ公爵は王とロダン公爵を監視し続けた。情報を得るために、不本意ながら裏社会にも近付いていった」
カミュ公爵を取り巻くいくつもの黒い噂。悪党たちに便宜を図っているように思えた、いくつもの理不尽な命令。
それが、じつは国を思っての行動だったというのだろうか。
衛兵たちの頭が混乱を極める。
「あり得ないことが起きているのだ。実現してはならないことが、現実になろうとしているのだ」
上官のトーンが一段上がる。
「王は、すでにまともな思考を持っているとは思えない。それに従うロダン公爵も、異常としか言えぬ。何としても、王やロダン公爵の計画は潰さねばならないのだ」
その声が熱を帯びる。
「この国を憂い、必死に守ろうとしているのはカミュ公爵だ。そして、公爵の思いを形にし、この国を本当に守ることのできるのは、我々衛兵だけなのだ」
上官が声を張り上げた。
「今から、国を守るための重要な命令を伝える。国のため、そしてカミュ公爵のために、貴様等の命を捧げてくれ!」
「はっ!」
衛兵たちが答えた。
こうして、反乱が始まった。
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