緒戦

「獣型の群、突っ込んできます!」


 哨兵が叫ぶ。


「弓、構え!」


 弓兵が弓を構える。


「撃てー!」


 ヒュンヒュンヒュン!


 一斉に矢が放たれた。

 何百という矢が弧を描いて飛んでいく。それが、魔物の群のあちこちに”着弾”した。


 ドガガガガーン!


 解散した傭兵団、漆黒の獣が使用していた自慢の武器。鏃に魔法を仕込んだ特別製の矢。

 それが、魔物たちを吹き飛ばしていった。

 しかし。


「やつら止まりません!」

「分かっている。次弾撃てー!」


 普通の魔物なら、今の一撃で混乱し、あるいは恐れをなして逃げ出していっただろう。だが、攻めて来ている魔物は普通ではない。それは折り込み済みだ。


 ヒュンヒュンヒュン!

 ドガガガガーン!


 魔法の矢が惜しげもなく放たれる。魔物たちが吹き飛んでいく。

 それでも魔物は止まらない。万を超える獣型の魔物が突っ込んでくる。

 しかし、陣地正面にはいくつもの土塁や壕が作ってあった。さすがの魔物たちも、そこで勢いが止まるに違いない。

 だが、兵士たちの狙いは外れた。


「二手に分かれた!?」


 魔物たちが、土塁や壕を避けて陣地を回り込み始めた。


「落ち着け。魔術部隊、用意!」


 前線の士官が冷静に指示を出す。櫓の上で、魔術兵たちが魔力を練り始める。

 獣型の魔物は足が速い。二手に分かれた魔物たちが、あっという間に陣地の左右から突進してきた。

 ところが。


 キャウン!


 魔物が悲鳴を上げる。

 土と水の魔法を駆使して作られた沼地。そこに突っ込んだ魔物たちが、泥だらけになってもがいていた。


「今だ、撃てー!」


 魔法が一斉に放たれた。

 ファイヤーボルトやアイスボルトが魔物を狙い打つ。動きの取れなくなった獣たちを正確に倒していく。

 動きの素早い魔物に、魔法を当てることは難しい。だが、泥沼にはまった相手なら話は別だ。


「よっしゃー!」


 兵士たちが歓声を上げた。

 賢くなっていく魔物たち。カイルとアランは、その様子をすべてロダン公爵に報告していた。魔物がどう動くのか、ある程度は予想がついていた。


 もがく仲間を踏み台にして魔物が前に進む。だが、幅数十メートルの泥沼は、そう簡単には越えられない。


「奴ら、命令通りにしか動かないようですな」

「うむ」


 部下の声に、ロダン公爵が頷いた。

 どんなに仲間がやられても、どんなに進むことができなくても、魔物たちはひたすら陣地を目指している。


「所詮は魔物だな」

「ああ、これならいけるぞ」


 部下たちの声に、だが今度は、ロダン公爵は頷かなかった。

 魔物は進化し続けている。こちらの想定を超えた行動を取る可能性は十分あった。


 油断はできぬ


 公爵が腹に力を込めた、その時。


「獣型が退き始めました!」

「正面から新手! ゴブリンの大軍来ます!」


 二つの報告が同時に届く。

 即座に公爵の指示が飛んだ。


「獣型が後方に回り込むことを阻止せよ! 正面は弓で応戦、塹壕地帯に入った魔物は魔法で狙え!」


 指示は、速やかに兵士たちへと伝わっていった。


「ファイヤーボール、放て!」


 泥沼を迂回して陣地後方へと走り出した魔物たちに、何百もの炎の球が飛んでいく。


「撃てー!」


 正面から近付いてくるゴブリンたちに、魔法の矢が降り注ぐ。

 ファイヤーボールが、魔法の矢が、魔物たちを次々と倒していった。それでも、やはり魔物は止まらない。


「獣型約一万、後方に集結しつつあります!」


 生き残った獣型の魔物が、陣地をさらに回り込んで、次々と後方に集まってきた。

 陣地の北側、つまり後方には塹壕も泥地もない。補給のため、そして撤退経路の確保のために、その方向だけは仕掛けらしいものが作られていなかった。

 だからと言って、ロダン公爵が無策のはずがない。


「騎馬隊、突撃!」


 一万の魔物の大軍に、数百の騎馬隊が突撃を仕掛ける。

 獣型の魔物は大半がウルフ系。その体は小さい。


 ギャン!


 馬がウルフたちを弾き飛ばす。蹄がウルフを蹴散らしていく。

 

「歩兵隊、前へ!」


 続けざまに指令が飛んだ。

 重厚な盾を持つ兵と、短槍を持つ兵。交互に配置された兵士たちが、ゆっくりと前進を始めた。

 傷付き、それでもまだ向かってくるウルフたちを、盾の間から槍が仕留めていく。

 後方に回り込んだ獣型の魔物は、陣地に近付くことすらできずにその数を次々と減らしていった。


 一方、正面から迫るゴブリンたちも完全に押さえ込まれていた。

 粗末な盾は、魔法の矢の前に意味をなさなかった。それでもゴブリンは進む。そうしてどうにか塹壕地帯に辿り着いたゴブリンたちは、しかし今度は魔法で狙い撃たれた。盾は、壕や土塁を這い上がるのに邪魔だ。人間ならば、盾を捨てて両手を自由にすることを考えるのだろうが、ゴブリンたちはそれをしない。命令された通りに、盾を手放すことなく進もうとする。

 死を恐れない軍団。だがそれは、何も考えることのない軍団でもあった。


 エルドアの国境付近に発生するようになった大量の魔物と、その異常な動き。

 ロダン公爵は、普通ではない魔物たちから国を守るため、作戦を練り上げ兵を鍛えてきた。武装を整え、馬が魔物を恐れないよう訓練してきた。魔物と戦う方策を、ロダン公爵はずっと考えてきたのだ。


「おおっ、魔物たちが退却を始めたぞ!」


 陣地に取り付ける気配すら見えない状況に、さすがの相手も決断をしたようだ。魔物たちが一斉に引き上げを開始した。


「魔物など、どれほどいようと我々の敵ではない!」


 逃げていく魔物を見て、部下たちが気勢を上げる。

 それに大きく頷いて見せるロダン公爵の顔に、だが、笑みはなかった。

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