スゴい魔法

 身軽になった馬が、怯えながら後ずさりをする。


「ここまでありがとう。お前たちは戻りなさい」


 ミナセの言葉が分かったのか、四頭の馬は、向きを変えて北へと走り去っていった。

 それを見送るミナセの後ろで、ヒューリが言う。


「ほんと、軍隊みたいだな」


 リリアが、不安そうにマークを見る。


「大丈夫でしょうか」


 隣で、シンシアが拳を握った。


「やるしかない」


 二万の魔物。それは圧巻だった。

 恐ろしいまでの威圧感。常人であれば、立っていることすら難しかっただろう。

 それでも、マークの顔はいつもと変わらなかった。


「フェリシア、どうだ?」


 いつもの声でマークが聞く。


「いけると思います」


 昇り始めた太陽を見上げてフェリシアが答える。


「よし、任せた」

「はい。ミア、出番よ」


 はいと答えたフェリシアが、なぜかミアを見る。

 ミアが、腕まくりを始めた。


「フッフッフ。やっとこの時が来たんですね」


 やる気満々のミアが、そこにいた。


「腕まくりはいいから、とっとと始めなさい」

「だって」

「だってじゃないわよ!」


 パコッ!


「あいたっ!」


 頭を押さえてミアが泣く。


「ほら、詠唱!」

「はいっ!」


 フェリシアに叱られて、ミアが詠唱を始めた。


 その様子を、砦の兵士たちが見ている。


「……」


 あまりに場違いな二人の様子に、誰も何も言わない。


「父上。あの者たちで、本当に大丈夫なのですか?」

「……大丈夫だ」


 老人の答えに、先ほどの力強さはない。

 息子が、諦めたように視線を戻した。


 突然現れた謎の七人。

 その様子は、砦正面の高台からも見えていた。


「何なのだ、あやつらは?」

「分かりません」


 皇太子の疑問に、答えられる者は誰もいない。


「何者がやって来たにせよ、たったの七人では何もできまい。予定通り、魔術師たちが陣に戻り次第攻撃を開始せよ」

「かしこまりました」


 恭しく頭を下げた参謀が、その場を離れながら小さくつぶやく。


「男が一人に女が六人。まさか、あれがインサニアを潰した……」


 唐突に、いわれのない不安が胸をよぎる。

 それを振り払うように、参謀が首を振った。


「いずれにしても、たったの七人だ。気にすることはないさ」



 ミアの詠唱は続く。先ほどまでとは別人の、おそろしく集中した顔で詠唱を続ける。

 ミアの魔力が徐々に高まっていった。それをみんなも感じていた。以前ミアが発動した大魔法とは少し様子が違うようだ。


「インヴィンシブル・ウォーリアーじゃないのか?」


 ヒューリがフェリシアに聞いた。


「違うわ。もっとスゴい魔法よ」


 フェリシアが楽しそうに答えた。


「もっとスゴい魔法? インヴィンシブル・ウォーリアーって、たしか第五階梯だったよな?」


 さらにヒューリが聞いた。しかし、フェリシアはもうヒューリを見なかった。

 どこまでも魔力を高めていくミアの後ろに立ち、ミアの肩を掴んで、体の向きを調整する。


「こんなものかしら?」


 フェリシアがつぶやいた、その時。


「太陽の神よ、忠実なる汝の僕にその偉大なる力を与え給え!」


 ミアの魔力が爆発的に膨れ上がった。

 とてつもない量の魔力が迸る。

 それが、一気にミアの右手へと集約されていった。


 フェリシアが言った。


「今よ!」


 ミアが叫んだ。


「サン・レイ!」


 直後。


 ビカァッ!

 

 直視できないほどの眩い光が、ミアの右手から放たれた。

 真っ白な光の線が、魔物の群れの右端を突き抜ける。線上にいた魔物たちが、跡形もなく蒸発していった。


「まだまだ!」


 フェリシアが叫んだ。


「うおぉぉぉっ!」


 ミアが雄叫びを上げた。

 ミアの右手が左へと流れていく。

 真っ白い光線が、魔物の軍を薙ぎ払う。


 ベヒモスの大きな体が、炎を吹き上げながら燃えていった。

 ヒュドラの巨体が、再生する間もなく気化していった。


 小型の魔物など一瞬で消えていく。

 高熱が、魔石すら残すことなく魔物を蒸発させていく。


 ミアを要に、光の線が扇を描いた。

 描き切ったところで、魔力の放出が止まった。

 ミアの右腕が、だらりと垂れ下がる。


「光の魔法の第五階梯、サン・レイ、からの、ミアスペシャル。いかがだったでしょうか」


 満足そうに微笑みながら、ミアが言った。


「見事だったわ」


 満足そうに微笑みながら、フェリシアが言った。


「私、伝説になれましたよね」

「ええ、あなたは伝説になったわ」


 崩れ落ちるミアの体を、フェリシアが優しく抱き留める。


「これで、思い残すことはありません。皆さん、後は、任せ、ました……」


 ミアが、静かに目を閉じた。


「お疲れ様」


 フェリシアが、ミアの額にそっとキスをした。


 封印の解かれたミアが放った、超強力な攻撃魔法。光の魔法の第五階梯、サン・レイ、からの、ミアスペシャル。

 野外の、それも太陽が出ている時にしか使えないその魔法は、しかし発動させることができれば、ドラゴンでさえ一瞬で焼き尽くすと言われていた。

 その大魔法の、スペシャル版。途方もない魔力を持つミアにしかできないスゴい魔法。


 草木一本残っていない、プスプスと音を立てる大地を見ながらヒューリが言う。


「ミアを叩くの、もうやめようかな」


 まじめな顔で、ミナセが答えた。


「いや、ミアに遠慮はいらないと思うぞ」


 フェリシアに抱かれ、みんなに見つめられながら、ミアは、気持ちよさそうに寝息を立てていた。



「本当に、奇跡が起きました」


 限界まで目を開いた息子が、掠れた声で言う。


「わ、わしの言った通りだったじゃろう?」


 慌てて老人が答える。

 次の瞬間。


 うおぉぉぉぉっ!


 砦の兵士が歓声を上げた。


「奇跡だ!」

「女神の降臨だ!」


 歓喜の声が砦を包み込んだ。


 誰がどう考えても勝ち目のなかった戦。それなのに、一気に逆転の可能性が見えてきた。

 二万の魔物はまさに消滅。一体残らず消え去っていた。

 高台にはキルグの本隊五万が残っているが、遠目に見ても分かるほど、敵の兵士たちは動揺している。


「しかし、何ともまあ」


 老人がつぶやく。


「あんな人間が、この大陸にいたとはのぉ」


 喜びに沸く兵士たちを見ながら、老人が楽しそうに笑った。



「バカな……」


 参謀が呆然とつぶやく。


「二万の魔物が消滅!?」

「何が起きたんだ?」


 あちこちからうわずった声が聞こえる。


「あんなの食らったらひとたまりもないぞ」

「兵が何万いたって、勝てるはずがない」


 兵士たちが後ずさりを始めた。

 そこに、甲高い声が響き渡る。


「者共、よく見ろ! あの魔法を放った術者は、すでに戦える状態ではない!」


 それは皇太子の声だった。


「あんな魔法を使える者が、ほかにいるとは考えられない! 我が軍五万をもって、あの者たちを葬り去るのだ!」


 そう言うと、皇太子は愛馬に飛び乗った。


「我に続け! 神の鎧あるところに負け戦なし!」


 後ろを振り返ることもせずに、皇太子が高台を駆け下りる。


「殿下!」


 参謀が青い顔をするが、こうなったら選択肢はなかった。


「皆の者、殿下に続け!」

「おおっ!」


 将校たちが慌てて馬にまたがる。歩兵たちが走り出す。

 五万の兵が一気に動き出した。高台を駆け下りた大軍が、社員たちに向かって突撃を開始した。


 五万のキルグ軍が攻め寄せる。

 それを、エム商会が迎え撃つ。


 トロス砦の攻防戦、その第二幕が切って落とされた。

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