奪われる平和

「これはね、シロツメクサって言うのよ」

「シロツメクサ?」

「そう。これをね、こうやって編んでいくと……」


 二人の女の子が草地で仲良く遊んでいる。それを見ている農夫たちが、小さな声で話していた。


「しっかし、まだ信じられねぇよな」

「まったくだ。俺もいまだに半信半疑だよ」


 首を傾げる男たちに、女が言う。


「何言ってんだい。あの子の顔は、あんたたちだって覚えてるだろ?」

「そりゃあ、まあな」

「先生だってそうなんだ。いい加減受け入れなよ」

「受け入れてないってことじゃないさ。ただ、何て言うか、びっくりしてるだけだ」

「そうそう、それだよ」


 男たちが慌てて言い訳をしている。

 その顔を睨みながら、女が言った。


「私たちは、一度やらかしてんだ。二度とあんなことしないように、あんたたちも気を付けなよ」

「分かってるさ」

「ああ、分かってる」


 男たちが大きく頷いた。

 その顔は真剣。その目には、後悔と決意。


「それならいいけどね」


 女が表情を緩めた。

 三人が、改めて女の子たちを見る。

 その片方の女の子。くりくりとした大きな目に可愛らしい顔立ち。年は、おそらく六、七才。


「そこをそうやって」

「こう?」

「そう。そうしたら……」

「……できた!」


 友達に教わりながら、シロツメクサの王冠を完成させた女の子が嬉しそうに笑う。


「教えてくれてありがとう!」

「うん! じゃあ次はね……」


 楽しそうな二人を見て大人たちも笑う。

 穏やかな光景と穏やかな笑顔。

 優しい風が、小さな農村の中を吹き抜けていった。

 


 無言で歩くマークのペースはかなり早い。普段から鍛えている社員たちが、置いていかれないよう懸命になるほどだ。


「社長、どうしたんだ?」

「……」


 ヒューリが囁くが、ミナセはそれに答えない。

 かわりにミナセは、心配そうにマークの背中を見た。


 もっとも付き合いが長いくせに、ミナセはマークの気持ちを読むことが苦手だ。ミナセの力を使えば、どんな感情を抱いているかくらいすぐ分かると思うのだが、ミナセはなぜか、それをしない。

 今も、黙々と歩くその背中を見つめることしかミナセにはできなかった。


 東に向かう道は、緩やかに上り続けている。行き着く先にあるのは小さな村。ろくに整備もされていない田舎道だが、馬車の往来はあるようで、地面にはくっきりと轍が残っている。

 七人は歩く。ひたすら黙って歩く。

 早いペースを保ったまま、みんなが一時間ほど歩いた頃。


「……鳥?」


 ふとシンシアが言った。並んで歩いていたリリアが、シンシアの視線を辿る。


「うーん、鳥にしてはちょっと変だね」


 七人の頭上、と言っても、それはかなり上空だ。ちょうどみんなが進んでいる方向に向かって、鳥のようなものが飛んでいる。


「二、四、六、八……十以上はいますね」


 数を数えるミアの隣で、フェリシアが目を凝らした。同時に索敵の方向を上に向けるが、反応はない。ただの鳥であれば、反応がないのは当然なのだが。


「フェリシア、反応はあったか?」


 ふいにマークが聞いた。


「いいえ、ありません」


 フェリシアが答えた。

 それを聞いて、マークが振り返る。


「あれは、どう見ても鳥じゃないだろう。三百メートル以上離れていてあの大きさで見えるということは、かなり大型の魔物に違いない」

「!」


 全員が目を見開いた。


「しかも、あいつらは何かを運んでいるように見える」


 言われてみんなは、改めて上空を見上げた。

 魔物たちは、すでにだいぶ先を飛んでいる。それらは、たしかに足で何かを掴んでいるようにも見えた。


「ミナセ、フェリシア、先行しろ。村が心配だ」

「はい!」

「分かりました」


 即座に二人が動いた。

 フェリシアがミナセの手を握る。そのまま集中を始め、そしてふわりと宙に浮いた。


「行ってきます」

「頼む」


 頷いて、二人は飛んだ。


「俺たちも急ぐぞ」

「はい!」


 マークに続いてみんなも走り出す。

 小さくなっていく二人と、はるか先を行く魔物たちを睨みながら、五人は村に向かって走っていった。



「何だい、あれ」


 女が空を見上げる。


「鳥じゃねぇな」


 男が言う。


「こっちに向かって来てるぞ!」


 別の男が叫んだ。

 村人たちが騒ぎ出す。騒ぎを聞いて、家の中から人が出てくる。

 それらは、間違いなく村に向かってきていた。高度を下げるにつれて、その姿が徐々にはっきりしてくる。

 大きな翼にトカゲのような顔。鳥にはあるはずのない、体表を覆う鱗。


「飛竜だ!」


 誰かが叫んだ。


「逃げろ!」


 人々が一斉に走り出した。

 ドラゴンの亜種、飛竜。ワイバーンとは比較にならないほどの巨体が、逃げ惑う村人たちに迫る。

 しかし飛竜は、なぜか人を襲わなかった。かわりに、両足に一つずつ掴んでいた妙な物体を次々と投下していく。


 ドドーン!


 落下した物体が土煙を上げた。その音と振動は、まるで大きな岩でも落ちてきたかのようだった。

 頭を抱え、あるいは腰を抜かして村人が地面にへたり込む。その頭上を通り過ぎた飛竜たちは、身軽になった体を翻して、そのまま西の空へと飛び去っていった。


「何だったんだ?」


 小さくなっていく飛竜を呆然と眺め、やがて立ち上がった村人たちは、しかしまたもや目を見開く。

 飛竜が去ったあとの空に、人が浮かんでいた。


「北東の山奥の村。ここに奴がいると思うのだが」


 空の人間が村を見下ろす。


「この騒ぎでも出てこないとは、様子を見ているのか、それとも不在なのか」


 自分を見上げる村人たちを気にすることもなく、誰かを探す。


「奴は昔から慎重だったからな。二、三人死ぬくらいでないと出て来ないのかもしれぬ。ならば」


 そう言うと、何かの呪文を唱え始めた。

 村人たちが、浮かんだまま動かない人間と、あちこちに転がる物体を怯えながら見ている。

 その村人たちの耳に、上空から声が聞こえた。


「目覚めよ!」


 途端、転がっていた物体が動き出した。

 それは人形だった。

 四角い胴体に、四角い頭と長細い手足が付いているだけの、恐ろしく不格好な人形。それが、のそのそと立ち上がる。

 驚く人々の目の前で、人形たちは何もせずに突っ立っていた。そこに、再び空から声がした。


「ゴーレムたちよ、村人を殺すのだ!」

「何だって!?」


 村人たちが後ずさる。その村人たちに、ゴーレムと呼ばれた人形が近付いてきた。

 しかし、その動きはせいぜい人が歩く程度の速さ。


「こんな奴、俺が倒してやる!」


 体の大きな男が後ろから走り寄り、持っていた鍬を一体のゴーレムに叩き付けた。


 ガキーン!


 鈍い金属音が響く。強烈な衝撃に、男が思わず鍬を取り落とした。それほどの衝撃を受けても、ゴーレムには傷一つ付いていない。

 ゴーレムが向きを変える。呆然と立つ男に向かって前進を始める。


「逃げろ!」


 村人たちが逃げ出した。村のあちこちにいるゴーレムを避けながら人々は走った。

 その様子を眺めていた空の人間が、楽しそうに言う。


「逃がしはせんよ」


 そして。


「囲め」


 小さくそれだけを言った。

 瞬間。


 ゴゴゴゴォォッ!


 突如として、村を囲むように壁が立ち上がる。高さ三メートルを越える土の壁が、逃げようとしていた村人たちの行く手を阻んでいった。

 分類するなら、それは地の魔法の第二階梯アースウォールだ。しかし、その規模はアースウォールなどという次元ではなかった。

 それは、シンシアが作った土の壁など比較にならないほど大規模なものだった。


「何だ!?」


 逃げ場を失った村人たちは、パニックに陥った。


 右に左に男が逃げ回る。

 抱き合いながら、老夫婦がへたり込む。

 泣きながら、子供が大きな声で親を呼ぶ。


 ゴーレムの動きは遅い。それでも、確実に自分たちに迫ってくる。

 閉じこめられた村人たちにとって、それは恐ろしいまでの恐怖だった。


「さあ、どうする?」


 上空で声がした。


「早く出てこないと、誰かが死んでしまうぞ」


 上機嫌な声がした。

 常軌を逸したその行いは、とても人間のものとは思えない。


「おっ、男の子が転んだ。ほらほら、泣いている場合ではないぞ。急いで逃げないと、わしのかわいいゴーレムが……」


 その時。


 シュッ!


 空気を切り裂く音がした。


「おっと、危ない」


 瞬時に上昇した体の下を、空気の刃が駆け抜ける。


「わしとしたことが、少し油断したかな」


 そう言う声に、だが焦りはまるで感じられない。

 しかし、刃が来た方向を見た瞬間、その動きが止まった。


 猛烈な速度で二人の人間が向かってくる。

 その片方を見て、驚いたように仮面がつぶやいた。


「紫の髪……」

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