不老不死
「ほぉ。北東の山奥に、そんな男がいるのか」
「はい。最近同志となった者からの情報です。少し気になったので、念のためお知らせをと思いまして」
「ふむ……。分かった。その男について、新たな情報があったら報告せよ」
「かしこまりました」
「信者が増えれば、事は一層運びやすくなる。北東地域への布教を急げと、教祖に伝えるのだ」
「はっ!」
男が部屋を出ていった。
閉じた扉を見ながら、仮面がつぶやく。
「間違いない、奴だ」
地を這うような声が、空気を震わせた。
「北東の山奥……。そう言えば、そこにもあったな」
低い声は、だが、やがて楽しそうな声へと変わる。
「計画が大詰めの時期ではあるが、さすがに挨拶くらいはしておくべきだろう」
つぶやきながら、仮面が歩き出す。
「せっかくだから、奴を驚かせてやりたいものだが……。そうだな、最近完成した”あれら”を見せてやることにしよう」
そのまま建物の外に出ると、その体がふわりと浮かび上がった。
「まったく。わしほど、この国の中を行ったり来たりしている者はおるまいて」
仮面が笑う。
「それにしても、あの男はよく働くのぉ。実験材料にするのが惜しいくらいだ」
気持ち悪い笑みを浮かべながら、どんより曇った鉛色の空へと仮面が飛び立って行った。
「社員たちがどこに行ったか知ってるか?」
「いや。門の衛兵たちも見てないって言ってたぞ」
アルミナの町から、エム商会の社員が消えた。いつの間にか、七人全員が町からいなくなっていた。
ミナセたちの定宿に人が押し掛ける。事務所の大家が問い詰められる。町の門の衛兵がなぜか責められる。
社員たちはいったいどこへ行ったのか、どうやって町を出て行ったのか。アルミナの町は、エム商会の話題で持ち切りとなっていた。
その頃、社員たちは……。
「アウル公爵って、意外といい人だったんですね」
幌布をわずかにめくって外を見ながらミアが言う。
「そういう失礼なことは、もっと小さな声で言え」
ヒューリがミアをたしなめる。
「ヒューリも、だいぶ失礼」
シンシアの冷静な突っ込みを、みんなが苦笑しながら聞いていた。
七人がいるのは馬車の中。アウル公爵率いる国内視察団のうちの、一台の馬車だ。
イルカナを仕切る三人の公爵。その中の一人で、治安維持以外の内政を一手に担っているのがアウル公爵だ。
神経質そうな顔立ちに鋭い目付き。得意げにメガネを押し上げるその姿は、どうにも取っ付きにくい印象が強い。
そのアウル公爵が、エム商会のエルドア行きに協力をしていた。
社員たちが一行に紛れ込んでいることを知っているのは、同行している兵士の中でもごく一部に限られている。
社員たちの移動は、密やかに、細心の注意を払って行われていた。
一行は、イルカナ南部を東西に走る街道を東に向かって進んでいた。それはロダン公爵が、エルドアの次期国王アルバートを護衛しながら進んだ道順のちょうど逆になる。
途中いくつかの町や村に立ち寄りながら、一行は順調に旅を続けた。
やがて視察団は、イルカナ南東のとある町の手前までやってきた。
その時。
バキッ!
一台の馬車の車軸が、ものの見事に折れた。ケガ人はいなかったものの、その馬車は動けなくなってしまう。
時刻はまもなく夕暮れ。修理は翌日行うことにして、一行はその場で宿営をすることになった。
そして夜。
「本当にお世話になりました」
「戦争になれば、莫大な費用が掛かります。この程度の労力で出費が抑えられるのであれば、どうと言うことはありません」
礼を言うマークに、アウル公爵が淡々と返す。
公爵らしい返答にこっそり微笑みながら、マークが頭を下げた。
「ではここで」
全員で頭を下げて、社員たちは暗闇の中へと消えていった。
メガネを押し上げながら、アウル公爵が小さくつぶやいた。
「成果を期待していますよ」
一度通った場所とは言え、わずかな星明かりしかない上に、そもそもそこは道ではない。先頭を歩くミナセが慎重に進んでいく。
「こんなところを、小さな子どもが歩いたんですね」
「そうね。アルバート様はよく頑張ったと思うわ」
リリアのつぶやきにフェリシアが答える。
「足下がよく見えません。マジックライト、使ってもいいですか?」
「ダメに決まってるだろ。虫が寄ってくる」
ぼやくミアを、ヒューリが黙らせる。
「使っちゃダメなのは、目立つからだ」
先頭のミナセが呆れる。
「虫は、きらい」
シンシアの声に、マークが笑っていた。
ミナセとフェリシア、そしてアルバートたちが通った山越えルート。七人は、それを反対に辿っている。
エルドアに向かうなら、もっと西から山を越えた方が近い。それなのに、七人はあえて遠回りとなるこの東寄りのルートを進んでいる。
「それにしても、ミナセは水臭いよな」
「そうよ。できることがあったら何でもするって言ったのに」
後ろからヒューリとフェリシアの声が聞こえる。
「だから悪かったって」
アルミナの町を出て以来何度も言われたその言葉に、ミナセが決まり悪そうに答えた。
人の心を持つ少女。
人ではない体を持つ少女。
ミナセの胸の中で、今もクレアは笑っていた。
胸の中で、今もミナセはクレアに詫びていた。
そのクレアは、”先生”と一緒に暮らしていたと言っていた。クレアは、”先生”によって作られた可能性が高い。
プリーストの魔法で消滅したクレアは、一般的な魔物とは少し違う存在だと思われる。しかし、魔石を核とし、魔力で体を維持するという意味では同じだ。
エルドアとの国境付近に発生している、人為的に作られているであろう大量の魔物。その謎を解く鍵を、”先生”が持っているかもしれない。
それを確かめるため、エルドアの北東にある小さな村に行くという説明が、出発直前にマークからされていた。
「ミナセって、ほんとに秘密が多いよな」
「ミナセって、いっつも一人で抱えちゃうのよね」
「ミナセは、謎の女」
「ミナセさんは、魔性の女!」
「ミアさん、それは違います」
社員たちは言いたい放題だ。
ミナセがうなだれる。
マークが苦笑する。
暗闇を恐れることもなく、七人は南に向かって進んでいった。
小さな窪地で仮眠をとった七人は、夜明けと同時に山を登り始めた。急な斜面をものともせず、社員たちはぐんぐん山を登っていく。尋常ではないその早さに、しかしマークも平然とついていく。
休むことなく登り続けた七人は、太陽が真上に来る前に街道に出た。
「ここまで来れば、俺たちを知っている人もそういないとは思うが、念のためマントは着ておいてくれ」
「はい」
全員が、フード付きのマントをしっかりと着る。
「なるべく人とは顔を合わせたくない。フェリシア、索敵を頼むぞ」
「お任せください」
フェリシアが微笑む。
「じゃあ行くか」
マークの声で、みんなは歩き出した。
一行が最初に目指すのは、この街道を進んだ先にある村だ。その村で、ミナセはクレアの情報を掴んでいた。
アルバートが一緒だった時と違って、今は社員のみ。そのペースは段違いだ。
前から来る旅人は林に隠れてやり過ごし、同じ方向に歩く行商人はフードを被ってさっさと追い越し、襲い掛かってきたゴブリンは瞬殺して、七人は南下を続ける。そして七人は、行きの半分ほどの日数で村に辿り着いた。
駐屯所の手続きは、ロダン公爵が影の老人を通じて手配してくれた通行証であっさり終えることができた。
晴れて入国を果たした七人は、ミナセが話を聞いた老夫婦のもとへと向かう。夫婦は、以前と同じように、家の軒先でのんびりと日向ぼっこをしていた。
「こんにちは。また来てしまいました」
にこやかにミナセが声を掛ける。
「あんたは……おぉ、女の子のことを聞きに来た」
「よく来なすったねぇ」
おじいちゃんとおばあちゃんは、ミナセのことをちゃんと覚えてくれていた。
「そちらさんたちは?」
「私の会社の同僚です」
「ほお、そうかい」
にっこり笑う老夫婦に、社員たちが揃って頭を下げる。
「早速ですが、女の子のことをもう一度聞かせてはいただけないでしょうか」
「そうだのぉ。わしらもそんなに詳しくは知らんのだが」
そう言いながらも、二人は覚えている限りのことを話してくれた。
お姉ちゃんと一緒に薬草を売りに来ていた女の子。
その女の子を、お姉ちゃんが”クレア”と呼んでいたこと。
姉妹は、東にある小さな村に住んでいたこと。
そして、姉妹の姿はもう何年も見ていないこと。
二人の話は以前と変わらなかった。やはりその村に行ってみるのが一番なようだ。
話を終えた二人に、それまで黙っていたマークが聞いた。
「その村に、”先生”と呼ばれている人はいるでしょうか?」
「はて、先生のぉ」
おじいちゃんが首を傾げる。
「聞いたことはないねぇ」
おばあちゃんも、少し考えてから答えた。
「分かりました。ありがとうございました」
マークが二人に礼を言う。
すると、おじいちゃんが反対にマークに聞いた。
「その村に、いったい何があるんじゃ? つい最近も、村のことを聞いて回っていた男がおったが」
「そうなのですか?」
驚くマークにおじいちゃんが頷く。
「私らも聞かれたわねぇ。だけど、あんまり感じのいい人じゃあなかったよ」
隣でおばあちゃんも言った。
「その男も、女の子や先生のことを?」
「いいや。男が聞いてきたのは、ずいぶんと馬鹿げたことだったわい」
「馬鹿げたこと?」
「そうじゃ。男はな、わしらにこう聞いたんじゃ」
その村に、不老不死の人間がいると聞いたことはないか?
「!」
マークの目が、大きく広がった。
「当たり前じゃが、聞いたことはないと答えたよ」
「そんな人、いたらお目に掛かりたいわよねぇ」
二人がのんびりと答える。
答えた二人を前にして、マークは目を開いたまま動かない。
あまりに動かないマークにかわって、ミナセが二人に言った。
「ありがとうございました。いろいろと助かりました」
「お役に立てましたかな?」
「はい、とても」
そのやり取りで、ハッとしたようにマークが動き出す。
「ありがとうございました。いろいろと助かりました」
ミナセとまったく同じ台詞を聞いて、老夫婦が笑った。
「いやいや、そんなに気にせんでええ」
「村に行くなら気を付けてね」
二人に頭を下げて、マークはそこから離れた。
首を傾げながら、みんなもマークに続く。
「社長?」
「……何だ?」
ミナセの声にも、マークの反応は鈍い。
「いえ、何でもありません」
うつむくミナセを見て、しかしマークは声を掛けない。
「日が暮れる前には村に着きたい。急ごう」
歩みを早めるマークを不思議そうに見ながら、みんなもその後に続いて歩いていった。
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