ランクA
ここは上級ダンジョンの奥深く。そこにいるのは、たとえギルドのガイドラインを満たしたパーティーでも油断できない魔物ばかり。
そのはずなのに。
「おらおらぁ!」
双剣が唸る。
「めんどくさい!」
双剣が疾る。
魔法を使うこともなく、剣だけで二人が魔物を圧倒していく。
魔物の種類が虫系から人型、あるいは動物系に変わっていた。シンシアが、ヒューリと並んで戦うようになった。攻撃力が上がった。攻略ペースが格段に上がった。
魔石を拾いながら、男たちがささやき合う。
「ランクAって、あんなに凄いんだな」
「やっぱり、俺たちにこのダンジョンは無理だったんだよ」
ランクAの冒険者がいたら、きっとつぶやいていたことだろう。
あんなの、ランクAでも無理だから……
驚異的な強さで魔物を倒し続ける二人と、二人の後ろを魔石を拾いながらついてくる男たちは、ついにダンジョンの最深部、ボスのいる部屋へと辿り着いた。
部屋の扉を少しだけ開けて、ヒューリが中の様子を確認する。
「暗くてよく見えないけど、まあ、入ってみるか」
そう言うと、後ろを振り向くこともなく、ヒューリはさっさと中に入っていった。
「お、俺たちも?」
男たちは、全員腰が引けている。
それをシンシアが睨んだ。
「約束、破る?」
「あ、いや……」
「じゃあ、入って」
「はい……」
男たちが、恐る恐る扉に近付いていく。
男たちが、扉の前で足を止める。
ちらりと中を覗き込んで、一歩下がる。
「じれったい!」
躊躇う男たちを、シンシアが押し込んでいった。最後にシンシアが入って扉を閉める。
全員が入ったところでヒューリが言った。
「やっぱりよく見えないな。シンシア、明かりの範囲を広げてくれ」
「分かった」
頷いて、シンシアがお願いをした。
途端。
「うぎゃー!」
「無理ー!」
「お母さーん!」
男たちが悲鳴を上げる。
「助けてくれ!」
「やめる! 俺はやめる!」
パニックを起こした男たちが、ヒステリックに叫びまくった。
「うるさい!」
ドカッ!
バキッ!
それを、ヒューリが黙らせた。
「ヒューリ、乱暴」
「ちょうどいいじゃんか。これで全力で戦える」
気を失った男たちの前で、ヒューリがフード付きのマントを脱ぎ捨てた。
「やっぱ、マントとかフードって邪魔だよな」
肩をグルグル回すヒューリを呆れ顔で見ていたシンシアも、結局マントを脱いだ。
部屋の中を見渡して、ヒューリが言う。
「しっかし、凄い数だな」
その隣で、自分のマントと、ヒューリのマントもきちんと畳んで地面に置きながらシンシアが言う。
「めんどくさい」
部屋はかなり広かった。その部屋の半分が、ミノタウロスで埋め尽くされている。
その群の向こう、部屋の最奥にいた。
普通のミノタウロスの二倍近くある、大きくて屈強な体。巨大な斧を手にこちらを睨んでいるのは、このダンジョンのボス、ミノタウロスキングだ。
強力なボスに加えて、配下のミノタウロスたちがざっと百体以上。少人数のパーティーでは攻略が困難と言われる理由がこれだった。
「さあ、シンシア。今こそお前の力を見せる時だ」
ヒューリがシンシアを見る。
「ここまで取っておいた魔力を、ここで解放するんだ」
シンシアの肩に、ヒューリが手を載せる。
「虫たちに使ったあの魔法で、こいつらを一気に……」
「いやだ」
「……は?」
ヒューリがポカンと口を開けた。
「ここで一気に……」
「いやだ」
シンシアは、ヒューリを見向きもしない。
「魔力、もうないのか?」
心配そうにヒューリが聞いた。
すると。
「まだある。でも、ここで使うのはいや」
「何でだよ!」
真っ赤な顔でヒューリが迫る。
「さっきの魔法を使えばこいつらを一掃できるだろう? ボスにだってダメージを与えられるだろう? そしたら、ボスも楽勝で倒せるんだぞ?」
「いやなものは、いや」
「かぁー!」
ヒューリが頭を抱えた。
「シンシア! お前……」
「のんびりしてる時間はない。魔物が来た」
「くっそー!」
シンシアの言う通り、ミノタウロスたちがこちらに向かって進んできている。
「行く」
双剣を抜き放って、シンシアが走り出した。
「シンシアのバカ! 役立たず!」
悪態をつきながら、ヒューリもミノタウロスの大群に飛び込んでいった。
ここに来るまでも、二人はミノタウロスを圧倒してきている。その二人が、今さら手こずるはずもない。
それでも、一度に百体以上のミノタウロスを相手にするのは簡単ではなかった。
二人はとにかく剣を振るった。四本の剣が、休むことなくミノタウロスを斬り続けた。
やがて。
「残りの雑魚は私がやる。責任取って、ボスはお前がやれ!」
ミノタウロスが残り十体を切ったところで、ヒューリが叫んだ。
「仕方ない」
いやそうな顔をヒューリに見せてから、シンシアが走り始めた。
向かってくるシンシアを、巨大な斧が迎え撃つ。
大きな体に似合わず、ミノタウロスキングの動きは速かった。驚くほど鋭い一撃が、シンシアの頭上から降ってくる。
しかし。
「遅い」
加速したシンシアが、ミノタウロスキングの足を狙う。その太い足を、双剣が斬った。
「グアァ!」
巨体が膝をつく。その体に双剣が襲い掛かる。
無数の剣撃を受けて、なす術なくミノタウロスキングは地面に崩れ落ちていった。
同じ頃、ほかのミノタウロスも全滅した。
「ハァ、ハァ」
さすがの二人も息が荒い。
「ちょっと、ハァハァ、疲れた」
「誰のせいだ!」
こぼすシンシアに、ヒューリが突っ込む。
「まったく、ハァハァ、お前が魔法を使えば、ハァハァ、簡単だったのに」
「いやなものは、ハァハァ、いや」
「だから、ハァハァ、何でだよ!」
最深部制覇を喜ぶこともなく、二人のやり取りは続く。
やがてそのやり取りも落ち着き、呼吸も落ち着いた二人は、改めてボスのいた場所を見下した。
そこには、ボスが落とした秘宝があった。
「おっきな斧」
「ミノタウロスキングの斧ってやつだな。この斧を持つ者には、常に筋力強化の魔法が掛かった状態になる。それなのに、自分の魔力が減ることはない。ちょっと重いのが難点だけど、こいつの破壊力は抜群だ」
ヒューリの解説を、シンシアが感心したように聞いている。
「ま、私たちは使わないからな。これはあいつらにくれてやろう」
入り口でノビている男たちをヒューリが見た。
「それよりも」
ヒューリが歩き出す。
「ボスが出現した辺りから、さらに奥の壁際……」
ぶつぶつ言いながら、ヒューリが壁際へと歩いていく。
「ここ、かな?」
地面を見つめるヒューリの隣にシンシアもやってきた。
「ぜんぜん分からない」
「まあ、分かっちゃったら隠した意味がないからな」
シンシアに答えながら、ヒューリがその場にしゃがむ。そして、用意していた小さなスコップを鞄から取り出すと、足下の地面を掘り始めた。
叔父から教えてもらった隠し場所。坑道の最深部、ボスの部屋のさらに奥。その地面を、ヒューリは慎重に掘り進めていく。
やがて。
カツッ!
スコップが、固い何かに当たった。
ごくりと唾を飲み込んで、ヒューリがそれを掘り出していく。
そして。
「あった!」
ヒューリが小さな箱を取り出した。土をきれいに払って、そのふたに手を掛ける。
「開けるぞ」
「うん」
シンシアを一度見てから、ヒューリがふたを開けた。
「これだ!」
出てきたのは指輪。叔父の言っていた通りの、美しく輝く深紅の石。
「ヒューリ!」
シンシアがヒューリに抱き付く。
「よし!」
ヒューリが拳を握る。
神殺しの封印を解くための石。そのうちの一つを、二人は手に入れた。
「父上……」
つぶやくヒューリの目には、涙が滲んでいた。
指輪を箱にしまい、それを鞄に入れると、二人は部屋の入り口に戻った。マントを着てフードを被り直すと、男たちの頬を叩いて回る。そして、目を覚ました男たちに有無を言わさず魔石を拾わせた。
「あれを全部倒したのか!?」
「ランクAって、やっぱり凄いんだな」
驚き、感心しながら男たちが魔石を拾っていく。それがすべて終わると、ヒューリは、男の一人に秘宝の斧を渡した。
「ほれ、やるよ」
「えっ、い、いいんですか!?」
目を丸くする男にシンシアが言った。
「あなたたちは、約束を守った。それは、そのご褒美」
「ありがとうございます!」
男たちは感激しきりだ。かわるがわる斧を持っては、子供のようにはしゃいでいる。
「じゃあ帰るぞ」
「はい!」
大きな声で返事をする男たちは、すっかり従順になっていた。
戻る時も、男たちに出番はない。ヒューリとシンシアが、バッタバッタと魔物を倒していく。
破竹の勢いで進んで来た一行は、やがて、鬼門の”虫エリア”へとやってきた。
「シンシア、泣き言は言うなよ」
ヒューリが言う。
「言わない」
顔色一つ変えずにシンシアが返事をする。
「なんだ、さすがのお前も耐性がついたのか?」
不思議顔のヒューリを無視して、シンシアが前に出た。
「お、やる気だな」
感心するヒューリの前を、シンシアが無言で歩き出す。ヒューリと男たちがついていく。やがて、あれらが現れた。大きな口や大きな目。気持ちの悪いその姿。
それらを正面から見据えて、シンシアが言った。
「お願い」
直後、猛烈な炎が巻き起こり、虫たちを一気に焼き払っていく。
「あ、お前!」
ヒューリが声を上げた。
「ボス戦で魔法を使わなかったのって、このためだな!」
「当然」
「シンシアァ!」
二人がけんかを始めた。恐ろしく高度なその攻防を、男たちが呆然と見つめる。
ふと、男の一人が言った。
「ランクAって、本当に凄いんだな」
別の男がそれに続く。
「俺たち、ランクAになんて一生なれないな」
ランクAの冒険者がいたら、きっとつぶやいていたことだろう。
あんなの、ランクAでも絶対無理だから……
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