冒険者の心理

 次々と現れる魔物をヒューリが倒していく。

 ヒューリが逃した魔物を、シンシアが泣きながら倒していく。

 ジャイアントワームにジャイアントスパイダー、そしてジャイアントフライ。

 芋虫もクモもハエも、実物サイズなら問題なかった。しかし、その大きさがシンシアの腰ほどの高さもあると、冷静ではいられない。


「もういやだ! もう帰る!」

「もう少しだ、頑張れ!」


 ヒューリに励まされながら、どうにかシンシアは前へと進んでいった。


 坑道に入ってから二時間。常識では考えられないペースで進んでいるのだが、それでもまだ最深部には届かない。

 ヒューリの後ろを歩きながら、シンシアが聞いた。


「あと、どれくらい?」

「このペースで、一時間ちょっとってとこだな」


 シンシアが悲しげにうつむく。


「この先も、魔物はいるの?」

「そりゃあいるさ。しかも、この先から手応えのある奴らが出てくるぞ」


 シンシアががっくりと肩を落とした。

 体力には余裕があった。魔力の残量も問題ない。問題は、気持ち悪い魔物を相手に接近戦を続けなければならないことだ。


「全部、魔法で倒してもいい?」

「だめだ。さっきも言っただろ、魔力はマジックライトとボス戦に……」


 言いながら振り向き掛けたヒューリが、突然立ち止まる。


「明かりを消せ」


 鋭い声に、シンシアが慌ててマジックライトを止めた。


「人の声が聞こえた。ここから壁を伝って進むぞ」

「分かった」


 即座にシンシアも気を引き締める。

 二人は、壁に手を当てながら少しずつ前へと進んでいった。やがて、シンシアの耳にもはっきりと人の声が聞こえてきた。


「やっぱり、俺たちじゃあ無理だったんじゃないか?」

「今さらそんなこと……」

「いや、こいつの言う通りだ。ランクAがいないパーティーに、このダンジョンは無理だったんだよ」

「じゃあどうすんだよ! 戻るにしたって、体力も魔力も残っちゃいないんだぞ!」


 どうやらこの先に、進むことも引くこともできなくなったパーティーがいるらしい。


「マップを見る限り、この場所は魔物があまり出ないようだ。ここで休んで、体力と魔力を回復してから出口を目指そう」

「まあ、そうだな。それしかないか」


 パーティーの方針は決まったらしい。

 しかし。


「まいったな」


 ヒューリがつぶやいた。


「ここは迂回路のない一本道だ。あいつらが動かないと、私たちが進めない」


 少し先に、弱々しく揺れる明かりが見える。そこにパーティーがいるのだろう。


「どうする?」


 シンシアに聞かれたヒューリは、少し考えてから言った。


「フードを被れ。強行突破する」

「分かった」


 二人がフードを被る。


「明かりは最小限で頼む」

「分かった」


 シンシアが頷く。


「じゃあ行くぞ。せーの!」

「お願い!」


 ピカッ!


 明かりが灯ると同時に二人は走り出した。


 タタタッ!


 足音が坑道に響き渡る。


「なんだ!?」


 驚くパーティーの横を、二人が駆け抜けた。

 その瞬間、男の一人が叫んだ。


「やばい、暴走だ!」


 全員が跳ねるように立ち上がる。


「逃げろ!」


 慌てふためく男たちは、なぜかヒューリとシンシアを全力で追い掛け始めた。

 男たちが、走りながら二人に向かって叫ぶ。


「お前ら、マナー違反だぞ!」


 男たちは、大いなる勘違いをしていた。ヒューリとシンシアが魔物から逃げていると思ったのだ。

 二人の後には魔物がやってくる。それも、おそらく大量の魔物がやってくる。


 ヒューリが、男たちの勘違いに気付いて後ろに叫んだ。


「違う、私たちは逃げてるんじゃない!」

「嘘をつけ!」

「魔物の大群なんて押し付けられてたまるか!」

「かぁー!」


 ヒューリが頭を抱えた。

 完全に誤算だった。男たちが追い掛けてくるとは思いも寄らなかった。

 ヒューリは、ダンジョンに潜った経験はあっても、冒険者の経験はない。冒険者の心理を完全に読み違えてしまった。


 振り切ろうと思えば振り切れる。しかし、そうなったら男たちはパニックを起こすだろう。下手をすると、このパーティーを全滅させてしまうかもしれない。

 などと考えているうちに、ヒューリは前方に魔物の気配を捉えた。このまま突っ込むと、自分たちはともかく、男たちが危険だ。


 仕方がない!


 ヒューリが止まる。


「バカ、止まるな!」


 男の一人が足を止めずに怒鳴った。

 その男にヒューリが言った。


「この先に魔物がいるぞ」

「なにっ!?」


 男たちも止まった。


「挟まれたのか!?」

「もうおしまいだ!」


 肩で息をしながら男たちが怯える。やはり男たちは冷静ではなかった。

 そんな男たちを放置して、ヒューリがシンシアに言う。


「とりあえず、この先にいる魔物を倒すぞ」

「……」


 シンシアは無言。明らかに気乗りしていない。

 そのシンシアの顔を、ヒューリが両手で挟んだ。


「うー!」


 ほっぺたをグリグリされて、シンシアがもがく。

 その顔を、ヒューリが無理矢理前方へと向けた。


「ほら、よく見てみろ。お前の嫌いなタイプじゃないだろ?」


 顔を挟まれながら、シンシアが前を見た。

 男たちも前を見た。

 そして、またもや男たちが騒ぎ出す。


「まずい、ミノタウロスだ!」

「ミノタウロスがあんなにいる!」

「もうだめだ!」


 人の体に牛の頭。その手には大きな斧。

 人間よりも一回り体が大きく、それでいて動きが早い。斧の一撃は非常に重く、安物の防具など意味をなさない。

 初級冒険者なら、戦わずに逃げることが推奨されている。

 中級冒険者でも、気が抜ける相手ではないとされている。

 そのミノタウロスが、ざっと見ただけでも十体以上いた。


 ガタガタと震える男たちの横で、ヒューリから解放されたシンシアが言った。


「あれなら、大丈夫」


 シンシアが剣を抜く。


「だろ? じゃあ行くぞ」

「分かった」


 直後、二人は何の躊躇いもなく走り出した。

 目を丸くする男たちの前で、四本の剣が煌く。


「ギャッ!」


 ミノタウロスが悲鳴を上げる。


「グホッ!」


 斧を振るう間もなくミノタウロスが崩れ落ちる。

 みるみるうちに数が減っていく。そして二人は、あっという間にミノタウロスを全滅させてしまった。


「……」


 男たちは声もない。剣を納めて戻ってくる二人を、ただ黙って見つめている。

 その男たちを見ながら、ヒューリは困っていた。


 男たちを見捨てることは、さすがにできない。だが、助けたとしても、町に戻って二人のことを喋られるのは都合が悪い。そもそも、男たちを助けている時間がもったいない。


 どうしたらいいんだ?


 ヒューリが顔をしかめた。

 すると。


「私たちは、ランクAの冒険者」


 突然シンシアが話し出した。


「私たちは、最深部に行く。だから、あなたたちに付き合っている暇はない」


 フードを被ったまま冷たく言い放つ。

 男たちは動揺した。二人の強さを見て希望が湧いたところだったのに、あっさりとそれが打ち砕かれた。


「だけど」


 目を伏せる男たちに、シンシアが言った。

 

「こちらの条件を飲むなら、あなたたちを助けてあげてもいい」

「飲みます!」

「飲みますとも!」


 男たちが一斉に声を上げた。

 この際どんな条件でも構わない。必死の形相で男たちはシンシアを見つめた。


「条件は四つ。私たちと一緒に最深部まで行くこと。私たちが倒した魔物の魔石を拾うこと。私たちのことを詮索しないこと。ダンジョンを出た後、私たちのことを誰にも言わないこと」


 シンシアの言葉に、男たちは大きく頷いた。


「もし約束を破ったら、あなたたちに、大変なことが起きる」

「た、大変なこと?」


 大変なことって……?


 あれこれ考え始めた男たちに、シンシアが聞いた。


「条件は、分かった?」

「分かりました!」


 とにかく男たちは答えた。


「約束は、破らない?」

「破りません!」


 ひたすら男たちは頷いた。


「じゃあ、ついてきて」


 そう言うと、シンシアはさっさと歩き出した。

 男たちが慌ててついていく。

 ヒューリも慌ててついていく。


「あの二人、女だよな?」

「だけど、めちゃくちゃ強いよな」

「しかも、めちゃくちゃ美人の予感が……」


 男たちがコソコソと話している。

 その前を歩きながら、ヒューリが小声で言った。


「お前って、時々凄いな」


 フードの奥からシンシアが答えた。


「私は、いつも凄い」

「いや、それはない……うがっ!」


 学習しないヒューリが、わき腹を押さえて唸っていた。

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