ジャイアントワーム

 クラン城を離れた二人は、山の中で太陽をやり過ごした後、ティアス坑道へと向かった。

 上級ダンジョンとされるその坑道は、複雑に入り組み、出現する魔物も手強い。そして、その最深部には秘宝持ちのボスがいる。

 冒険者ギルドのガイドラインでは、最低でも5名以上、全員がランクB以上、ランクAを一名以上含むパーティー編成が推奨されている。ほかのダンジョンと比べても、その攻略にはかなり高いレベルが要求されていた。

 日は完全に落ちているが、時刻はまだ宵の口。振り返れば、町の灯りが煌々と灯っている。ヒューリの計算だと、この時刻にダンジョンに入れば、夜明けまでに最深部との往復が可能なはずだった。


「見えた」


 前を歩くヒューリが小さく声を上げた。シンシアが、ヒューリの背中から顔を覗かせる。

 見れば、魔石のランプに照らされて、坑道の入り口が闇の中に浮かび上がっていた。


「道案内は任せとけ。シンシアは明かりを頼む」

「分かった」

「時間節約のために、途中にいる魔物は全部無視したいところだけど、そうはいかない。ある程度は魔物を倒しながら進むしかないだろう」

「どうして?」

「私たちを追い掛けて、大量の魔物が集まって来ちゃうからだ。私とシンシアだけなら、その方がまとめて倒せるから都合がいいけど、もしほかの冒険者がいたら大変なことになるからな」

「こんな時間に、冒険者がいるの?」

「いてもおかしくはないな。ダンジョンの中は暗いから、探索するのに昼も夜も関係ない。ライバルが少ないからっていう理由で、夜を選ぶパーティーもいるんだよ」


 ダンジョン探索の経験が少ないシンシアは、ヒューリの話を神妙に聞いていた。


「冒険者がいたら、基本は迂回。迂回できない場合は、フードを被って強行突破だ」


 明るくなる前には坑道を出て、森か山に身を潜めなければならない。時間に制限がある以上、多少のリスクは仕方がなかった。

 ヒューリの話が終わったところで、ちょうど二人は坑道の入り口に着いた。


「じゃあ、行くか」


 躊躇うことなくヒューリが坑道へと入っていく。


「やっぱり、濃い」


 つぶやきながら、シンシアも入り口をくぐっていった。



「お願い」

「おぉっ!」


 シンシアがお願いすると、二人の周りが一気に明るくなった。

 トーチライトのような弱々しい明かりではない。それは、ミアが使ったものと同じ明かり。光の魔法の第三階梯、マジックライト。

 あの時ミアが見せてくれた。だからシンシアにもイメージができた。イメージさえできれば、シンシアに発動できない魔法はない。


「精霊使いって、やっぱ凄いな」

「でも、ミアほどじゃない」


 感心するヒューリに、ぼそっとシンシアが言った。

 マジックライトは魔力消費が激しい。いくら効率よく魔力が使えるからと言っても、ミアのように広範囲かつ高輝度を保つことは、シンシアにはできなかった。


「これだけ明るければ十分だ。それよりも」


 ヒューリが、シンシアの顔をのぞき込む。


「お前、体調悪いのか?」


 シンシアの表情が何となく冴えない。

 心配そうなヒューリを見て、シンシアが答えた。


「霊力が濃くて、ちょっと息苦しいだけ。慣れれば問題ない」

「霊力か。私には何も感じないけど、お前には分かるんだったな」


 精霊の力の源とも、自然界を支える力とも言われている霊力。その濃度が、以前修行で潜った洞窟ダンジョンよりもずっと濃かった。

 霊力の濃い部分に魔石が生まれ、その魔石をもとに魔物が作られる。手強い魔物が多いことと霊力が濃いことには、やはり関係があるのかもしれなかった。


「無理はするなよ」

「分かった」


 頷くシンシアの肩をポンと叩いて、ヒューリが歩き出す。軽く深呼吸をして、シンシアも後を追っていった。


 ヒューリは進む。迷うことなく進んでいく。

 このダンジョンには、冒険者の救助のために何度か来ていた。複雑な内部の構造も、鉱山の国クランで生まれ育ったヒューリにとって、覚えるのはたやすかった。


「この先から魔物が出てくる。場所によってはウジャウジャ出てくるから、頑張って倒すんだぞ」

「……」


 ウジャウジャという言葉に、シンシアが顔をしかめる。

 シンシアが戦ったことのある魔物と言えば、バットやスパイダーなどの超初心者向けの魔物と、ブラックドラゴンという超弩級の魔物だけだ。上級ダンジョンの魔物と言われても、ピンと来ない。


「来るぞ!」


 ヒューリが鋭く叫んだ。

 シンシアが身構える。

 その目が捉えた。


 身体を伸縮させながら迫ってくる白い虫。

 目も耳も鼻もない、口だけしかないその顔。

 歯なのか触手なのか分からないものが、丸い口の周りにびっしりと生えている。

 その口の直径は、シンシアの身長の半分くらい。つまりそれは、とても大きな口。

 そんな虫が、ウジャウジャいた。


「ジャイアントワームだ。動きは遅いし攻撃は単純だから……」

「いやーっ!」


 ヒューリの声を遮るように、シンシアの悲鳴が響き渡った。


「嫌い! 気持ち悪い! 来ないで!」


 絶叫。

 そして。


「お願い!」


 ゴーッ!


 突然、猛烈な炎が発生した。地獄の業火と見紛うばかりの猛烈な炎が、ジャイアントワームの群れを焼いていく。


「こ、こらっ!」


 ヒューリが慌てて後退するが、シンシアはそこから動かない。


「バカ、落ち着け!」


 ヒューリが、シンシアの頭をひっぱたいた。


「あうっ!」


 頭を押さえてシンシアがうずくまる。

 同時に炎が消えた。

 ウジャウジャいたジャイアントワームはきれいに一掃。あとには、キラキラ光るたくさんの魔石が転がっていた。


 フェリシアがいたら、解説をしてくれたに違いない。

 火の魔法の第四階梯、インフェルノ。閉ざされた空間で使うと非常に効果的、かつ非常に危険という強力な魔法だ。攻撃対象、つまりジャイアントワームとの距離が離れていたからよかったものの、下手をすれば自分たちまで焼かれてしまうところだった。

 ただし、離れた対象に使っている時点で、すでに第四階梯の域は超えているのだが。


「あのなぁ、あいつらは見た目が気持ち悪いだけで、大して強くないんだよ。こんなところで魔力を使っちゃったらもったいないだろう?」

「だって……」

「だってじゃない! ここにいる魔物くらい、お前の実力なら剣だけで倒せるはずだ。魔力は、マジックライトとボス戦のためにとっておけ」


 涙目でうずくまったままのシンシアを、ヒューリが睨む。


「まったく」

「うぅ」


 シンシアが、叱られている子供のようにしょげている。


「ほら、行くぞ」


 ヒューリに手を取られて、シンシアは立ち上がった。


「次に魔物が出てきたら、私が突っ込む。私が討ち漏らしたやつを、お前が片付けてくれ」


 こくり


 頷くシンシアの頭をガシガシと撫でて、ヒューリが歩き出した。

 左右の腰の剣をぎゅっと握って、シンシアも歩き出す。その目が、地面に転がるたくさんの魔石を見つめた。


「ヒューリ、この魔石は……」

「時間がないんだ。置いてけ」

「もったいない……」


 落ち込みながらもそれを気にするシンシアは、やっぱりしっかり者なのかもしれなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る