護衛完遂

 リリアに恐れをなした盗賊たちは、首領四人が揃って降参したこともあって、そのほとんどがその場で投降した。

 地べたに正座をして恭順の姿勢を示す盗賊たちに、リリアが問う。


「皆さんは盗賊です。盗賊や山賊は、捕まれば死刑です。それは分かっていますよね?」

「はい……」


 首領その一がうなだれる。


「皆さんは、この場で殺されても文句は言えない立場です。それも分かっていますよね?」

「それは……」


 首領その二が何かを言い掛けるが、リリアの険しい顔を見て口をつぐむ。

 肩を落として地面を見つめる男たちに、リリアがさらに聞いた。


「捕まれば死刑、殺されても文句は言えない。そんな危険なことを、なぜ皆さんは続けているんですか?」


 聞かれた男たちは答えない。しかし、その中の何人かは、顔を上げてリリアを強く睨んでいた。


 お前に何が分かる!


 普通の人間なら体がすくんでしまいそうなその視線を、リリアが正面から受け止める。そして、目の前から敵意を向ける首領その三を見つめると、表情を和らげて言った。


「よかったら、首領さんがどうして盗賊をやっているのか、聞かせていただけませんか?」

「はぁ?」


 思い掛けない言葉に首領は驚いた。

 じっとリリアを見つめ、やがて首領が言った。


「いいだろう。幸せに生きてきたお前なんかじゃ想像もできない、不幸な男の話を聞かせてやる」


 敵愾心を剥き出しにした首領が、正座を崩してあぐらをかいた。

 その前に、リリアが座る。きちんと正座をして、真剣な顔で首領を見る。


「お願いします」


 頭を下げるリリアに、再び首領は驚いた。

 その姿に毒気を抜かれ、気勢をそがれた首領は、横を向いて咳払いをする。


「じゃあ、話すぞ」


 急におとなしくなった首領が、自分の身の上話を始めた。



 話を聞き終えたリリアが、涙ぐみながら頭を下げる。


「聞かせていただいて、ありがとうございました」

「いや……」


 首領が恥ずかしそうに脇を向いた。

 

「大変な経験をされてきたんですね」

「ま、まあな」


 涙を拭うリリアを首領が見る。そして首領は、ぐるりと周りを見回してから、リリアに言った。


「ここにいる連中は、多かれ少なかれ、俺みたいな経験をしてるんだ。盗賊をやってるのには、それなりの理由があるんだよ」


 どこか寂しげな声に、リリアが頷いた。


「そうなんですね、分かりました。そちらの首領さんも、やっぱり大変な苦労をされてきたのでしょうか?」

「え? そ、そうだな」


 突然聞かれた首領その四が、慌てて答えた。


「首領さんのお話も、よかったら聞かせていただけませんか?」

「俺の? ま、まあ、いいだろう」


 こうして、首領その四も語り出す。

 話が終わると、リリアはやっぱり涙ぐみながらお礼を言った。そして、残りの二人の首領の話も聞きたいと頭を下げる。

 首領その一とその二も生い立ちを語り、リリアが真剣に耳を傾ける。話を聞き終えたリリアは、お礼を言って涙を拭くと、突然立ち上がった。


「皆さんは、大変なご苦労をされてきたんだと思います。頑張ったけど報われなかった。まっとうに生きたかったけどできなかった。だから盗賊をするしかなかった」


 リリアの声を、賊の男たちが聞く。


「だけど、盗賊をすることがいいことだとは思えません。それは皆さんも分かっていると思います」


 先ほどと違って、その言葉に反発はない。

 賊たちは、おとなしく続きの言葉を待った。


「だから」


 リリアが、一人一人を見て言った。


「皆さん、これからの生き方を変えてみませんか?」


 賊たちが驚く。そして、悲しげに首を振った。


「今更だよ、お嬢ちゃん。俺たちにほかの生き方なんて……」

「そんなことはありません!」


 強くリリアが否定する。


「私だって、もしかしたら道を踏み外していたかもしれないんです。でも、私には社長やミナセさんがいた。会社のみんながいてくれた」


 そう言うと、今度はリリアが語り出した。

 両親の死と尾長鶏亭での暮らし。耐え忍んだ四年間。そして、マークやミナセとの出会い。


 静かにリリアは語る。

 熱く、リリアは語る。


 悲しい過去、厳しい環境。それでも前を向いて歩く健気な少女。

 話を聞いた盗賊たちは、驚き、あるいは泣いていた。

 盗賊たちに向かってリリアが続ける。


「私だけじゃありません。うちの社員たちは、目の前で親を殺されたり、親の顔を知らずに育ったりしています。故郷を捨て、故郷を失い、声を失い、自由を奪われ、理不尽な出来事に涙を流しながら、それでもみんなは正しくあろうと生きています。それでもみんなは、前を向いて歩いているんです」


 初めて聞く、エム商会の社員の話。

 盗賊たちが目を見開いていた。


「人生は変えられるんです。きっかけと変えたいと思う意志、そして仲間がいれば、人生は変えられるんです」


 リリアは真剣だ。その目が、盗賊一人一人に語り掛ける。


「皆さんには仲間がいる。人生を変えたいと思う気持ちもある。後はきっかけだけなんです。だったら」


 大きく声を張り上げて、リリアが言った。


「今、この瞬間をきっかけにして変わっていけばいいじゃないですか!」

「今、この瞬間……」

「変わっていく……」


 盗賊たちがつぶやいた。

 盗賊たちが、互いを見た。


「俺たちでも変われるのか?」

「変われます!」


 小さな声に、大きな声が答えた。


「まっとうな人生を……」

「送れます!」


 弱々しい声に、力強い声が答えた。


「そうだな」


 首領その一が頷く。


「やれるかもな」


 首領その二が拳を握る。


「まっとうな生き方か」


 首領その三がリリアを見る。


「何だか恥ずかしいな」


 首領その四が、微笑みながら空を見上げた。


「人はすぐには変われません。だけど、絶対に変われます。自分が変わったと思えるようになるまで、少しずつ、一歩ずつ進んでいきましょう」


 その場にいる全員を見つめ、そこにいる全員に向かって、リリアが笑った。


「皆さんなら、きっと大丈夫ですよ」



 この日を境に、コメリアの森から盗賊が消えていった。

 降参しなかった者たちも、新たに流れ着いてきた者たちも、森のほかの地域にいた者たちも、”もと盗賊”たちに説得されて、その生き方を変えていく。


 一部の盗賊は故郷に帰っていった。

 一部の盗賊は、森を切り拓き、土地を耕しながら慎ましく暮らし始めた。

 一部の盗賊は僧侶になり、一部の盗賊は、自首をした。


「リリアはリリアらしく。それで大丈夫だよ」


 マークに言われた通りにリリアは行動した。

 そうしてリリアは、ミナセともヒューリともフェリシアとも違うやり方で、護衛の仕事を完遂したのだった。


 揺れる馬車の荷台で、シュルツに向かって部下が言う。


「あの子が来てくれてよかったっすね!」


 楽しそうな部下を、シュルツが見た。そして、なぜか深刻な顔で答える。


「ばーか、よくなんかねぇ」

「え?」


 驚く部下に、シュルツが言った。


「この調子であの子が賊を解散させていったら、俺たちの仕事がなくなっちまうだろ」

「あ、それは盲点」


 腕を組んで考え始めた部下を見ながら、シュルツは思う。


 ま、そうなったらそれでもいいけどな


 一台後ろの、荷物をいっぱいに積んだ馬車の御者台を見る。


 そうなったら、俺たちも生き方を変えりゃあいい。それだけだ


 隣の社員と楽しそうに話すリリアを見ながらシュルツは笑う。

 部下に見えないように、こっそりとシュルツは笑っていた。



 ド素人 了

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