形勢逆転

 商隊は進む。盗賊たちを蹴散らしながら進んでいく。

 前回と同じく執拗に襲ってくる盗賊たちを、前回比十割増しの士気を持つシュルツたちが、気迫で追い払っていった。


 コメリアの森の盗賊は数が多い。統治のしっかりしているイルカナやウロルから、ならず者たちが流れてくるからだ。

 頭のいい、つまりタチの悪い悪党は森にはいない。根っからの悪人というよりも、ヤクザ崩れや、貧困から犯罪に手を染めたような人間が多かった。

 ターラの活躍もあって、最近は森にある村や町が襲いにくくなっている。結果、悪人たちは街道近くにたむろして、通り掛かる商隊を襲うことが多くなっていた。

 森にはいくらでも土地があるのだから、開拓して自給自足の生活でもすればいいと思うのだが、それができれば犯罪に手を染めることはないということなのだろう。


 食う手段がほかに思い付かない。

 ゆえに賊は、追い払われてもまたやってくる。

 

 シュルツたちは賊を圧倒し続けた。昼夜構わずやってくる盗賊を気迫で叩いていく。

 だがその気迫も、さすがにそうは続かなかった。


「前方に反応! かなりの数です!」

「ほんとにしつこいな」


 索敵担当の声にシュルツは顔をしかめ、それでも素早く指示を出し始めた。

 商隊が迎撃体制を整えていく。

 賊側も商隊に気付いたようだ。道の両側から、ぞろぞろとその姿を見せ始めていた。


「ここが踏ん張りどころだ。守り抜くぞ!」

「おおぉ!」


 もう少し進めば危険な地域を抜ける。まさにここが踏ん張りどころ。

 シュルツの声に、護衛の男たちも気合いを入れる。

 しかし、不幸なことに賊の数は増えていた。シュルツたちの気迫に押され、ほとんど戦うことなく逃げ回っていた賊が、西へ西へと追い立てられてこの付近に集結してしまっている。いくつかの集団が、集合体となって商隊の前に立ちふさがっていた。


 集団その一の首領が言う。


「こんだけいれば、さすがにいけるだろ」


 集団その二の首領が頷く。


「ああ、いけるな」


 集団その三とその四の首領が、商隊を見て目をギラギラさせる。


「おい、見えるか? 商隊の中にかわいい女の子がいるぜ」

「見えた! うおぉ、こいつは燃えてきたぜ!」


 賊の数は、ゆうに百人を超えていた。それは、場合によっては国が討伐隊を送り込むような規模だ。

 大集団を前にして、勇ましい掛け声とは裏腹に、シュルツは冷静に考えていた。


 あの人数に、突っ込んではいけないな


 部下たちの顔を見れば、そのどれもがこわばっている。部下たちも、あれだけの人数を追い払うのは難しいと感じているに違いない。

 形勢が逆転していた。気持ちだけで何とかできる状況ではなかった。


 シュルツがさらに考える。

 商隊の馬車は、どれも荷物が満載だ。逃げるなら、それを全部捨てるしかないだろう。馬車を空にしさえすれば、ファルマン商事の社員だけは逃がすことができる。

 それでも、逃がすための時間稼ぎは必要だ。

 すなわち。 


 後ろに向かって、シュルツが言った。


「すまない、準備をしておいてくれ」


 察した社員たちが、荷物を縛っているロープを切り始めた。

 続いてシュルツが、部下たちに言った。


「やつらは雑魚の集まりだ。一人一人は大したことない。落ち着いて戦えば大丈夫だ」

「おおぉ!」

「壁を作れ。向かってくる敵を各個撃破だ」

「よっしゃー!」


 ある程度仲間がやられれば、やつらは逃げていくはずだ。

 今回は優秀な部下を揃えてきた。このメンバーなら絶対に耐えられる。

 だが、もし耐え切れなかった時は……。


 もしかすると、ここで終わりかもな


 そんな思いがちらりと胸をかすめた。

 そんな思いを、じつは部下たちも持っていた。

 それでも男たちは、前を睨んで武器を構えた。


 その男たちの前方で、賊たちが気勢を上げている。


「これまでのお返しだ!」

「蹂躙してやる!」


 異様な興奮に包まれた集団が、異様な圧力とともに前進を始めた。

 近付いてくる賊に押されて、護衛の男たちが思わず一歩下がる。


 こりゃあ、やっぱりダメかもな


 シュルツが思った、その時。


「どけどけぇ!」


 賊の真後ろから大きな声が聞こえた。

 驚いて振り返る賊の目に、一頭の馬が飛び込んでくる。


「どかない奴は踏み潰すぞ!」


 よく通る声が、シュルツたちの耳にもはっきりと聞こえた。


「やめろ!」

「ひえっ!」


 後方の賊が慌てて脇に避けていく。

 集団のど真ん中を馬が疾走する。


「やばい!」


 首領その一が叫んだ。


「あの赤髪は!」


 首領その二も叫んだ。


「エム商会の!」

「ヒューリ!」


 首領その三とその四が逃げ出した。

 慌てる賊たちとは反対に、シュルツたちは歓声を上げる。


「助かった!」


 無敵のエム商会。その中の一人、赤髪のヒューリ。

 その速さは疾風の如し。その双剣は旋風の如し。


 地獄に仏とはまさにこのこと。

 ヒューリがいれば、賊が何人いようと関係ない。

 ヒューリがいれば、こんな奴らあっという間に蹴散らしてくれる。

 ヒューリがいれば、この危機も……。


 ところが。


「シュルツさん、ごめん! 急いでるんで!」


 ヒューリが駆け抜けた。

 シュルツたちの横を駆け抜けて、そのまま東へと馬を走らせていく。

 

「リリア、後はよろしく!」


 馬車の横で少しだけ速度を緩め、短い言葉を言い放って、ヒューリの姿はあっという間に見えなくなってしまった。


「嘘だろ……」


 シュルツが呆然とする。

 部下たちも呆然とする。


 静寂の後、賊が再び動き出した。


「ビ、ビビらせやがって」

「何だか分からねぇが、エム商会がいないなら問題ないぜ」


 体勢を立て直して、賊が前進を再開した。

 悲壮な覚悟で、シュルツたちが武器を握り直した。

 その時。


「お、おい」


 シュルツが目を見開く。

 栗色の髪の少女が、シュルツの横を通り抜け、恐れ気もなく賊に向かって歩いていった。

 その手には大剣。とても少女が扱えるとは思えない、灰色の大きな剣。

 少女はそれを、右手一本で軽々と持っていた。


「シュルツさんたちは休んでいてください」

「いや、休むったって」

「大丈夫です。たぶん、私一人で何とかなります」

「お前、何を言って……」


 あまりのことに、シュルツも部下も動けない。

 少女のあまりの落ち着き振りに、シュルツたちは動くことができなかった。


 少女は進む。気負いも恐れもなく、賊に向かって歩いていく。

 そして少女は、大集団の前にふわりと立った。


「えっと、お嬢ちゃん、何をしに来たのかな?」


 首領その一が、半笑いで聞いた。

 聞かれた少女が答えた。


「私、エム商会の、リリアと言います」

「エム商会!?」


 半笑いが驚愕の表情に変わる。

 

「私は、護衛の仕事で来ています。だから、商隊を守らなければなりません」


 賊の何人かが後ずさった。エム商会の強さをその身で知っている、イルカナ出身の賊たちが震え出す。

 首領その一はすでに逃げ腰だ。


「やばいよやばいよ」


 首領その二の顔色も悪い。

 その後ろから、首領その三が顔を覗かせた。そして、リリアをまじまじと見ながら言った。


「でもよぉ。ありゃあ、黒でも紫でもないぜ」


 首領その四も前に出てくる。


「たしかにな。エム商会の社員は全部で七人。その中で強いのは、黒と赤と紫。それ以外の話は聞いたことがねぇ」


 無敵のエム商会。その代名詞と言えば、黒のミナセと赤のヒューリ、そして紫のフェリシアだ。

 しかし、目の前の少女の髪は栗色。しかも小柄。その少女が、体に似合わない大きな剣を持っている。

 あれだけの大きな剣を、男だってあんなに軽々と持てはしない。あの剣が金属でできているとはとても思えない。

 つまり、あの剣は見掛け倒し。軽い木か、下手をすると厚紙でできているのかもしれない。

 首領その三が、にやりと笑った。


「お嬢ちゃん、あんまり無理しない方がいいよぉ」


 にやにやしながら前に出る。

 首領その四も並んで言った。


「リリアちゃんだっけ? きみ、かわいいねぇ」


 首領二人がさらに前に出る。片手で剣をゆらゆら揺らしながら、二人がリリアに近付いていった。

 迫り来る男たちを前にして、リリアが言う。


「無益な戦いはしたくありません。皆さん、おとなしく投降してください」

「ケヘヘヘ」


 その三が奇妙な声を上げた。


「投降だって? この状況で、俺たちが?」


 その四が、大げさに驚いて見せる。


「その落ち着き振りには感心するけどさぁ、投降しろって言うのは、さすがにちょっと無理があると思うよぉ」


 余裕の表情で二人が笑う。二人の後ろでは、落ち着きを取り戻した賊たちが、欲望全開のギラギラした目をリリアに向けていた。

 その目をざっと見渡して、リリアがため息をついた。そして、無言のまま道の端まで歩いて行くと、一本の木の前に立つ。

 大木とまではいかないが、それなりに太い幹。大人の男が、両手で抱えて指先が届くかどうかという太さだ。

 空に向かって真っ直ぐ伸びるその木に、リリアが正対した。

 首領その三が不思議そうに聞く。


「お嬢ちゃん、いったい何して……」


 瞬間。


 バキーーンッ!


 太い幹が砕け散った。


 バリバリバリ!

 メキメキメキ!


 支えを失った木が、もの凄い音を立てて倒れていく。


「バカな!」


 首領その三が目を剥いた。


 ドドーーン!


 大きな木が、土煙を上げながら地面に横たわった。


「な、な、な……」


 首領その四が口をパクパクさせる。

 首領その一もその二も、ほかの賊たちも声が出ない。突然起こった非現実的な出来事に、固まったまま動けずにいた。


 賊たちの前で、リリアが木を叩き折った。恐ろしく鋭いリリアの剣が、一撃で太い幹を叩き折っていた。


「あり得ない」


 シュルツたちも、あまりのことに呆然としている。


 リリアが、賊を振り返った。 


「投降してくれないのなら、仕方ありません」


 ゆっくりと賊に近付いていきながら、怖いくらいの静かな声で、リリアが言った。


「エム商会のリリア、いきます」


 栗色の髪が風になびく。

 刹那。


「うわっ!」


 誰かの悲鳴が聞こえた。


 ガキーン!


 金属の剣が、くの字になって地面に転がる。


 ガキッ!

 バキッ!


 槍が、メイスが真っ二つにへし折られていく。


「いてっ!」

「ひえぇっ!」


 賊は混乱に陥った。

 集団の中を、栗色の髪が駆け抜ける。灰色の大きな剣が駆け抜けていく。


 気付いた時には武器が叩き落とされていた。

 気付いた時にはひしゃげた武器が地面に転がっていた。

 気付いた時には、手が痺れて動かなくなっていた。


 次々と武器が壊されていく。

 次々と賊が無力化していく。


 首領その一が、撤退を決断した。


「全員ここから……」


 直後。


「来たぁ!」


 首領その二が顔を青くして叫んだ。

 逃げようとしていた首領たちの前に、大剣を持ったリリアが現れた。

 

「やばい!」

「まずい!」


 その一とその二が慌てふためく。

 その二人を押しのけて、突然首領その三が前に出てきた。


「落ち着け! こいつは武器しか狙っていない。たぶんこいつは、人が殺せないんだ!」


 首領その三は、意外と冷静に状況を分析していた。

 隣に並んだ首領その四がそれに続く。


「そうだ! きっとこいつは人が殺せないんだ!」


 それを聞いて、その一とその二が顔を見合わせた。


「そう言えばそうだな」

「たしかにそうだな」


 二人が頷いた。


「所詮は素人!」

「道場剣法など役に立たん!」


 二人が大声を上げる。


「武器なんていらねぇ!」

「素手で捕まえろ!」


 その三とその四が武器を投げ捨てた。


「かわい子ちゃん!」

「殺れるもんなら殺ってみな!」


 その一とその二も、剣を捨ててリリアに襲い掛かっていった。

 だが。


 ビクッ!


 四人が動きを止めた。

 四人が、呼吸を止めた。


 四人の数歩先にいる少女が、四人を見つめている。

 その少女が、低い声で言った。


「覚悟は、いいですか?」


 ゾゾゾッ!


 四人の背中を悪寒が走った。全身から冷たい汗が噴き出してくる。

 四人は悟った。目の前の少女に躊躇いがないことを。


 こいつは、道場育ちのひよっこなんかじゃない


 四人は悟ってしまった。少女の目に、一切の迷いがないことを。


 こいつはすでに”経験済み”だ!


 四人の首領が叫んだ。


「やめてくれ!」

「助けてくれ!」

「降参する!」

「降参させていただきます!」


 四人の首領が同時に土下座をした。


「どうか許してください!!!!」


 それを見た手下たちも、慌てて地べたに正座をする。

 賊たちが、リリアに向かって一斉に頭を下げた。


「参りました!」

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