計画外
地上に降りたフェリシアは、ヘルハウンドが残した魔石を拾うミナセに、ワイバーンを操る男のことを話した。
驚くミナセに「詳しくは後で」と言って、とりあえずアルバートたちと合流する。剣士に嫌味を言われ、二人で謝って、一行は再び進み出した。
二人の険しい表情にクロエは気付いていたが、特に何も聞くことはしない。
黙々とみんなは歩く。前を向き、あるいはうつむきながら、北に向かってみんなは歩いていった。
やがて。
「見えた!」
思わず剣士が声を上げる。
一行は、ついに平地に出た。そこは、イルカナ南部を東西に走る街道の近く。前を見れば、少し先にはきれいに整備された道があった。
「今夜はベッドで眠れるのか?」
後ろから魔術師が聞く。
「はい。夕方には町に着くでしょう。そこには、宿が何軒かあります」
ミナセの答えを聞いて、魔術師は満足そうに頷いた。
アルバートはもちろん、剣士も魔術師も、歴とした貴族だ。文句を言うことはしなかったが、好んで野宿などするはずがない。
「イルカナの人たちは、どんな食事をするの?」
アルバートが、フェリシアの横に来て聞いた。
「え? そ、そうですね」
驚いたように、フェリシアが隣を見る。
「えっと……」
そのままフェリシアは黙ってしまった。何を聞かれたのかよく分かっていないようだ。
フェリシアにかわって、ミナセが説明をする。
「イルカナもエルドアも、食べる物はあまり変わりません。ただ、食卓に果物が並ぶ機会は、エルドアの方が多いと思います」
「そうなんだ」
アルバートが、ミナセではなくフェリシアを見ながら答えた。
後ろから、クロエも言う。
「イルカナは豊かな国です。お食事の心配はいらないと思います。でも、コメリアの森の食事は、アルバート様のお口に合うかどうか」
クロエを振り返り、その顔を見て、アルバートが笑った。
「クロエがずっと食べてきたものなんでしょう? 僕は、すっごく楽しみにしてるんだ!」
「アルバート様……」
嬉しいやら心配やら。
何とも複雑な顔で、クロエが頬を染めた。
「ここから街道です。アルバート様、帽子を」
「分かった」
クロエから帽子を受け取って、アルバートがそれをかぶる。みんなもそれぞれ、フードや帽子をかぶって顔を隠す。
旅人たちに疑われないよう、いかにもそこで休憩をしていたかのように振る舞いながら、一行は街道へと足を踏み入れた。
夜。
「本当にごめんなさい」
宿屋の部屋で、フェリシアがミナセに頭を下げていた。
フェリシアが遭遇した男。ワイバーンを操り、そして、おそらくはアルバートたちを追ってきた男。
その男を取り逃したのは、痛恨のミスと言えた。男を生かしたまま捕らえていれば、ミナセの”力”で多くのことを知ることができたに違いない。そうすれば、エルドアとイルカナを悩ませている問題の解決に大きく近付くことができたかもしれない。
フェリシアはそれを十分理解していたし、ゆえに大きな責任を感じていた。
フェリシアが頭を下げ続ける。
その肩にそっと手を置いて、ミナセが言った。
「とりあえず、お茶でも飲もうか」
「え?」
びっくりして、フェリシアが顔を上げる。フェリシアに微笑みを見せて、ミナセはバッグからお茶の葉を取り出した。
二つのカップにそれを入れて、魔石を仕込んだポットからお湯を注ぐ。
お茶の葉が開いていく。ゆっくりとカップを回し、それを置いて、茶葉が沈むのをゆっくりと待つ。
落ち着いた表情で、時間を掛けてお茶を淹れたミナセは、そっとカップを持ち上げて、フェリシアに渡した。
「濾してないから、飲みにくいと思うけど」
「……ありがとう」
礼を言うフェリシアにもう一度微笑んで、ミナセもカップを手に取った。
ゆったりとミナセがお茶を飲む。それを見て、フェリシアも一口お茶を飲む。
静かな時間が過ぎていく。フェリシアが、両手で持ったカップを膝の上に載せてそれを見つめる。
しばらくして、上目遣いでフェリシアが言った。
「私、怒られてもいいと、思うのだけれど……」
ミナセが、もう一口お茶を飲んでから、それに答えた。
「その必要はないと思うぞ」
「どうして?」
フェリシアが顔を上げた。
「フェリシアの責任感が強いのはよく分かってる。そのフェリシアが、あれからずっと深刻な顔をしてたんだ。これ以上怒る意味はないさ」
フェリシアが大きく目を開いた。
「昔ね、私も仕事で大きなミスをしたことがあったんだ。それはもうお客様にこっぴどく怒られてね。おまけに、謝っても謝っても許してくれないんだよ」
懐かしむようにミナセが話す。
「駆け付けた社長が一緒に謝ってくれて、とりあえずその場は収まったんだけど、さすがに私もあの時は落ち込んだな」
カップを傾けて、もう一口。
「その後、社長が食事をご馳走してくれたんだけどね、社長はぜんぜん私のことを叱らないんだよ。だから、どうして叱らないのかって聞いてみたんだ。そしたら社長、何て言ったと思う?」
ミナセが、楽しそうにフェリシアを見る。
フェリシアが、無言で首を振る。
「社長がね、言ったんだ。”だってミナセさん、さっき散々怒られてたじゃないですか”ってね」
驚くフェリシアに、ミナセが微笑んだ。
「一日中落ち込んでいたフェリシアに、これ以上言うことなんてないと、私は思う。それよりも、これからどうすればいいかを考えた方がよっぽど建設的だろう?」
「ミナセ……」
フェリシアの瞳が揺れた。
「それに、私だってフェリシアの真下にいたんだ。だから、私にも責任はある。社長には、二人揃って謝ろう」
ハンカチを取り出して、それをフェリシアに渡しながら、ミナセが言った。
ハンカチを受け取って、それを目に当てながら、フェリシアが言う。
「やっぱり、ミナセって凄いわね」
はぁ
フェリシアが、大きくため息をついた。
「ミナセと張り合うの、もう止めることにするわ」
「ん、何のことだ?」
今度はミナセが首を傾げる。
「何でもない。こっちの話」
吹っ切れたように、フェリシアが笑った。
不思議そうな顔のミナセにフェリシアが言う。
「じゃあ、状況を整理しましょう。あの男は……」
今日の出来事をフェリシアが振り返る。
ミナセが意見を言い、フェリシアが頷く。
真剣な二人の打ち合わせは、その夜遅くまで続いた。
「あの町か?」
「そうです」
振り向く剣士にミナセが答える。
「あそこに馬車を手配してありますので、徒歩での移動はこれで終わりになります」
「分かった」
宿を出た一行は、整備された広い道を西へと向かった。そして一行は、半日ほどで大きな町に辿り着く。
この町の宿に、あらかじめ馬車が用意されているはずだった。馬車を使えば、移動が格段に早くなる上に、安全性も増す。旅の難所は越えたと言ってよかった。
町に入ると、先頭がミナセに変わる。
この町は、護衛の仕事で何度か来ていた。目指す宿の位置も分かっている。町の西側にあるその宿に、迷うことなく一行は到着した。
みんなを外に待たせて、ミナセが宿屋の扉を開ける。
「いらっしゃいませ」
宿屋の主人が笑顔で迎えた。
「おお、ミナセさん!」
二、三度しか泊まったことはないのだが、主人はミナセのことを覚えていたようだ。
「ご無沙汰しています。来て早々で申し訳ありませんが、こちらに馬車をお預けしてあると思うのですが」
「はい、お預かりしておりますよ」
主人が大きく頷いた。
「それと、上のお部屋でお客様がお待ちです」
「お客様?」
そんなことは計画になかった。
ミナセが急速に気を引き締める。そのミナセに、ちょうど二階から降りてきた男が声を掛けてきた。
「お、無事到着だな」
聞き覚えのある声だった。
男を見て、ミナセの目が大きく広がっていく。
「フェリシアもいるんだろ?」
声の主が言った。
「あいつと茶でも飲みたいところだが、残念ながら仕事中だ。悪いが、みんなを連れて上がってきてくれ」
そう言って、男が笑う。
「どうして団長が?」
ミナセが聞いた。
笑顔を収めてカイルが答えた。
「状況が変わった。ここからは、俺たちが護衛を引き継ぐ」
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