美しき化け物たち

「お疲れ様。下がって休んでくれ」


 マークが、ミナセとリリアにねぎらいの言葉を掛ける。そして、シンシアとフェリシアとミアを見た。


「三人とも、頼む」

「分かった」

「いってきます」

「やるぞー!」


 シンシアが、一歩前に出た。

 ミアが歩き出した。

 フェリシアが、ふわりと浮いた。


「フライ!?」


 驚くターラに、フェリシアがにこりと笑顔を見せて上昇していく。フェリシアは、荒れ地に向かって斜めに上昇しながら飛んでいった。


「まさかとは思うが」


 カイルが、フェリシアを目で追いながらマークに聞いた。


「ここで、あの時みたいな魔法を見せようって言うのか?」


 カイルに聞かれてマークが笑う。


「あれはカイルさんに見られているから、違う魔法にすると、フェリシアは言っていましたよ」

「あれ以外にもあるのかよ」


 カイルが呆れている。


「今から、フェリシアが広範囲攻撃魔法を使います。爆風や衝撃波が発生しますが、みなさんの安全は保障しますのでご安心ください」


 いろいろ気になる言葉はあったのだが、みんなは黙って成り行きを見守った。

 フェリシアが、百メートルほど離れたところで止まった。かなり高い位置に浮かんだまま、目を閉じて集中を始める。何かの呪文を唱えているようだが、さすがにここまでは聞こえてこない。

 そのフェリシアの真下で、ミアもまた詠唱を始めていた。

 カイルが、フェリシアを見上げてつぶやく。


「あいつ、地上に降りないのか」


 第四階梯魔法のフライと、”それ以上の”魔法の同時使用。相棒のアランがいたら、「あり得ない!」と叫んでいたに違いない。

 アランの顔を想像しながら、しかしカイルは、また違うことを気にし始めた。


「ここにいて大丈夫なのか?」


 カイルがマークに声を掛けた。


「大丈夫ですよ」


 マークがあっさり答えた。

 それでもカイルは不安そうな顔をしている。

 フェリシアと共に行った二千体の魔物討伐。その時フェリシアが使ったのは、火の魔法の第五階梯、メテオバーストだ。半径百メートル以内にいたすべての魔物が、高熱に焼かれながら消し飛んでいった。

 今、フェリシアとの距離は百メートルほど。あの時と同レベルの魔法を使うというのなら、この距離は非常に危険だ。

 いや、自分たちだけではない。フェリシアの真下にはミアがいる。いったいどうやって安全を保障すると言うのだろうか。


 まさか、こいつが何かするっていうのか?


 みんなよりも少しだけ前に出ているシンシアの背中を見ながら、カイルはどうにも落ち着かない時間を過ごしていた。


 フェリシアの詠唱は続く。フェリシアの魔力が高まっていくのを感じる。

 百メートル離れていても感じるほどの強大な魔力。サイラスもターラもリスティも、大きく目を見開いていた。

 そのみんなの目が、不思議な現象を捉えた。フェリシアの頭上に、黒い雲が発生している。雲の中には、何かがバチバチと弾けているのが見えた。


 やがて詠唱が終わる。

 フェリシアが何かを叫んだ。同時にミアも、何かを叫んでいた。

 瞬間。


 ビカビカビカッ!


 強烈な雷光が発生した。

 無数の稲妻が空中を走る。それが、一斉に荒れ地を直撃した。


 ズドドドドドーーーーン!


 大地を揺るがす轟音が鳴り響く。


「あっ!」


 ターラの悲鳴が聞こえた。

 それは、己に起きた出来事に対するものではない。それは、稲妻の直撃を受けたミアを見ての悲鳴だった。

 しかし、ミアの心配をしている余裕はターラにもなかった。

 大地を打った稲妻が、地面を抉り、その破片を周囲にまき散らす。みんなのいるところにも、大量の砂礫が弾丸のような速さで飛んできた。


「やばい!」


 カイルが声を上げた、その時。


「お願い」


 声が聞こえたような気がした。

 直後。


 ゴゴゴゴォォ!


 みんなの目の前に、突如として壁が立ち上がる。それは土の壁。分厚い土の壁が、みんなを守るように、瞬時にでき上がっていた。


 カイルが目を見張る。

 サイラスたちは、言葉が出ない。

 すると再び。


「お願い」


 今度ははっきりと聞こえた。それは、シンシアの声だった。


 バラバラバラ……


 土の壁が崩れていく。

 視界が開けた。

 荒れ地が見えた。

 焼けただれ、穴ぼこだらけになった大地が見えた。


 その荒れ地に、フェリシアが降り立つ。

 その近くには、稲妻の直撃を受けたはずのミアがいた。

 膨大な魔力をその身に纏い、全身を金色に輝かせたミアが、平然と立っていた。


「ミアのことは、とりあえず置いておきますが」


 マークが説明を始める。


「フェリシアが使ったのは、風の魔法の第五階梯、サンダーバーストと言うそうです。今回は余興だったのでこの魔法を選んだそうですが、派手な割には敵の殲滅力が低いらしく、実戦なら以前使ったメテオバーストの方がよいと、フェリシアは言っていました」

「……」


 ターラの口があんぐりと開いている。


「ちなみに、みなさんを守った土の壁は、シンシアが作りました。ただ、それについては説明を控えさせていただきます。企業秘密ですので」


 リスティの口も開いていた。顎が外れてしまったように、その口はずっと開きっぱなしだ。


「では、フィナーレといきましょうか」


 マークが荒れ地を向いた。


「みんな、行け!」

「はい!」


 マークの声と同時に、ミナセとヒューリが剣を抜いて走り始めた。少し遅れてリリアも動き出す。荒れ地では、フェリシアがまたも魔力を練り始めていた。


「いったい何を」


 カイルがつぶやくが、マークは微笑むのみ。

 ミアに向かって社員たちが走る。まばゆいばかりの光をまとうミアに向かって全力で走る。

 そしてみんなは、容赦なく、問答無用で、ミアに襲い掛かっていった。


「なにっ!」


 カイルが驚いた。思わず剣に手を掛けて、ミアを助けに向かおうと一歩前に出る。

 その肩を、サイラスが掴んで止めた。


「心配するな。あいつは大丈夫だ」


 マークではなくサイラスが止めたことに驚いたが、落ち着いたその声で冷静さを取り戻すと、カイルは剣から手を放した。

 カイルたちが、前を見る。


「さあ、掛かってきなさい!」


 ミアの声が聞こえた。


「おりゃあ!」


 社員たちが、全力でミアに攻め掛かっていった。

 剣が、魔法がミアを直撃している。手を抜いているとは思えない、まさに全力の攻撃が、絶え間なくミアに降り注いでいた。

 それなのに。


「ヌルいです、ヌルいですよ! あっはっはっは!」


 ミアが得意げに笑っている。

 ミアは、腕で剣を受け止めていた。受け止め切れない剣撃は、体で弾き返していた。

 フェリシアの魔法ですら、ミアを包む光がそのすべてを跳ね返している。


 カイルがつぶやく。


「まさか、あれが?」


 噂では聞いていた。予選でミアが使ったという大魔法。その凄さよりも、ミアの”負けっぷり”の方が話題になっていたため、魔法については半信半疑だったのだが……。

 サイラスが説明を始める。


「光の魔法の第五階梯、インヴィンシブル・ウォーリアー。百年以上発動された記録のない、術者を無敵の戦士にするっていう、アホみたいな魔法だよ」


 カイルが、ごくりと唾を飲み込んだ。


「あの剣の嵐に反応できる身体能力。物理攻撃も魔法攻撃も完璧に撥ね除ける絶対的な防御力。一時的とはいえ、それをあいつは手にしている」


 説明を聞きながら、みんなは戦いを見ていた。高笑いをしながら攻撃を受け続けるミアを、唖然としながら見ていた。

 しばらくすると。


「二人とも引いて!」


 フェリシアの声で、ミナセとヒューリが一斉に引いた。


「フィニッシュです」


 マークが言った。


「行きます!」


 リリアが、ミアの懐に飛び込んだ。

 そして、あの剣を思い切り真横に振り抜いた。


「ぐぎょっ!」


 妙な声を発しながら、ミアの体が吹っ飛んでいく。


 ドドーン!


 ミアが、着弾した。

 遠く離れた岩に激突し、その岩を粉々に打ち砕き、その破片に埋もれて、ミアがピクピクしていた。


「以上で余興は終わりです。皆様、最後までお付き合いいただきありがとうございました」


 マークが丁寧に頭を下げた。

 そして、微笑みながら続ける。


「我々は、アルミナの町で何でも屋をやっています」


 余興の余韻で、みんなの思考は鈍ったまま。急に始まったマークの話に誰もついていけていない。


「アルミナが故郷だという社員は、意外と少ないです。ですが、俺もみんなも、アルミナの町と人が大好きです」


 意図の見えない話が続く。

 思考力が戻ってきたみんなの頭でも、今一つ理解できない。


「だから」


 突然、マークの顔が変わった。

 突然、マークの気が変わった。


 急速にみんなが集中を始める。何を言い出すのかと、マークをじっと見つめる。

 視線が集まるのを確認して、マークが言った。


「アルミナの町や、この国に迷惑を掛ける人たちがいれば、俺たちは、それを全力で排除させていただきます」


 ゾゾッ!


 カイルが震えた。

 ターラとリスティが後ずさった。

 サイラスの背中を、冷たい汗が流れていった。


 なぜマークがそんなことを言い出したのか、誰にも分からなかった。

 なぜマークがそんな宣言をしたのか、その理由は分からなかった。


 だが、全員が分かってしまった。


 こいつらが攻めてきたら、防ぐことなんてできやしない……


 ランクS級の剣士、ミナセ。

 そのミナセには、どんな金属をも断ち切ることのできる剣があるという。


 同じくランクS級の剣士、ヒューリ。

 あの双剣を防ぐことのできる者など、大陸中を探したってそうはいない。


 謎の大剣を使う、リリア。

 一流の剣技とあの大剣の組み合わせは、驚異と言うより恐怖だ。


 第五階梯魔法を操る魔術師、フェリシア。

 第四階梯のフライを発動しながら第五階梯魔法を放つという、信じられない芸当を見せ付けた。

 あれだけの魔法を使った後だというのに、フェリシアは平然としている。その底はまるで見えない。


 同じく第五階梯魔法を操る女、ミア。

 時間に制限があるとは言え、あの状態のミアを止められる者などいるはずがない。もしもミアに、軍や国の”要”を狙われたなら、それを守る手段などない。


 そして、謎の少女シンシア。

 シンシアが、”お願い”の一言だけで作った土の壁。分類するなら、それは地の魔法の第二階梯、アースウォールだ。だが、その形成速度もその規模も、それはアースウォールなどという次元ではなかった。

 もしもシンシアが、壁を作ること以外も”お願い”できるとしたら……。


 一人一人が化け物級。

 その六人が、攻めてくる。

 マークが”人と戦える”と言い切った六人が、全力で攻めてくる。

 もし、そんな状況になってしまったとしたら……。


 そこにいる全員が、ごくりと唾を飲み込んだ。

 そこにいる全員が、無言でマークを見ていた。

 その時。


「うぅ~、ひどいよリリア」


 フェリシアに支えられて、ミアが戻ってきた。


「ごめんなさい。社長の指示だったので」


 申し訳なさそうなリリアに、シンシアが冷静に言った。


「問題ない。シナリオ通り」

「そうよ。魔法が解けるタイミングもバッチリだったでしょう?」


 フェリシアも笑う。

 ヒューリだけが、不満そうに言った。


「私はストレス溜まったけどな。ミアに素手で剣を受け止められるなんて、あり得ん!」

「まったくお前は」


 ミナセは苦笑い。

 そんなみんなにマークが言った。


「みんな、よくやってくれた。お疲れ様」


 穏やかな笑顔で言った。

 その笑顔を見ながら、カイルが小さく言った。

 

「俺は、イルカナの正規兵になって正解だったよ」


 サイラスとターラとリスティが、カイルを力なく睨んでいた。

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