その気になれば

 剣を収めて二人が一礼する。そして、ヒューリだけが下がってきた。

 そのヒューリに、ドスドスと音を立ててターラが駆け寄っていく。


「ヒューリさん!」

「な、なに!?」


 ヒューリが怯むほどの勢いでターラが迫る。


「ヒューリさん!」

「だから何だよ!」


 目の前に立ちふさがる大きな体に向かってヒューリが叫んだ。


「尊敬します!」


 なぜだか大泣きしながらターラが言った。


「ヒューリさん、強いです! ヒューリさん、凄いです!」

「なぜ泣く?」


 訳が分からんという顔で、ヒューリがターラを見上げていた。

 やがて。


「よく分からないけど、まあ、ありがとな」


 そう言って、ヒューリがターラの腕をポンと叩いた。そして、その手を引いて歩き出す。


「ほい、次の手合わせの邪魔になる。戻ろうぜ」

「はい!」


 手を引かれながら涙を拭くターラを見て、カイルが言う。


「あいつ、とことんいい奴だな」


 大会での好勝負を思い出して、カイルが楽しそうに笑っていた。


「お疲れ様」


 戻ってきたヒューリをマークがねぎらう。

 そのマークに、ヒューリが頬を膨らませながら言った。


「ミナセのやつ、全然手加減してくれなかったんですよ。こんな時くらい、私に花を持たせてくれたっていいじゃないですか!」


 妙なところでヒューリが怒る。

 シンシアが、冷静に言った。


「ミナセ、全然本気じゃない」

「うっ!」


 ヒューリが言葉を詰まらせる。

 そしてヒューリは、諦めたように肩を落とした。


「ふん、分かってるさ。ミナセが本気になったら、私なんか手も足も出ないってことくらい」

「ちょっと待て!」


 それを聞いたサイラスが、大きな声を上げた。


「あいつは、あれで本気じゃないっていうのか!?」


 驚いているというよりも、それは怒っているかのようだった。

 サイラスに向き直って、ヒューリが答える。


「そうですよ。だってあいつ、奥義を使わなかったし」

「奥義?」

「相手の意識を捉え、相手の意識を支配する。奥義が発動されれば、まずそこから逃れることはできません。サイラスさん級の戦士でもない限り、あの奥義を防ぐことなんてできないですよ」

「……」


 サイラスが黙る。

 リスティが、目をそらす。


「もう一つ言うと、ミナセが今持っているのは模擬刀です。さっきの手合わせで、ミナセが自分の剣を使っていたら、私はまともに戦うこともできなかったと思いますよ」

「どういうことだ?」

「ミナセの剣はね、どんなに硬い金属だろうと、秘宝と呼ばれる武器だろうと、あっさりばっさり斬り裂いちゃうんですよ」

「秘宝と呼ばれる武器でも?」


 サイラスが、マークの持っている剣を見た。

 やや反りのある細身の剣。見たことのない形状のその剣は、どこか不思議な空気をまとっていた。


「ミナセの剣は、ミナセが使わないと真価を発揮しません。でも、真価を発揮した時のあの剣に、斬れないものはない。つまり、ミナセが本気になれば、私なんて剣ごと真っ二つにされちゃうってことです」


 サイラスが、自分の剣を強く握る。


「大会でミナセが自分の剣を使わなかったのは、魔法の布で剣を巻くことができなかったからなんです。巻いてるそばから、布がスパスパって切れちゃうんですよ。だから、わざわざ模擬刀を作ったんです」


 サイラスが、唇を噛んだ。

 

 本気の勝負になったら、俺はあいつに勝てないってことなのか?


 決勝戦では、土壇場でサイラスの剣の力が解放されたことで、ミナセに勝つことができた。だが、あれは不意打ちのようなものだ。しかも、あの暴風を起こすために、サイラスは魔力のほとんどを使い切っていた。あれほどの風を何度も起こすことは、サイラスにもできない。

 だがあの試合で、ミナセはサイラスの風を完全に見切っていた。最初から剣の力をすべて解放したとしても、次に戦った時、ミナセに勝てるかどうかは分からない。

 それなのに、ミナセにはまだ見せていない力があるという。


 まったく。落ち込ませてくれるぜ


 サイラスがため息をついた。

 それをちらりと見て、ヒューリが続ける。


「まあ、ミナセの剣でも斬れないものがあるとすれば……」


 そう言って、ヒューリが振り向いた。そこにいるリリアと、リリアが抱えている大剣を見る。

 その時、マークが言った。


「リリア、その剣を置いてみてくれ」

「はい」


 マークに言われて、リリアが剣を、地面に置く。

 リリアが剣から、手を放す。


 ズズ……


 剣が、地面にめり込んだ。


「?」


 何が起きたのか分からない。

 リリアが地面に押しつけた訳ではなかった。リリアは、ただ剣から手を放しただけだった。

 それなのに、剣が勝手に地面にめり込んでいった。

 落ち込んでいたサイラスも、ほかの選手たちも、その現象に首を傾げる。


「ターラさん、その剣を持ち上げてみていただけませんか?」

「持ち上げる?」


 マークに言われて、ターラが前に進み出た。意味は分からなかったが、素直なターラは、素直に剣に近付いていく。

 剣を見下ろすターラにヒューリが言った。


「腰を落として、体全体で持ち上げるんだぞ」

「……はい」


 ターラは答えるが、やっぱり意味は分からない。

 首を捻りながら、ターラが剣に片手を掛けた。

 そして。


「ふが?」


 ターラが妙な声を上げた。


「何やってんだ?」


 カイルが聞くが、ターラはカイルを見ない。

 かわりにターラは、剣の柄を両手で掴んだ。同時に、ターラの体が魔力で満たされていく。


「身体強化魔法!?」


 カイルが驚いた。


「ふがーっ!」


 ターラが吠えた。顔を真っ赤にしながら、全力で剣を持ち上げる。

 剣が持ち上がった。三センチくらい持ち上がった。


「おっ、私より持ち上げた!」


 ヒューリが感心する。


「参った!」


 ターラが降参した。


 ドス!


 手放した剣が、重い音を立てて地面にめり込む。


「皆さんも、どうぞ試してみてください」


 マークに言われて、カイルとサイラスも試してみた。

 二人に続いて、リスティも剣を持ち上げようと試みた。

 だが。


「あり得ない……」


 呆然とリスティがつぶやく。


「リリア、持ってみてくれ」

「はい」


 マークに言われて、リリアが軽々と剣を持ち上げる。


「あり得ない」


 もう一度リスティがつぶやいた。


「リリア、準備を」

「分かりました」


 大剣を片手で持って、リリアがミナセのもとへと向かう。


「なんだ、あれは?」


 三度目のリスティのつぶやきに、マークが答えた。


「あの大剣は、遠く離れたとあるダンジョンで見付けました。地面にめり込むほどの重さがあるのに、リリアだけは、あれを木刀のように扱えます」


 リスティの口が半開きになる。


「あの剣は、リリアが持つと軽くなるんじゃありません。重いまま、あの重量のまま、リリアはあれを使うことができるんです」

「嘘だろ!?」


 カイルが目を剥いた。

 あの重量のままで戦えるとしたら、それはほとんど無敵と言える。どんな武器も、どんな防具もあの大剣を受け止めることなどできはしない。


「だが、あの子が使えても、あんまり役には立たないだろう? 盾のかわりにはなるかもしれないが」


 サイラスが冷静に言った。

 小柄で可愛らしいリリア。おひさまみたいな笑顔が印象的な美少女。あの大剣がリリアにしか使えないというのは非常にもったいない。

 残念そうに、サイラスがリリアの背中を見つめる。

 すると。


「甘過ぎる」


 シンシアが言った。その目は、ちょっと怒っていた。

 マークが苦笑する。


「まあ見ていてください」


 ミナセとリリアが向かい合ったことを確認して、マークが言った。

 そして。


「始め!」


 次の手合わせが始まった。


「よろしくお願いします!」

「来い!」


 リリアにミナセが答える。

 リリアが動いた。大剣が、振り下ろされた。


 ブオンッ!


 太い風切り音が聞こえる。それは、まるで丸太を振り回しているかのような音だった。

 それなのに。


「速い!」


 リスティが驚きの声を上げた。

 ヒューリと比べれば、その速さは見劣りする。だが、それはあくまでヒューリと比べての話だ。

 その剣さばきもその体さばきも、それは間違いなく一流のもの。

 その剣の鋭さは、間違いなく一流の剣士のものだった。


 大剣が唸りを上げる。それをミナセがかわし続ける。

 ヒューリとの手合わせと違って、ミナセはリリアの剣を受け止めることはしなかった。受け止められるはずがなかった。

 二人を見ながら、マークが話し出す。


「あの剣を持ったリリアとまともに戦えるのは、うちの会社の中ではミナセとヒューリしかいません。大陸中を探しても、そうはいないと思います」


 それはそうだろう。

 サイラスでさえも驚くほど、リリアの剣は鋭い。あの鋭さであの剣が迫ってきたら、それはもはや恐怖でしかない。


「リリアを含めて、うちの社員は、全員が、人と戦えます」

「人と、戦える?」

「それって、つまり……」


 カイルが聞いた。

 サイラスが続いた。

 マークが、答えた。


「その気になれば、敵の命を奪うことができるということです」

「!」


 リスティが、小さく震えた。

 戦場で敵を怯えさせ、日常で人を遠ざけてきたリスティの目。その目を、リリアもシンシアも平然と見返してきた。

 それはつまり、そういうことだったのだ。


「リリアもね、大変な苦労をしてきたんです。でも、リリアはそれを乗り越えた。乗り越えて、リリアは強くなった。あの子はね、本当に凄い子なんですよ」


 マークの話に、シンシアが大きく頷いた。

 その時。


「甘い!」


 ミナセの声がした。


「……参りました」


 リリアが、目の前に突きつけられた剣を睨んで言った。

 リリアがわずかに見せた隙を、ミナセは見逃さない。一瞬で勝負はついていた。


 互いに礼をして、リリアと、今度はミナセも戻ってきた。

 ミナセは満足そうだが、リリアはとても残念そうだ。あのミナセと戦い、負けて悔しさを滲ませている。


 こいつも、まだ成長するってことかよ


 サイラスが、小さく唸っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る