余興
馬車は、街道を逸れて緩やかな坂を登っていく。道が少し悪くなってきたようだ。時々馬車が大きく揺れた。
時刻はお昼前。そろそろお腹も空いてきた。
「まだ着かないのか?」
カイルがマークに聞いた、ちょうどその時。
「着きましたよ!」
御者台からヒューリの声がした。
「皆さんお疲れ様でした。最初の目的地に着いたようです」
そう言いながら、マークがさっさと馬車を降りていく。
「最初の?」
首を傾げながらも、社員に促されて、カイルたちも馬車を降りた。
そこは荒れ地。どう考えてもピクニックをするような場所ではない。
「社長、ここはいったい?」
カイルが、ほかの三人を代表して聞く。
にこりと笑ってマークが答えた。
「お昼ご飯の前に、余興を見てもらいと思いまして」
「余興?」
今度はサイラスが反応した。
自由人のサイラスは、アルミナに着いたその日から、護衛も連れずに一人で町を歩き回っていた。
その途中で耳にした、エム商会の噂。
無敵のエム商会。
美人揃いのエム商会。
そんな話を何度も聞いたサイラスは、予選に出場していたミアの試合も観戦している。
そこで、サイラスは度肝を抜かれていた。
あり得ないほどの膨大な魔力。
光の魔法の第五階梯。
試合の結果に唖然としながらも、ミアと、そしてエム商会についてサイラスは大いに興味を抱いた。
社員七人の何でも屋。その小さな会社は、しかし町の有力者や貴族と意外なつながりを持っているらしい。ミナセが招待選手に選ばれたのも、イルカナ三公爵の一人、ロダン公爵の推薦によるものだという。
そのエム商会の社長が、代表選手を集めてピクニックに行く。それがただのピクニックであるはずがない。何かあるとは思っていた。
「楽しみだな」
本当に楽しみで、思わずサイラスは、たまたま隣に立っていたリスティの肩を叩いた。
リスティが、ピクリと体を震わせる。
「おっと、悪い」
謝って、だがサイラスは、もう一度その肩を叩いた。
「そんなに警戒したって意味はないと思うぜ。ここにいるのは各国の代表選手だ。何が襲って来ようと撃退できるし、仮に俺たちがお前を狙ってるんだとしたら、どう抵抗しようとお前に勝ち目なんかない。もっと肩の力を抜いてみろよ」
笑いながらサイラスが言う。
リスティは、驚き、唇を噛み、目をそらす。
その時、反対の肩を、今度はカイルが叩いた。
「まったくもって、こいつの言う通りだ。だが、こいつの言葉には、少ーしばかり間違いがある」
「間違い?」
サイラスがカイルを見る。
「俺のどこが……」
「まあ見てろ。何が間違ってるのか、たぶんこの後分かると思うぜ」
にやりとカイルが笑って、指をさした。そこにいるのはミナセとヒューリ。みんなから少し離れたところで、向かい合って立っている。
ミナセの手には、試合で使っていた模擬刀があった。ミナセの本来の剣は、マークが持っている。
対するヒューリは双剣。それは、木刀ではなく真剣だ。
「ヒューリさんが、試合を?」
ターラが目を丸くする。
「今から、社員たちによる余興を見ていただきます。最初は、ミナセとヒューリの手合わせです」
マークの説明で、ターラの目がさらに大きく広がっていった。
ミナセの強さはターラも目の当たりにしている。サイラスと同等の試合をしてみせたその実力は、自分とは別次元のものだと感じた。
そのミナセと、ヒューリが手合わせ?
しかも真剣で?
ターラも戦士だ。ヒューリの身のこなしが素人でないことくらいは分かっていた。しかし、あのミナセが相手では、手合わせにすらならないのではないか。というよりも、真剣を使っての手合わせなど危険ではないだろうか。
そんな心配をしてしまう。
サイラスと、そしてリスティは、ターラとは違うことを考えていた。
この手合わせは、ヒューリがミナセの胸を借りて行うもの。真剣を使ってはいるが、ミナセが、圧倒的な力量差でヒューリをあしらう程度のものに違いない。そんなものは、見ていて面白いとは思えない。
心配そうなターラと、冷めた目のサイラスたちを、ほかの社員たちがニコニコと見ている。カイルはニヤニヤと笑っている。
そのみんなにマークが笑顔を見せ、そして、ミナセとヒューリに向かって叫んだ。
「始め!」
瞬間。
キーンッ!
金属音が鳴り響く。
シュッ!
キンキンッ!
風を切る音がした。
剣と剣が火花を散らした。
「なにっ!?」
サイラスが叫ぶ。
「剣が見えない!」
ターラが驚嘆の声を上げる。
リスティは、完全に声を失っていた。
「相変わらずの化け物ぶりだな」
知っていても圧倒される二人の戦い振りに、カイルが呆れたように言った。
ミナセは強かった。間違いなく強かった。そのミナセを、ヒューリが押していた。ミナセが防戦一方ということではない。反撃の機会を窺い、チャンスとみれば攻撃に出ている。
だが、攻めているのは明らかにヒューリだ。
双剣が、前後左右からミナセに迫る。驚異的な速さで動き続けるヒューリが、変幻自在の攻撃を繰り出していた。
ターラが言った通り、その剣は細かい動きなどまるで見えない。その体の動きは、瞬間的に見れば、風を使った時のサイラスより速い。
「ヒューリと戦ったら、お前、勝てるか?」
カイルがサイラスに聞いた。
渋い顔で、サイラスが答えた。
「勝てない、とは言わない。だが、あの双剣はとんでもなく厄介だな」
ヒューリの剣は、ミナセよりも速かった。瞬発力や反応速度もヒューリが上だ。サイラスの風をもってしても、あれを防ぐことは難しいかもしれない。何度か戦ってその動きに慣れているならともかく、初戦ではもしかすると……。
「あいつら、どう見てもS級じゃねぇか」
国に一人いるかいないかというランクS。ミナセは間違いなくそのレベルにあった。しかし、そのミナセと対等に戦っているヒューリもまた、間違いなくランクS級の剣士だった。
二人の戦いを見ながらカイルが言う。
「何が襲って来ようと問題にならないのは、俺たち代表選手がいるからじゃねぇ。あいつらがいるからなのさ」
不満そうにカイルが言った。
「まったく。国の代表より強い人間がその国にいるって、どういうことだよって思わないか?」
カイルは、ミナセとヒューリ、そしてフェリシアの存在を知っていた。自分よりも上の領域にいる人間。自分では絶対に勝つことのできない人間。
それでもカイルが国の代表を引き受けたのは、ロダン公爵に頭を下げられたからだ。優勝などできないと分かっている大会に、カイルは黙って出場していたのだった。
不満を漏らすカイルに、サイラスたちは返すべき言葉を見付けられない。
サイラスたちの前で、二人の戦いは続いていた。その戦いを、サイラスたちは声もなく見ていた。
その時。
「ヒューリは、山に囲まれた小さな国で、国を守る戦士として戦っていたんです」
マークが静かに語り出した。
「山に囲まれた国? それって……」
ターラがマークを見た。
マークが小さく頷いた。
「普通の人ならとても耐えられないような不幸に襲われ、国も追われて、ヒューリはもがき苦しんでいました。そんな時、偶然ヒューリはミナセと出会い、そして救われたんです」
二人の戦いを見つめながら、マークの話にみんなが耳を傾ける。
「でもね、じつはミナセも、悲しい過去を抱えていたんです。ミナセのその話を聞いた時、俺たちは言葉を失い、涙を流しました。ミナセも悩んでいた。ミナセも迷っていたんです」
ヒューリの剣が弾かれた。
ミナセが、本格的な反撃に移る。
「ヒューリを救ったのはミナセですが、じつはミナセも、ヒューリに救われていたんだと思います。以来二人は、良き友として、良きライバルとして、互いに磨き合ってきました」
ミナセの剣がヒューリに迫る。二本の剣をもってしても、ミナセの剣は防ぎ切れない。
「あの二人は、これからも成長を続けていくでしょう。剣士として、人間として、二人は前に進み続けていくと、俺は思っています」
キキーンッ!
ヒューリの双剣が、二本同時に叩き伏せられた。
ミナセの剣が、ヒューリの喉元に突きつけられる。
「くっそー、負けたー!」
大きな声でヒューリが悔しがる。
「今回は危なかったよ」
ミナセは楽しそうだ。
二人を見ながら、サイラスがつぶやいた。
「あれで、まだ成長過程だっていうのかよ」
ランクS級の二人。その二人が、互いに競い、高め合う。
「良き友、良きライバル、か」
誰にも聞こえない小さな声で、寂しそうにサイラスが言った。
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