お子様

 二人の少女に挟まれて、リスティは動かない。その表情は、何とも複雑だ。

 それを、ちょっと楽しそうにサイラスが眺めていた。

 そこに。


「ところでサイラスさん!」


 ミアがサイラスに迫ってきた。


「どうして冒険者をやめちゃったんですか?」


 少し驚きながら、ミアに向き直る。

 そして、サイラスは苦笑した。


「マシューたちに、聞いてこいって言われたのか?」

「そうなんです。でもでも、私も興味があるんです。だって、ランクSだったんですよね? 冒険者の頂点にいたんですよね? それなのに、どうして軍隊なんて面倒なところに入ったんですか?」


 それを聞いて、カイルも苦笑い。その顔をちらりと見ながら、サイラスが答えた。


「エイダに言った通りだよ。魔が差しただけさ。ただまあ、もう一つあるとすれば……」


 そこまで言って、サイラスは黙った。


「あるとすれば?」


 その沈黙をものともせず、ミアが続きを促す。どこまでも一直線なミアに、サイラスは思わず笑ってしまった。


「何て言うか、諦めちまったんだよ」

「諦めた?」

「そうだ」


 首を傾げるミアに、サイラスが話し始めた。


「ウロルで唯一のランクS。その俺に寄ってくる連中は、誰もが何かを腹に持っていた。俺と一緒ならダンジョンの攻略が楽にできる。俺と一緒なら箔が付く。誰も彼もが、俺の力と俺の名を利用しようとしていやがった」


 ミナセと同じように、サイラスは相手の意識を捉えることができる。いくつか質問をすれば、相手が何を考えているのかおおよそのことが分かってしまう。

 サイラスに声を掛けてくるのは、例外なくサイラスを利用しようとする人間ばかりだった。


「駆け出しの頃からパーティーを組んでいた連中も、いつの間にか変わっちまった。俺に頼り、俺に魔物を任せて、あいつらは手を抜くようになっていった」


 飄々とした雰囲気が影を潜める。

 サイラスの顔を、陰が覆っていった。


「俺は、誰とも組まなくなった。俺は一人でいい。俺は一人で自由に生きる。そう思ったんだ」


 大会を通じて、選手関係者席にサイラスを応援する者は一人もいなかった。

 ウロルで唯一の、そして最強のランクS。ウロルでは、その名を知らぬ者などいなかった。

 そのサイラスは、じつは孤独だった。


「でも」


 サイラスが、自嘲気味に笑う。


「自由に生きると決めたものの、ずっと一人きりっていうのは、やっぱりつらかった。で、結局俺は、人とのつながりを求め始めた。そんな時、軍から声が掛かったんだ」


 うつむきながら、サイラスが続けた。


「俺は、二つ返事で頷いたよ。利用されることでしか人とつながれないのなら、個人の利益なんていうちっぽけなもんじゃなくて、国に利用された方がましだって思ったのさ」


 サイラスの告白に、馬車の中は静まり返った。背中越しに話を聞いていた御者台の二人も、馬車の中のみんなも、掛ける言葉を見付けることができずにいた。

 その時。


「サイラスさんて」


 ミアが言った。


「意外とお子様だったんですね」


 とんでもないことを、ミアが言い放った。


「こら、ミア!」


 フェリシアが慌てる。


「ばかっ!」


 ヒューリが振り向く。

 全員が目をまん丸くしていた。リスティでさえも、驚きで口が半開きになっている。

 言われたサイラスは、あまりのことにまったく反応できずにいた。

 その空気をまるで気にすることなく、ミアが話し始めた。


「サイラスさんは、ランクSなんですよ? その力を目当てに人が寄ってくるなんて、当たり前のことじゃないですか。美人に男が寄ってくるようなもんです。フェリシアさんなんて、一日に二、三回は必ず声を掛けられるんですから」

「私のことはいいわよ」


 突然名前を出されたフェリシアが、顔を赤くする。

 フェリシアを見ることもなく、ミアが続けた。


「人格とは関係ない、見た目とか能力とか仕草とか、そういうものに人は興味を持つんです。それが、人とつながる最初のステップなんです」


 ミアが語るにしては、やけに論理的な展開だ。

 それまでとは違う意味で、社員たちは驚いていた。


「サイラスさんは、最初のステップで人を拒絶しちゃってるんですよ」

「俺が、拒絶を?」

「そうです。せっかく自分に興味を持ってくれた人たちを、サイラスさんはいきなり拒否しちゃってるんです」

「……」


 サイラスは、返す言葉がない。


「人と人が理解しあうには時間が必要なんです。まずは受け入れてみる。そんな風に人と付き合っていかなくちゃ、友達なんてできるはずないじゃないですか。まあ、フェリシアさんがそれをやってたら、大変なことになっちゃうかもしれないですけど」

「だから私のことは……」


 非常に珍しい光景だ。フェリシアが、ミアにいじられている。


「孤独なのは、サイラスさんのせいなんです。もっと大人になってください。そんなんじゃあ、女の子にモテませんよ」


 グサッ!


 極太の槍が、サイラスの心臓を貫いた。

 ミアを見つめたまま、サイラスはまったく動かなくなってしまった。


「ミアって、じつは凄かったんだな」


 カイルが感心したようにつぶやく。

 そのつぶやきに、それまで黙っていたミナセが答えた。


「あの話、ほとんどが社長の受け売りです」

「そうなのか?」

「はい」

 

 ミアが話したのは、つい最近、マークが講師を務めた某会社の社員研修の内容だった。

 助手として、ミナセとミアがその研修に参加している。

 突然のネタばらしに、ミアが叫んだ。


「ミナセさんひどい! せっかく……あいたっ!」


 叫びながら立ち上がり、幌を支える骨に頭をぶつけて、ミアがうずくまる。


「うぅ……フェリシアさーん」

「よしよし、痛くない痛くない」


 抱き付いてきたミアの頭を、フェリシアが嬉しそうに撫でる。


「子供か!」


 御者台から突っ込みの声がした。


「かっこ悪い」


 シンシアが冷たく言う。


「ミアさんらしいですね!」


 リリアが笑った。みんなも笑った。

 動けなかったサイラスも、つられて笑う。笑いながら、サイラスは思う。


 そうか、俺はお子様だったのか


 ショックだった。

 でも、新鮮だった。


 ランクSの冒険者。

 ウロル最強の男。


 サイラスに、意見をする者などいなかった。サイラスが、意見されることを拒否してきた。サイラスは、ずっと長い間、心の扉を閉ざしてきた。

 その扉を、ミアはあっさりと打ち破った。砕け散った扉の向こうから、何とも心地よい風が吹いてくる。

 フェリシアに甘えるミアを見ながら、サイラスは思う。


 不思議なやつだ


 サイラスは、ミアに対してさらなる関心を寄せていた。

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