翻弄
アルミナの町を出て、幌馬車は郊外の道を走る。四頭立ての大型馬車を操るのはヒューリだ。
「見事な手綱裁きですね!」
「まあなっ!」
御者台に並んで座るターラを見ながら、ヒューリが得意げに笑った。初めて会った時から、ヒューリとターラは、なぜか姉御と子分のようになっている。体の大きなターラが、とても自然にヒューリの尻に敷かれている(?)姿は何とも微笑ましい。
馬車の中には、エム商会の社員と各国の代表選手たちがいた。
イルカナ代表カイル、ウロル代表サイラス、そしてカサール代表リスティ。
パーティーで宣言した通り、見事にマークは各国から了承を取り付けていた。
イルカナ上層部に対しては、ロダン公爵に交渉を託した。ピクニックに行く”理由”を聞いたロダン公爵は、快くその役割を引き受けてくれている。
確実に反対するであろうカミュ公爵には、事前にマークから手紙を送ってあった。
この度は、私どもの社員がお世話になりました
カミュ公爵は、この手紙で黙った。
カサールに対しては、ガザル公爵の名を出して随行団を面食らわせた。
「エム商会のマークが、よろしく言っていたとお伝えください」
カサールの有力貴族、ガザル公爵。その権力と、そしてその厄介な性格は、カサール国内に広く知れ渡っている。
リスティを目の届かないところに送り出す不安はあったが、それよりも、ガザル公爵の機嫌を損ねることを随行団は恐れた。
カサールも、無事に了承を得ることができた。
コメリアの森に対しては、ヒューリとマークが話に行って快諾を得ている。一緒に行きたいと騒ぐ子供たちを、ターラが必死になだめていた。
唯一伝手のないウロルについては、マークの出番はなかった。
「俺が行きたいって言ってんだ。文句はないだろ?」
自由に生きるがモットーのサイラスが、自国の随行団を渋々頷かせていた。
御者台のヒューリとターラも楽しげだったが、馬車の中もなかなか賑やかだ。左右両側に設けられた長いすに座って、それぞれがおしゃべりをしている。
カイルは、お気に入りのフェリシアの隣でご満悦。
「代表選手に選ばれてよかったぜ。おかげで、こんなにお前の近くにいられるんだからな」
「あら、光栄ね」
フェリシアが笑う。
カイルの場合、不思議と下心が不快に感じない。ほとんどの男を上手にあしらうことの多いフェリシアが、カイルとの会話について言えば、心から楽しんでいるように見えた。
サイラスは、なぜかミアの隣を選んだ。ミアに何かを聞きたそうにしているのだが、そんなサイラスにはお構いなく、冒険者好きのミアから質問責めにあっている。
「どんな魔物と戦ってきたんですか?」
「いくつも秘宝を持ってるって本当ですか?」
戦いとなれば敵を圧倒するサイラスも、今はミアに圧倒されっぱなしだ。
唯一、リスティだけは無言。リリアとシンシアに挟まれて、不機嫌そうに座っている。腰には短剣、手には剣。何かあればすぐ動けるよう、心身ともに構えていた。
リスティだけでなく、代表選手たちは、全員が武器を持ってきている。
対して、エム商会の社員で武器を持っているのは三人。御者台のヒューリと対面に座るミナセ、そして、リスティの隣にいるリリアだ。それを、リスティはしっかりと確認していた。
ヒューリの武器は、いわゆる双剣。一つの鞘に、二本の剣を収めている。
ミナセは、鞘に収めた細身の剣と、加えて決勝で使った模擬刀を持っていた。おそらく、鞘に納めた剣が本来のミナセの武器なのだろう。それを持っているにも関わらず、なぜわざわざ模擬刀を持ってきているのか、リスティは気になっていた。
しかし、それよりもっと気になっていることが、リスティにはあった。
リスティが、チラリチラリとリリアを見る。リリアと、リリアが抱えている抜き身の大剣を見る。
その剣を、リリアは片手で持って馬車に乗り込んできた。リリアのような少女が軽々と持てるのだ。どう考えても金属でできたものではない。
見れば刃は潰れていて、斬ることは不可能だ。いったいそれが何なのか、何のためにリリアがそれを持っているのか、リスティは気になって仕方がなかった。
その視線に気付いたリリアが、ニコニコ笑いながら言った。
「すみません。これ、ちょっとお邪魔ですよね。でもこの子、私が持っていないと、大変なことになっちゃうので」
「……」
リスティの返事はない。だが、明らかにリリアの言った言葉を気にしている。
大変なことになる?
無意識にリスティが首を傾げた。それを見たシンシアが、反対側から言った。
「その剣は、リリアが持っていないと、大変なことになる」
「……」
リスティは、やはり何も言わない。だが、明らかにシンシアの言葉のその先を聞きたがっている。
それなのに。
「大変なことになる」
繰り返される同じ言葉。
リスティが焦れる。
「何が大変になるのか、知りたい?」
「……」
目が怒っていた。シンシアを睨むリスティの目は、明らかにイラついていた。
その目をじっと見つめ返して、シンシアが言った。
「知りたいなら、リリアに聞いて」
「貴様!」
リスティが声を上げた。バカにしたような言葉に、シンシアを向いて思わず剣の柄を握る。
一触即発の緊張感。だがシンシアは、平然と言い放った。
「聞きたいことは、自分で聞く。当たり前のこと」
「!」
目を丸くして、リスティがシンシアを見た。
超至近距離で怒気を浴びながら、そのブルーの瞳は静かなままだ。
パーティーの時の、リリアと同じ。これまで人を怯えさせ、人を遠ざけてきたリスティの目を、小柄な少女が恐れげもなく見つめ返している。
座り直して、リスティは前を向いた。正面のミナセと目が合って、慌てて目をそらす。
ニコニコ笑うリリアと、静かなシンシアに挟まれながら、リスティは無言で座っていた。しかし、その顔は複雑極まりない。
悔しさ、驚き、混乱。
狂犬とまで言われた男が、二人の少女に翻弄されている。リスティにとって、それは初めての経験だった。
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