慰労パーティー

 迎賓館の広間では、大会終了後の慰労パーティーが開かれていた。大会関係者や各国の使節団など、たくさんの人々がグラスを片手に談笑している。


「いい大会だった!」


 ご機嫌の王が、楽しそうに杯をあおる。

 王を守るように立つロダン公爵も、今日ばかりは穏やかに微笑んでいた。


 武術大会は、盛況のうちに終了した。

 開催国であるイルカナの選手の優勝はならなかったが、ミナセやカイルをはじめ多くの選手の健闘もあって、観客の満足度は非常に高かった。

 会場に足を運べなかった人たちも、運営側が提供する様々な情報を肴に盛り上がった。商人たちがここぞとばかりに躍動し、大会関連商品はもちろん、そうではない物までもが飛ぶように売れていった。

 狙い通り、大会は税収増加と国民のガス抜きに成功している。大会を提案したアウル公爵が、王の隣で何度も得意げにメガネを押し上げていた。


 和やかな雰囲気の中で、どことなく落ち着かないのはカミュ公爵だ。招待客の相手をしながら、会場にいる一人の人物を常に気にしている。

 そこにいるのは黒髪の男。

 エム商会の、マーク。


「どうかされましたかな?」

「いや、何でもありません」


 頻繁に汗を拭いながら、カミュ公爵は無理矢理笑顔を作っていた。


 このパーティーには、マークを含めたエム商会の社員全員が参加している。マークがロダン公爵に話を通し、尻込みするリリアとシンシアを説得して実現した。

 本戦前の懇親会では簡素な服装だったミナセとヒューリも、そしてほかの女性四人も、今日は華やかに着飾っている。

 みんなが着ているドレスは、ロダン公爵の奥方エレーヌが一人一人に合わせて選んでくれたものだ。髪の結い方やアクセサリーなど、細かいところまでコーディネートしてくれている。

 六人を満足そうに眺め、六人の誰よりも嬉しそうに笑うエレーヌに見送られて、女性たちは会場へと向かったのだった。

 

 社員たちが会場に現れた瞬間、そこにいる全員が動きを止めた。


 美しかった。

 愛らしかった。

 気品に満ちていた。

 可憐だった。

 魅惑的だった。

 キラキラ輝いていた。


 その六人を、黒い瞳と黒い髪のマークが率いていた。


「あれが、エム商会……」


 イルカナの貴族も他国の使者も、使用人たちでさえも目を奪われた。その場にいる全員が息を呑み、記憶に深く、その名を刻み込んだ。


 社員たちを連れて、マークが挨拶に回る。

 本戦前の懇親会では情報収集に忙しかった人たちも、今はリラックスムードだ。七人が挨拶に来るのをそわそわと待ち、やってくれば、満面の笑みで七人を迎えた。

 七人を避けるように居場所を変えていくカミュ公爵を除き、主要な人物への挨拶を済ませたマークたちは、改めてカイルとサイラス、そしてターラに声を掛け、その三人を引っ張り出して、相変わらず壁際に立っているリスティの元へと向かった。


「初めまして。エム商会の、マークと申します」

「……」


 リスティは無言。大勢を連れてやってきたマークと、隣のミナセを警戒心剥き出しで睨む。隣にいた盾役の女が、黙って半歩前に出た。

 何を始めるのかと、カイルとサイラスは興味津々。ターラは、心配そうにみんなを見ている。


「社長がまた何か仕掛ける気だぞ」

「静かにしてろ」


 楽しそうにささやくヒューリを、ミナセが即座に黙らせた。

 大会中マークは、社員たちに、出場選手について知ったことや感じたことを報告するよう伝えていた。特にサイラス、ターラ、そしてリスティについての報告を、マークは熱心に聞いていた。

 そのマークが、決勝戦の終わった夜に言った。


「大会後の慰労パーティーには、全員で参加する」


 この時から、社員たちは”何かある”と思っていた。だから、リリアとシンシアも渋々パーティーに参加したのだ。

 そう、社員たちは心構えをしていた。マークが、きっと何かを言い出すと思っていた。

 それでも。


「突然ですが、うちの社員と代表選手のみなさんで、ピクニックに行きませんか?」


 社員たちが目を丸くする。

 さすがにそれは想定外だった。


「ピクニック!?」


 ヒューリの声に、今度はミナセも反応しない。

 ところが。


「いいねぇ!」


 サイラスが即答した。


「行きたい、です」


 控えめにターラが続く。


「ロダン公爵の許可が必要だな」


 カイルまでもが前向きに答えた。

 リスティは、眉をピクリとさせたのみで黙っている。同じく無言の女は、しかし明らかに驚いていた。

 すると。


「行きましょうよ!」


 突然リリアが、リスティの手を握った。


「!」


 リスティが驚く。避ける間もなく手を握られてしまった。

 速いというよりも、タイミングがよかった。ふわりと近付いてきたリリアを払い除けようとした瞬間、リリアの両手がリスティの右手を握り締めた。リスティの動きを読んでいたかのように、絶妙のタイミングで握られてしまった。

 動揺を隠し、表情を険しくして、リスティがリリアを睨む。言葉はなくとも、その目が「この手を放せ!」と言っている。

 その強烈な負のオーラを、おひさまみたいな笑顔が跳ね返した。


「ねっ、いいでしょう?」


 殺気と見紛うほどの荒々しい気配。それをものともせずに、リリアは笑っていた。

 リスティがたじろぐ。戦場で敵を怯ませてきた凶暴な視線が、この少女にはまるで通用しない。


「貴様……」


 見たことのない笑顔。自分に対してこんな顔をする人間は、周りに一人もいなかった。

 その時。


「旦那様、行ってきてください」


 女が振り向いて言った。リスティの目が広がっていく。

 リスティは見ていた。もう一つの見たことのない表情。これまでに見たことのないその瞳。


 女が見つめる。リスティを見つめ続ける。

 やがて。


「……分かった」


 リスティが言った。


「ありがとうございます」


 女が頭を下げた。

 やり取りを見ていたリリアが、にこっと笑って、ふわりとリスティから離れていく。

 リリアに微笑んでから、マークがみんなを見た。


「決まりですね。各国の随行団の皆様には、俺からもお願いをしておきます。皆さんが帰国する前に一日だけ予定を空けていただくようにしますので、楽しみにしていてください」


 国を代表してやってきた選手たち。たかが一般市民が、その選手たちとピクニックに行く。

 常識で考えれば、いくら調整しても実現不可能と思われることを、マークはあっさりと言ってのけた。


 サイラスが、心底驚いたようにミナセに聞く。


「おたくのボスって、いったい何者なんだ?」


 迷うことなくミナセが答えた。

 

「エム商会のマーク。私たちの、社長です」


 答えたミナセは、とても嬉しそうに笑っていた。

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