救出

「リリアは中にいるんだな?」

「いる」

「リリアが、小屋の中のどこにいるか分かるか?」

「もう少し近付かないと、無理」

「分かった」


 シンシアの答えを聞いたマークが、即座に指示を出し始める。みんなが、それを聞いて大きく頷いた。

 そして。


「作戦開始だ」


 声と同時にフェリシアが飛ぶ。残ったみんなは、木陰から小屋の入り口を睨み付けた。



「ほんとに大丈夫なのかよ」


 見張りの男がつぶやく。

 男は常に辺りを見回しているが、明らかに落ち着きのないその目がきちんと危険を見分けているかと言えば、それは非常に怪しかった。


 昨日の午後、大金を持って一人の男がやってきた。


「小娘を一人さらってほしい。段取りはこちらでつける。成功したら、さらにこの倍を払ってやる」


 積まれた金貨に目がくらみ、仲間と一緒に勢いで仕事を請けてしまった。

 段取り通り、あの細い路地で、乞食に扮した魔術師が一人の少女を眠らせた。その少女を大きな袋に詰め込んで馬車に乗せ、指定された小屋へと連れてきたのだが。


「おい、この子って!」

「エム商会の!?」


 袋から出して床に少女を転がした男たちは、その栗色の髪を見て驚いた。


「これ、やばいんじゃないのか?」


 しばらく額を寄せ合っていた男たちは、結局、リスクよりも金を取った。


「成功報酬を受け取ったら、すぐこの町からずらかるぞ!」


 今日の夕方まで少女を監禁しておけばそれでいいと、あの男は言っていた。そうすれば、前金として受け取った金額の、さらに倍をくれると言っていた。


「こんなチャンスは一生ねぇ!」


 男たちは、リリアを縛り上げ、目隠しをして小屋の片隅に寝かせた。

 何となく、床には毛布を敷いた。

 何となく、男の一人が上着を脱いで、それをリリアに掛けた。

 そして男たちは、落ち着かない時間を過ごしていたのだった。


 時間が経つにつれ、見張りの男がそわそわしはじめる。


「やっぱり今からでも……」


 弱気になってきた男が、何度目かの独り言をつぶやいて小屋を見た。

 その足が、小屋へと一歩踏み出す。

 その瞬間。


 ゴン!


「うっ!」


 直上から降ってきた何かによって、男の意識が断たれた。

 崩れ落ちる体を、豊かな胸が優しく受け止める。


「だめよ、音を立てちゃ」


 そこにマークたちがやってきた。

 即座にシンシアが、小さな声でお願いをする。しばらくすると、シンシアは、フェリシアの手を引いて小屋の真横へと移動した。

 シンシアが指をさす。

 フェリシアが頷く。

 直後、フェリシアの魔力が急激に上昇していった。


「いくわよ!」


 ドゴーーン!


 壁の一部が吹き飛んだ。


「何だっ!?」


 慌てる男たちの目の前を、巨大な魔力の塊がもの凄い勢いで通過していく。

 それは、小屋の反対側の壁をもぶち抜いて、そのまま森の中へと消えていった。

 

 腰を抜かして男たちは動けない。

 そこに、赤い火の玉が飛び込んできた。


「うちのリリアに、よくも手を出してくれたなぁ」


 強烈な殺気。


「ひぇっ!」


 短い悲鳴。

 その悲鳴の主を、金色の風が踏み付けていく。


「ぐぇっ!」

「リリア確保! 目立った外傷なし! 息は……正常です!」

「よし!」


 黒髪が頷く。

 空色の髪が、リリアに駆け寄る。


「リリア!」


 縛り付けていたロープをほどき、目隠しを取って、リリアを抱き締める。


「ヒューリ、急げ!」

「了解です!」

 

 黒髪に言われて、火の玉が壁の穴から飛び出していった。外で待っていた紫の髪がその手を握ると、急速に魔力を引き上げて、一気に空へ飛び立っていく。

 同時に、魔法を解かれたリリアがゆっくりと目を開けた。


「……ここは?」


 まだ意識が戻り切らないリリアに、黒髪が微笑みを向ける。

 そして言った。


「ミア。悪いが、こいつらを治療してやってくれ」


 そこには、この短時間でやられたとは思えないほど、ボコボコにされた男たちがいた。




「一体どうなってんだ?」


 観客の怒りは、息苦しい沈黙へと変わっていた。

 リスティが攻め続ける。

 ミナセが守り続ける。

 リスティの初戦と同じように一方的な展開。だが、ミナセが戦意を失っているとは思えない。恐怖に支配されているとも思えない。

 それなのにミナセは、リスティに対してただの一度も反撃をすることがなかった。


「粘るじゃねぇか」


 にやりと笑うリスティの顎から汗がしたたり落ちる。立ち止まって整えなければならないほど、その息は乱れていた。

 しかし、ミナセの息はリスティ以上に荒い。空気を貪るように、その口は開いたままだ。

 ミナセの先読みをもってしても、リスティの攻めを長時間に渡ってかわし続けることはできなかった。

 徐々に体が重くなる。木刀で剣を受け止めることが多くなる。

 木刀に巻かれた魔法の布は、あちこちが擦り切れていた。その布に隠れて見えないが、木刀の数カ所が、すでに小さく割れている。


 もう、こいつでは奴の攻撃を受け止められない


 ミナセの顔が歪む。

 リスティの口が、吊り上がる。


「その木刀は、もう終わりだな。だが、俺にはまだ二本残ってるぜ」


 最初に持っていた二本の剣と、腰に括り付けていた二本の短剣はすでにない。今は、背負っていた二本の剣がその手に握られている。


「終わりだ!」


 舞台を蹴って、リスティが飛び込んできた。

 右手の剣が、ミナセの胴を真横から狙う。しかし、ミナセの体はすでにそこにない。ミナセの先読みは、余裕をもってその攻撃をかわしていた。

 その時。


 ぐらり


 ミナセの上半身が揺らいだ。逃がした体を支える足に踏ん張りが利かない。

 ミナセの体が後ろに倒れていく。


「もらった!」


 リスティが叫んだ。左手の剣が、倒れていくミナセの真上から振り下ろされる。

 ミナセが、それを木刀で迎え撃った。


「そんな木刀、叩き折ってやる!」


 リスティが、渾身の力で剣を振り下ろした。

 剣が木刀にぶち当たる。

 木刀が、ついに砕けた。金属の剣が、ミナセの木刀を叩き折った。

 それなのに。


「なっ!?」


 リスティ剣は、ミナセの体に届かなかった。ミナセの左腕が、リスティの剣をがっちりと受け止めていた。

 即座にリスティから距離を取って、ミナセが体勢を整える。


「まさか、腕を添えて勢いを殺すとはな」


 さすがのリスティも、驚きでその動きを止めていた。


 剣を迎え撃ったミナセの木刀。単に剣を受け止めただけでは、叩き折られた上に、その勢いで剣はミナセの体を直撃しただろう。

 しかしミナセは、左の腕を木刀にぴたりと添わせていた。左腕で木刀を支え、勢いを殺しながら剣を受け止める。剣は木刀を砕くのみで、ミナセの左腕によって完全に受け止められていた。


「ほんとに粘りやがる」


 決して諦めないミナセを睨みながら、リスティが、苦しそうに笑った。

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