冒険者と傭兵

 試合を間近で見るために、今日もミナセは選手控え室に続く通路の入り口に立っていた。


 みんなを信じる


 言葉で言うのは簡単だ。しかし、そんな言葉で心を落ち着けさせることなど、普通はできるものではない。

 だが、ミナセの心は驚くほど凪いでいた。


 積み重ねてきた月日。

 共に過ごしてきた時間。

 それらがミナセを落ち着かせる。


 絶対に、負けてなんかやらないさ


 黒い瞳が舞台を見つめた。

 その瞳には、静かな決意が宿っていた。



 カーイール!

 カーイール!


 観客席からのコールに、舞台のカイルが剣を掲げる。


 オォーッ!


 割れんばかりの大歓声が起きた。

 その歓声を聞いて、貴賓席に座る王が満足そうに言った。


「あの者が、国民に受け入れてもらえたことは何よりだ。これで勝つことができれば、なお良いのじゃがな」

「そうですな」


 相変わらず答えにくい王の言葉に、ロダン公爵は苦笑い。

 続けて王が、ウロルの大使に声を掛ける。


「サイラス殿は、今日も防具を着けないのですかな?」

「まあ、そうですな」


 ウロルの大使も苦笑い。

 本音を言えば、国の代表であるサイラスにはそれなりの装備で試合に臨んでほしいはず。

 空気を読まない王を、苦々しげにカミュ公爵が睨んでいた。


 舞台の上ではルールの説明が終わったようだ。審判が二人から離れていく。カイルとサイラスも、開始線へと下がっていった。


「始め!」


 準決勝第一試合、カイル対サイラスの戦いが始まった。



 カイルが剣を構える。その姿に、サイラスは驚いた。


「あんた、そんなスタイルだったか?」


 カイルの装備は、ターラ戦とはまるで違っていた。

 鎧とブーツは変わらない。しかし、その右手に持つのは、愛用の両手剣ではなく片手剣だった。さらに、左手には大型の盾を持っている。

 問いに答えることなく、反対にカイルが聞いた。


「冒険者と傭兵の違いって、何だか分かるか?」

「……いや」


 サイラスが首を傾げる。


「どっちも似たような仕事だ。護衛の仕事もするし、魔物狩りや盗賊狩りもする。だがな、冒険者を目指すやつと傭兵を目指すやつには、決定的な違いがある」

「違い?」

 

 サイラスが、興味深げに身を乗り出した。

 カイルが答えた。


「冒険者はロマンを求めるが、傭兵は、現実的な成果を求めるのさ」

「なるほどな。それでそのスタイルって訳か」

 

 納得とばかりにサイラスが頷く。


「俺は、お前に勝てない。残念ながらそれが現実だ。ところが、俺は国民から期待されている。で、考えた結果、少しでも勝てる可能性があるこの装備を選んだ」


 攻撃力を落として防御力を上げる。サイラスの攻撃を凌ぎながら、数少ないであろう反撃のチャンスに賭ける。

 

 カイルは、サイラスとエイダの試合を見ていた。

 それを見て、サイラスは確信していた。


 俺がこいつに勝てる可能性は、ほとんどない


 そうだとしても。


 簡単に負ける訳にはいかない!


 カイルが闘志を高めていく。鋭い視線がサイラスを睨む。

 その視線を受け止めながら、まるで力むことなくサイラスが言った。


「俺、うちのお偉いさんから言われたんだよ。装備は自由にさせてやるから、そのかわり、必ず相手に圧勝しろってね」

「くっ!」


 カイルの顔に緊張が走った。


「あんたの話を聞いた後だと、ちょいと気が引けるんだけどな。鬱陶しい鎧とかは、やっぱ着たくないんでね」


 サイラスが剣を構える。

 そして、魔力を引き上げながら言った。


「悪いな」


 突然。


 ヒュアァ


 カイルの背後から強い風が吹いた。

 同時に、カイルの体がサイラスの側へと”吸い込まれて”いく。


 何だ!?


 驚きながらも、カイルはどうにか踏ん張って態勢を整えた。

 次の瞬間。


 ガンッ!


 カイルが、盾で剣を受け止める。

 

「やるなぁ」


 目の前で笑うサイラスを、カイルが驚愕の表情で見つめた。

 一瞬でサイラスは距離を詰めてきた。それはとんでもない速さだった。その動きは、何かがおかしかった。

 体は反応してくれたが、カイルの頭は、何が起きたのか理解できていない。


 くそっ!


 唇を噛み、だが素早く気持ちを切り替えて、カイルは状況の把握を試みる。しかし、サイラスはそんな余裕を与えてくれなかった。

 サイラスが剣を引く。その体が左へと流れていく。

 その動きを、カイルが追った。今度こそカイルは、その動きを目で捉えていた。

 しかし。


 あり得ない!


 その動きを、カイルの頭は理解できなかった。足で移動しているとは思えないその動きに、カイルの頭は混乱した。

 するとまた。


 ヒュアァ


 風が吹いた。

 同時に、今度は真後ろへとカイルの体が”吸い込まれて”いく。

 連続して起こる理解できない出来事に、今度は体もうまく反応してくれない。

 カイルの足がふらついた。意識が一瞬サイラスから離れた。


 まずい!


 カイルが危険を感じた、その時。


「終わりだ」


 真後ろから声がした。


 ピタリ


 首筋に、剣が押し当てられた。

 

「そ、それまで!」


 うわずった審判の声が聞こえた。

 ゆっくりと振り向いたカイルの目に、涼しげな顔が映る。


「初撃に反応できたのは、大したもんだと思うぜ。さすがイルカナの代表だ」


 静かに言われたその言葉に、カイルは何も返すことができなかった。



 場内がざわついている。すべての観客がサイラスを見つめている。

 それを気にすることもなく、貴賓席に軽く頭を下げて、サイラスが舞台を降りていった。そのまま控え室に続く通路へと向かい、その入り口で立ち止まる。


「今度こそ、あんたの力を見せてくれよな」


 ミナセが、それに答えた。


「全力は出せないかもしれませんが、負けはしませんよ」

「?」


 意味を取りかねて、サイラスが首を傾げる。


「よく分からんが、まあ頑張ってくれや」

「はい。行ってきます」


 壁にもたれるサイラスに会釈をして、ミナセは舞台へと歩いていった。



 第一試合のあまりにも早い決着に、観客たちは戸惑い、あるいは憤っていた。


「さすが優勝候補ってことなのか?」

「カイルのやつ、だらしない!」


 武術の心得のある者たちは、ただただ驚いている。


「あれがウロルの化け物……」

「あの動き、おかしいだろ」


 貴賓席にいるイルカナの関係者は無言。ウロルの大使は静かに微笑んでいる。

 その中で、一人だけが盛り上がっていた。


「いやあ、サイラス殿は強い! これは決勝が楽しみだの」


 自国の代表が負けたというのに、イルカナ国王が楽しそうに声を上げた。


「次はリスティ殿の試合ですな。相手が女でも、リスティ殿は手加減してはくれませんかのぉ」

「まあ、そうですな」


 相変わらず答えにくい王の問いに、カサール大使も苦笑い。


 アウル公爵が、メガネを指で押し上げる。 

 カミュ公爵は、不自然なまでに無表情。


「ミナセ殿、頼むぞ」


 舞台に向かうミナセに向かって、ロダン公爵が小さくつぶやいていた。

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